第7話 非情

「ふむ……爪か何かが当たって切創になったみたいだけど骨には異常ないね。 脱臼も無さそうだ。 ……もし痛みが続くようなら精密検査するからもう一度見せてね」


 東戸中央クリニックのドクターが、私の手のレントゲンを見ながら言った。


 その後、墨台さんが私の右手を消毒し、清潔ガーゼで押さえて弾性包帯を巻いてくれた。


 さすが元DMAT! 手早い上に、業務に差し障りがない状態で、とても綺麗な処置だ。 魔法でも見ているかのような気分だった。




 ……前回、私は怒りに我を忘れて机に八つ当たりし、殴りつけた手から出血してしまったので、 墨台さんが応急処置をして、直ぐに外来に連絡してレントゲンと診察の手配をしてくれたんだ。



 手当が終わってPCR検査センターに戻るなり……


「申し訳ありません!」

「ごめん!」


 2人同時に頭を下げたので、危うくおでこをゴッツンコするところだった。



「本当にごめん! ……遥さんを本気で苦しめて本当に怒らせてしまった。 全て俺の責任だ」


「とんでも無いです! ……私、部外者なのに、勝手に怒って、勝手に怪我して……本当に申し訳ありませんでした!」


「いや、後生だから、今日の所は全面的に謝らせてくれ! ……それと、改めて……ありがとう!」


「え……?」


 墨台さんは、自分の白衣の肩に残っている私の血の跡をこちらに向け……


「俺は以来、この色が怖くて怖くて……血を見ると手が震えて、シリンジは愚か、ペンさえ持てなくなっていた……」


『あの時』……墨台さんたちが六道島で遭遇した、とある被害者のお母さんが自殺する前に血文字で書き残したと言う遺書の事だ。 その遺書には『DMAT』の人たちに向けた罵詈雑言が書かれていたと言う。 (本章第4話『座滅』をご参照下さい)」


「『血』を見られない看護師なんて前代未聞だろ? それで一度現場から離れたんだが、辰巻さんに誘われてPCR検査センターここに来たのも、実はここならを見なくて済むと言われたからだ」


 ……確かに、ここは一般の検査室と違い『唾液』や『鼻腔拭い液』だけで、血液が持ち込まれる事は無い。


 それにしても、墨台さんから一度看護師を辞めたとは聞いたが、まさかそこまで重いトラウマを負わされていたなんて……可哀想に……。


 ……でも、さっき私がケガした時は、顔色一つ変えずに、冷静に色々助けてくれたけど……?


『プルルルルー プルルルルー』


 外線だ!


 出ると、緊急集団PCR検査の依頼だった。


 ……サターン禍は続いている。 当然、こちらの都合を斟酌してくれるはずもない。


 私が物品を準備している間に、墨台さんは、私が汚してしまった白衣を着替え、早々に出かけて行った。


 出かける前に墨台さんが……


「遥さんは、俺の『血への恐怖』を『生への希望』に上書きしてくれた。 本当にありがとう!」……と言ってくれた。


 墨台さんの目には薄っすらと涙が滲んでいたが、その輝きは……今まで以上に見えた!




 数分後……


 墨台さんからLINEが届いた。


『一つだけお願い!』

『手は、検査技師の命! 人類の宝! これからは大切に扱って!!!』


 ……私は『ごめんなさい』のスタンプを返信しながら、少し元気が出てきていた。


『墨台さんと私……二人が諦めなければ、必ず何とかなる!』


 そんな根拠の無い希望が見えた気がしたからだ。

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