第36話 幕間の番外:巴と信仁の後日談の後日談03
既にお開きになっていた宴席の間で、
「納屋を?」
「はい。厚かましいお願いですが、先ほどの話で、何か準備に使える物があれば是非貸していただきたいと思いまして」
「準備、ですか?」
「はい」
「……なんか、考えたの?」
困惑気味の里長の後ろから、円が信仁に尋ねた。
「まだ、考えてる最中です。おおざっぱな方向性はだいたい固まったんですが、決め手が欲しくて」
「
「それは構いませんが……」
円に頼まれて、里長は腰を上げた。
「すみません、ありがとうございます」
廊下に出る里長に、信仁も礼を言ってついていく。
「……君には、若い者の無礼をお詫びしないといけないね」
納屋の扉を開けて電気のスイッチを入れた里長が、後ろに居る信仁にそう言って詫びた。
「いえ、気持ちはわかりますから」
答えて、信仁は納屋の中をざっと見まわす。ちょっとした戸建てくらいの大きさのある納屋の中は、古民具好きから見れば垂涎の宝箱みたいな状態だ。
「僕が言うのも何ですけど。ちょっと良いなって思ってた女性をどっかの馬の骨にかっさらわれたら、そりゃ頭にくるってもんでしょう」
「……里の若いのは血の気が多くてね、色々持て余してて。こんな山奥だろう、仕事なんて農業と林業くらいしか無い。若い娘はたいがい街に働きに行ってしまってね」
「わかります……ちょっといじって良いですか?」
一言断って、里長が頷いたのを確認してから、信仁は失礼にならない程度に家捜しを始める。
「適齢期になると戻って来る娘も居るには居るが、街で他の里の男を見つける事も最近は増えていてね……君は、事情はどれくらい知っているんだ?」
「一通りの事情は、今日、ここに来る間に円さんから、車の中で聞いたと思います。円さんが見た目通りの年齢じゃない、とか」
「そうか……では知っていると思うが、この里の者はほぼ全員が
「そういうの、すみません、僕はよくわからなくて」
「街の生まれならそうだろう……ましてや、君は儂らとは違う」
一度、里長は言葉を切った。何かを探す信仁の背中は、特に変化を見せない。
「……君は、儂らが怖くはないのか?」
手を止めて、信仁は振り返った。
「さっき、鰍さんにも同じ事聞かれました……怖いです、正直。でも別に取って喰われるわけじゃないし……喰わないですよね?」
軽い冗談。里長は、苦笑して小さく首を振る。
「程度の差レベルで、要するに、彼女の親に挨拶に行くとこんな感じだろうって、そう思うことにしました。問答無用で親御さんにぶん殴られたりするってよく聞くじゃないですか。それと同じだって」
再び手を動かしつつ、信仁は言う。
「通過儀礼って奴ですかね。要するに、僕はそれにふさわしいんだって証明しなきゃいけない。それは、挨拶だけで終わるか、一方的に殴られるか、山ほど結納金詰むのか、ケースバイケースで、これはつまりそういうケースに過ぎない、って思ってます」
「相手が、
「……そこなんですよね」
信仁の返事は、一拍遅れた。
「俺、僕はそこんとこ、正直どうでもいいんですけど。流石に親兄弟には黙っておこうとは思ってます。言い方はよくないんですが、
「なるほど……」
里長は、深く息を吐いて腕組みする。言っている事は理屈が通る、この子供は思ったより物を考えてはいる。しかし……里長の思考はそこで堂々巡りに入ってしまう。その様子はしかし、何か見つけた信仁は気付かない。
「……これ、
「ん?ああ、もうずいぶん使ってないが……」
霞網による鳥の捕獲は、戦後すぐくらいから禁止されている。
「これ、いただいても良いですか?」
「構わないが……そんなものでは我々は止められないぞ?」
「ほんのちょっと、時間が稼げれば。あと、これ」
リッターサイズのペットボトルくらいのアルミの水筒のようなものを、チャプチャプ振りながら信仁は示す。
「草刈り機のガソリンの携行缶だが?」
「ダメにしちゃっちゃ、まずいですよね?」
里長は、しばし考える。何をしようとしているのかわからないが、円さんから色々と面白い考え方をする子供だとは聞いている。ならば、ここは一つ、何をするのか見てみるのも面白そうだ。
なにより、余興にはもってこいだ。
小さくニヤリと笑って、里長は決断した。
「……構わない、ここにあるもの、好きに使って構わないよ」
「ありがとうございます。じゃあ、網とこれと、あと竹と
この子供、何か作戦を決めたのだろう。網とガソリン、なかなか派手なことをしでかしそうだが、まあいい。円さんの客に不義理を働いた、掟に文句をつけたのはうちの若いのだ、多少のことで死ぬような我々でもないし、その程度の痛い目を見るのも、若いのには薬にもなろう。
この子供が、うちの若いのに一矢報いれれば、だが。
里長も、何が起こるか楽しみで仕方ない自分に、内心苦笑していた。
夜半過ぎ、思ったよりも
「……って?こりゃまた……」
ふすまを開けて一歩入ったところで思わず固まってしまった信仁に、わずかにはにかんだ巴が振り向いた。
「……何よ」
「何って……いいの?」
「だから何がよ!」
全くコイツは。いつまで経っても帰ってこないし、来たら来たでデリカシーがないし。六畳間、並べて二つ敷かれた布団の片方に横座りになった巴は、つい声を荒げてしまう、無意識に寝間着の胸元を掻き合わせながら。
「何って、まあその、ねえ?……ま、正直そんな暇ないんだけどな。済まない姐さん、一休みしたらまた出るから」
「……え?こんな夜中に?」
「ああ、明け方までに仕掛けは済ませておきたいんだ。終わり次第戻って来る」
言いながら、信仁は自分の荷物から折り畳みの
「……手伝う事、ある?」
「いや……そうだな、俺が何してるか、むしろ知らないでいて欲しい。大丈夫だとは思うけど、視線とかで気取られたくない」
信仁が相手の油断を誘い、隙を作り、そこを突く事を狙っているのは、巴にも理解出来ている。そのためには、相手に気取られるのは避けなければならない事も。
「……敵を欺くにはまず味方から、って奴かい。わかった、知らなきゃ気取られようがないからね」
「すまねぇ。よろしく頼みますぜ」
「貸しにしとくわよ」
「えぇ……安くしといてね?」
「バカ」
見つめ合い、互いにクスリと笑う。
「……勝ちなさいよ、絶対」
「やるだけはやってみますぜ」
言って、布団の上に寝間着で横座りの巴に、信仁は顔を寄せ、髪を撫でた手がそのまま巴の頬に触れる。
巴はやや上を向き、軽く目を閉じた。
その時。
小さな破裂音が、
「何?」
「あー……」
びっくりして、咄嗟に身を固くして音のした方に巴は振り向く。気のせいか、押し殺した悲鳴というかうめき声も聞こえたような気もする。ちょっと不安げな巴に、同様にそっちを見ながら、後ろ頭を掻きつつ信仁が説明する。
「ちょっと思うところありましてね、ダッフルバッグの底にこないだサバゲで使った
「くれい……何?」
「BB弾バラ撒く仕掛け地雷っす。まさかと思ったけどこーんなに早く来やがって、マジで男余ってやがんのかこの里」
「え?え?」
「と言うわけで、すみませんが姐さん、ちょっとだけほとぼり冷ましたら俺も行ってきます」
「え、あ、うん……気を付けて」
「続きは、また後で」
「だから!もう……バカ……」
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