珈琲は苦くて少し酸っぱいけどほんのり甘い。

ささくれ豆

1杯目 私のこと彼のこと

今年の春、私はその人と出会った。

出会っただけで何の感情もなかった。

よく見る恋愛小説のように時が止まったりも、あの映画のように突然キラキラと色 あざやかな世界になった感覚も何もなかった。


物語の始まりは何事もなく幕が開けた。

今初めて会った時のことを一生懸命思い出しても、

(年上のお兄さん)

(立ってる時の足の遊び方が独特だな)

くらいしか思い出せない。

あ、でも笑顔は素敵だった。笑うとクシャっとなる目が好き。少し幼く見える笑顔が堪らなく好きだ。


仕事を一緒にすることが増え、話す機会が少しずつ増えた。

彼はいつも落ち着いていた。

話す時いつも作業をやめて話してくれる。

いつも丁寧な敬語を使うけどたまに砕けて話してくれる。

ゆっくり話してくれる。

すごく穏やかな彼といる事が心地良くていつの間にか一緒にご飯を食べるようにもなっていた。


彼は食後必ず朝水筒に淹れてきたコーヒーを飲んでいた。

私はコーヒーが苦手だ。

今までお付き合いをしてきた人達はみな共通して珈琲愛好家だった。

もしかしたら自分は彼らではなく珈琲に惹かれていたのかもしれない。

話を戻すが、私はコーヒーが嫌いなのだけれど、そもそもコップ一杯もまともに飲めないから何が嫌いという具体例を挙げることが出来ない。


ただ苦くて、歯に色素沈着して、カフェインが入ってて、やっぱり苦い飲み物だ。


これまでも各珈琲愛好家たちにあれよこれよと色々試飲させられてはきた。

どれも満足に飲めたことはないが。

でもなぜか私はコーヒーなんて飲めやしないのに、彼の食後のコーヒーにとても魅力を感じた。

そうだ、あの日はとてつもなく暑い日で、甘い物は飲みたくなかったんだ。

だから私はきっと自販機の前で選んでいる時間に脳が暑さにやられて


“どうかしてたんだ”


キンキンに冷えたブラックコーヒーを持つ手は微かに震えていた。

暑さにやられた脳はいつの間にかコーヒーを買った言い訳を考えていた。

あれだけ苦手だった、何度挑戦しても飲めなかったコーヒー。

カフェオレさえ飲めない自分が今手に持っているものは飲めるはずのないブラックコーヒーで。

それを手にしてるなら周りから見れば「ああ、の影響か」と必然と思われるに違いない。つまりそれは私は彼に好意がありますって言ってるのと同じことではないか?

暑さでオーバーヒートした私の脳は本当にどうかしてるよ。

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珈琲は苦くて少し酸っぱいけどほんのり甘い。 ささくれ豆 @sasakure-001

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