第2話 心臓が痛くて煩い



 先日私は告白された。


 告白しようと覚悟を決めて、そしたら何故か告白された。


 驚きと喜びと恥ずかしさのせいで、「はい」と答えた私の声は多分震えていたと思う。



 そんな私にアイツは一言「そうか」とだけ呟いた。


 別に、飛び上がったり態度に出して喜んだりはしなかったけど、それでもぶっきらぼうな「じゃぁ帰るぞ」という声と、引っ張られたその手には、確かに熱に浮かされた緊張があった。



 結局その日は、互いに一言も喋らなかった。


 手はずっと繋いだまま、アイツは私を家まで送ってくれた。

 離れていく体温にほんの少しの寂しさを感じて視線を落とせば、アイツが呟くような声で「……明日も」も言う。


 顔を上げるとアイツと目が合い、ぶっきらぼうに告げられた。


「明日は正門で待ち合わせ」


 驚いた。

 

 だって私達は、ついさっきまで友達かすら危うかった筈である。


 何かにつけて、いつもケンカする間柄。

 廊下で会えば言い合いになるし、役割が被ればやっぱり色々言い合いながら、それでも「仕方がないな」と協力はする。


 けど、ただの世間話なんてした事がない。

 精々役割の延長線上で話す程度で、互いの好きな物や休みの日には何してるのかも全く知らない。

 

 もちろん募らせていた気持ちはあった。

 でも少なくとも表向きには、ついさっきまで私達は『そう』だった筈である。



 だからまさか、2人で手を繋いで帰るなんて。

 明日も帰る約束が出来るなんて。


 そんな風に驚いた。



 でも驚いて、そして後から自覚する。


(……そうか。私はもう、ソレが出来る立場に居るんだ)


 肩を並べて隣にいても、手を繋いでいても良い。

 それが許される関係になったのだと実感して、足元から這い上がってくる喜びとむず痒さに私は耐える。


 一体何の症状か。

 喉が詰まって声が出なくて、代わりにコクリと頷いた。


「……うん、じゃぁ明日」


 その声が、心なしか安堵したように聞こえたのは気のせいか。

 恥ずかしくて顔を見れなかったので、分からない。



 帰っていくその背中を、見えなくなるまで目で追った。

 後に帰ってきた弟に「姉貴何やってんの?」と言われるまで、ずっとその場に立っていた。




 そんな訳で、昨日の今日だ。

 

 クラスが違うから、会わない日もある。

 たまに廊下ですれ違う事もあるが、今日は偶々そうじゃない日だったから、まだ一度も会えていない。


 つまりコレが、今日のアイツとのファーストコンタクト。

 

 

 どうしよう。

 心臓が痛い。


 どうしよう。

 私汗臭くないかな。

 

 もっと制汗剤振ってきた方が良かったかな?

 いやでもやり過ぎたらやり過ぎたで、制汗剤臭くなっちゃう。



 会えたのに、後5歩の所まで来たのに。

 足が動かなくなった。


 心臓が必要以上に運動しているのは、ここまで走ってきたからか。

 それともアイツが居るからか。


 分からない。

 心臓がすごく煩い。



 顔に血が集まってくる中、アイツが不意にこちらを見た。

 

 私を見て、苦笑する。


「何お前、部活終わりに走ってきたのか? どんだけ体力怪物並みだよ」


 嘲笑ではない所を見ると、多分「急いで走って来なくても良かったのに」と言いたいのだろう。

 コイツは私に優しくないが、コイツが優しい事は知っている。


 この不器用な優しさは、前からずっと向けられていた。

 その事を私は、ちゃんと知ってる。


 何だか胸が、まるで鷲掴みにでもされたかのように痛い。


 その苦笑でさえ、向けられて嬉しい。

 そんな事を思う自分に、どうしようもなく動揺する。


(一体どうしたんだ私!)


 つい昨日までは、これほど顕著じゃなかった。

 そう思って、顕著じゃなかったけど前からあった気持ちだと気が付いた。


 初めて触れた『無自覚』は、想像以上に熱を帯びている。


「……じゃ、帰るか」


 そう言って、5歩分先でアイツが歩き出す。


 私はそれを、少し小走りで追いかけた。

 距離が2歩分まで近づいた。


 

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