a
仮名
第1話
この世界には二種類の人間がいる。死を嫌うものと、死を望むもの。ただ単に、僕が後者だったってだけで、これが病気だとは信じられない。
教室という気持ち悪い殻を抜け出して、屋上に来た。
昼休みや、放課後は独り占めできないこの大きな空に僕はあこがれていたんだ。
迷うことなく、目の前のフェンスに近づく。二メートルを少し切るそれと、僕の中に残った少しの理性では、僕のモラルを変更することはできない。
非力だとは言え、僕だって男だ。二メートルくらい大したことはない。そこから眺める町は、少し視線が上がっただけというのに、空間がゆがんだようにいつものくだらない世界が霞んだ気がした。頬を風がなでる。僕を誘っているのだろうか。
僕を止める障害はもうない。フェンスの上に、何とか足を置く。足が震えた。これは、フェンスが体重に耐え切れずに揺れているのか、それとも僕の理性が最後の警告を鳴らしているのか。
でもまあ、どっちでもいい。今までどれほど頑張っても出てこなかった、心からの笑みが簡単にあふれ出してきた。
神にでもなってしまっただろうか。何も恐れることがない。今まで、気持ち悪いと思っていたんだ。学校という世界は、好きでもないやからと、家が近く学力水準が同じというくそどうでもいいこじ付けで作り上げられた虚構に過ぎなかったんだ。学校だけじゃない。自分と同じ種類の人間としか付き合おうとしない人間自体に。他人を上からしか見ることができないあの汚れた目が。陰ではためらいもなく、そこにはいない人間に向けた白い歯をのぞかせた口が。ふとしたことまでも聞き逃すまいとしたそのなりふり構わず、地にすらつけるその耳が。他人の汚れを見るより先にかぎつけるその鼻が。
だから、僕はこの世界から飛び立つ。そのどれもが探し出すことはできない世界に行くのだ。目を閉じて、手をフェンスから放す。そして、体を少し前に傾ける。頭の中で何度も繰り返したその予行演習を最後にもう一度繰り返して見せる。
完璧。
目を閉じる。
「ねえ」
そんなにダサい格好で何してるの。写真撮ってもいい?
後ろからそう聞こえた。まだ授業中のはず。仕方なく目を開け、フェンスから飛び降りる。現実側に。
そこに立っていたのは、クラスでバカで陽気なキャラを演じることで地位を確立したやつがいた。名前は知らない。忘れたんじゃない、覚えていないんだ。
「クラスメイトじゃん」
「二年も同じクラスっていうのに、私のこと覚えてない人とかいるんだ」
僕のことを、ゲテ物でも見るかのような目で見る。これが嫌いだ。
「まだ、授業中だけど抜け出していいの」
「自分は屋上に来てたのに、あたしによくそんなこと言えるね」
「僕は賢いから授業なんて受けないでいいんだよ」
「ねえ、なんかゲームの負けキャラみたいな性格してるんだね。今まで話したことなかったからわからなかったけど」
口が横にニっと横に広がる。
「君が僕のことをどう思おうと関係ないが、教室に戻ったらどう?」
「やだよ。こんなにも面白いこと、してるのにそれを見ずに帰れって。そんなの無理だと思わない」
彼女は、スマホをいじりだす。次の瞬間、僕にそれを投げてよこす。そこに映っていたのは、フェンスを上っている僕だった。
「いつからいたの」
「いや、君が教室抜け出した時から、なんかあると思っちゃってついてきちゃった」
このよく匂いを感じ取る鼻が嫌いだ。
「死んでどうするの」
「何もしないから死ぬんだよ」
だったらあたしも死んでいい。
彼女の口から出たその一言は、僕の予想を大きく外れていた。
彼女は、この世界から生まれた僕を笑わせる唯一なのかもしれないと思った。
a 仮名 @zlgl
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。aの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
近況ノート
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます