第6話 激昂

 そんな墨台さんの姿をの当たりにした私は……


 無性に腹が立ってきた!


 ……もちろん、私の怒りは墨台さんが涙を流している姿に向けたものでは無い。


 まずは、墨台さんに何もしてあげられない無力な自分に!


 次に、墨台さんを苦しめる原因を作った災害に!


 次に、下らない戦争を始めた、どっかの国では『偉い』と言われているダメダメオヤジに!


 次に、輸入に頼り切っているこの国に!


 新型サターンウィルスに!


 すぐに感染する軟弱な人類に!


 そして何より、墨台さんたちを逆恨みし、憎しみを綴った遺書を残して死んだと言う自分勝手な自殺者に対していきどおりを感じたんだ!


 ……今回の原因は『天災』であり、墨台さんたちを責めるのは全くの筋違いでしょうが! 


 そんな手紙を書けたのも、自ら死を選べたのも、全ては命掛けで貴女あなたを救った人たちのお陰なの!


 死者に鞭打って言わせて貰うけど、貴女に『自殺』なんてバカげた選択肢は無い! その救われた命は、お子さんの悲劇を教訓にして『クラッシュ症候群』の恐ろしさを啓蒙し、同じ悲しみを繰り返さないようにする為のものでしょ!?


 ……とばっちりになってしまって申し訳無いけれど、墨台さんともあろう人が、その呪縛にまんまとハマり、自らの価値を見失っちゃうなんて、ホントにバカげてる!


『 ド ゴ ン ッ 』!


 ……! こんな事は生まれて初めてだった!


 普段、あまり怒った事が無い私は、やり場の無い怒りを机に向け、力任せに殴った!



 ……大きな音と供に、手に衝撃を感じたが、不思議と痛みを感じなかった。

 

 私は怒りに打ち震えながら振り返り、墨台さんをキッと睨みつけた!


 墨台さんは私の剣幕に驚いているようで、涙を拭うのも忘れ、赤く腫らした目を見開いたまま固まっている!



 ……私も女子の端くれなので、本当は墨台さんの奇麗な涙に同情して、抱き合って一緒に泣いてあげた方が良かったのかも知れない。


 でも私は、ハラワタが煮えくり返り、とてもじゃ無いけど同情なんて出来なかった。


 

 そのあと私の口から出た言葉は、今考えても、私らしからぬものだった!


「……みんな狂ってる! この世界は全て狂ってます! サターンウィルスも! 人類も! 国も! 私も! ……もちろん貴方あなたもです、墨台さん! こんな狂った世界、滅びちゃった方が良いっ!」


『 ゴ ッ 』! 私はもう一度、力任せに机を殴りつけた!


 今度は鈍い音と供に手に激痛が走ったが、私の怒りは収まらなかった!


「こんな世界、核戦争や伝染病で、キレイさっぱり消え去るべきだっ!」

 

 私は、怒りの矛先を墨台さんに向け、固まっている墨台さんの両肩を強く掴み、更に言い放った!


「でもね、墨台さんっ! 今はまだその時じゃない! 貴方あなたも! 私も! まだまだ終っていないっ!」


 ……右手の痛みが強くなり、墨台さんの肩から手を離すと、そこには私の血の跡が残っていた! ……机に八つ当たりした部分の皮膚と手袋が裂け、鮮血がはみ出してしまっていた。


 私はその手を強く握りしめ、墨台さんの前に突き出しながら、声が涸れるほどの大きな声でこう言った!


「私は血まみれになってもっ! 泥まみれになってもっ! 貴方あなたが言ってくれた『防波堤』としてっ! 最後の最後の最期まで、足掻きます! それこそが私の『臨床検査技師』としての誇りであり使命だから!」

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