オタ卒なんて認めないッ!

@Strontium01689

オタ卒なんて認めないッ!

「オタ卒って正気かお前」

 思わずそんな言葉が出た。目の前にいるオタ友はそっとうつむく。その前髪を留めているピンは彼氏から買ってもらったと以前語っていた。

 私はアニオタだ。そしてこの友達もそうだ。いや、彼女はもう辞めるんだったか。

 卒業を間近に控えたとある日の放課後、私は彼女に「大事な話がある」と空き教室に呼ばれた。教室に入ると彼女は座ることも勧めず、開口一番に「私、アニオタ卒業する」と宣言したのだ。

「なんで? また彼氏絡み?」

「……アニメで得た幸せを、彼が与えてくれるって言うから。私も誠意見せなきゃって思って。あと、もう高校卒業するし、いいかなって……」

 だんだん声が小さくなる。やらかした、酷いことを言ってしまった。慌てて両手を振り繕う。

「ごめんごめん、動揺しちゃって」

「裏切るような真似して、ごめん」

 消え入るような声でそれだけ言い、彼女はふらりと私の横を通りすぎる。開けっぱなしのドアからは一人の男子生徒の姿。彼女の彼氏だ。そいつは私に一瞥もくれないまま、恋人の肩を抱いてどこかへと行ってしまった。

 一人残された私。両方の拳を握りしめた。

 アニオタを卒業するのが誠意? アニメの幸せはアニメでしか得られないんだよ。

 しかし、もはやそれを言う権利は私にはない。あの子の行動の指針はもうアニメと私ではなく、彼氏なのだから。健気な努力で勝ち取った彼女の座を維持するためにはきっと時間も惜しまない。削るのはアニメの時間だ。

 窓を見ると、空は灰色だった。どんよりとした雲が夕焼けの光を阻んでいる。太陽がどこにあるのか検討もつかない。電灯の点く時間はまだ先だから、辺りは不気味に中途半端に暗かった。

 壁に背中を預けて、ずるずるとしゃがみこむ。制服のスカートが床に擦れるが、今はどうでもいい。

「なんで卒業するんだよ……」

 あんなに毎週の展開を楽しみにしてたじゃん。推しが死んだ時はこの世の終わりと思うほど泣き、物語がハッピーエンドを迎えた時は諸手を挙げて喜び。日々の生きる精神的な糧はアニメだったじゃん。

 どうして辞めるの。

 その時、窓から鋭い光が入ってきた。はっとして顔を上げると、その瞬間に『バリバリ』という音がして、空間が揺れた。廊下を見ると電気が消えている。校舎内から動揺のざわめきと悲鳴が上がる。

 空き教室から飛び出す。怒号と泣き声がひっきりなしに聞こえる。突然の落雷、停電に学校がパニックが陥っている。

「怖いよ……雷怖い……」

「大丈夫。俺がしっかり守ってやるよ」

 振り返ると、元友達とその彼氏がいる。彼女は両手で頭を抱え、彼氏は彼女をその逞しい二つの腕に閉じ込めていた。背を窓に向け、なるべく雷の光を見せないようにしている。仲睦まじい恋人のワンシーン。

 再び、窓が光る。今度は窓に細く稲妻が走る。キャア、という悲鳴、大丈夫だからと慰める声。

「裏切り者……」

「えっ、なんでここに……!?」

 彼女が頬を赤らめる。今の私はどんな顔をしているのか、自分でもわからなかった。しかし、二人が次の瞬間顔を真っ青にした。

 私が一歩踏み出すと、彼氏は二歩後退する。そのまま階段へと追いやる。

「……なにするつもり?」

「言うの忘れてたからね」

 勢いよく彼氏の肩を押す。二人分の悲鳴が上がる。お揃いのタイミングで階段の端に頭をぶつける。

 ゴロゴロゴロゴロという音が、なんだか素敵なものに思えてきた。

「卒業おめでとう!」

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