第27話

「……ちょっと待って信仁しんじ君。あたしそれ聞いてない」

 婆ちゃんが、こめかみの青筋を隠しきれていない微笑みをたたえて、信仁の話を遮った。

勿論、信仁は信仁目線の事実しか話していない。ので、あたしがその時どう思ったとか、そう言う愁嘆場は、有り難い事に公にはなっていない。

「どういう事?あんた達聞いてた?」

 婆ちゃんの視線が、信仁からあたしを経由してかじかかおるに流れる。ピッチャーごとビール飲んで顔隠してる馨、そっぽ向いて口笛吹いて知らんぷりしている鰍を経由して、その視線はあたしに戻って来る。

「あ、あのね、隠すつもりじゃなかったのよ?たださ、ちょっと言いそびれて、そしたら言うタイミングが無くなっちゃって、その……」

 あたしは、数々の強力な妖魔を射すくめ、封じてきたその視線の前に、降参する。

「……ごめんなさい」

「……後で詳しく聞かせてもらうから。それからともえ、あんた、向こう三ヶ月仕送り無し」

「うえ?」

「せいぜい信仁君に食べさせてもらいなさい、どうせそのうちそうなるんだし」

 アパート代とか考えると――あたしと信仁は今、家賃折半して実家の近く、東村山駅挟んで大体反対側にロフト付き1Kのアパート借りて一緒に住んでる――、仕送りが三ヶ月無いのはかなりキツイ。あたしと信仁は顔を見合わせる。信仁への罰というか、腹いせも兼ねてるんだこれは。あたし達は、互いに視線でそれを確認し、同時に、藪蛇になる抗議は控える事も同意する。

 仕方ない、「協会」の仕事、多めに入れるか……

「まったく……まあ、納得だわよ。今更だけど、ともえを嫁にくれなんて、相当な変わりもんだとは思ってたけど、筋金入りのバカだったとはね……「奴」も相手が悪かったもんだわよ」

「ひでえ……」

 情けない声を出す信仁に、婆ちゃんが笑って答える。

「褒めてるのよ?居るのよたまに、そういう一点集中バカが。そういうのが一番怖いのよ。それに、そうやって切り返されてやられた夢魔ってのも、今まで居ない事もないし」

「居るんですか?そういう例が?はい?」

「居るわ。っていうか、たたられ屋って居るでしょ、あれに取り憑くバカは、割と返り討ちに遭ってるわよ」

「へぇ~……勉強になります、はい」

「夢時空の話が出たけど、夢魔が取り憑いて体を奪うってのは、犠牲者の意識が死んでればともかく、生きてる時は要するにその体を最小単位にした夢時空を張ってるのに等しいの。そうすると、純粋に夢の中での夢魔と犠牲者の力比べになって。祟られ屋なんてのは、そもそもそういう力比べを生き抜いてきた連中だから」

「なるほど……」

「まあ、「奴」ほどの古強者になると、そうそう力負けはしないはずなんだけど」

「そこはほら、五月さつきさんが削ってくれてましたから。それがなかったら多分、俺じゃ手も足も出なかったっすよ」

「やだ、私なんてそんな」

「いやいや、凄かったみたいっすよ。「奴」、知り合いのヤクザとか手当たり次第に精気吸ったみたいだけど、半分も戻らなかったみたいっすから」

 あれで、半分。あたしは、あの時のことを思い出して、頭を抱える。よく勝てたな、あたし。

「で、桐崎の体の時の姐さんの一撃で残りのほとんど持って行かれて。俺の体に入った時、一割も力、残ってなかったみたいっす」

「だとしても、よ」

「はい、僕なんかじゃとても出来そうにないです、はい」

「だな。俺も絶対無理だ。若い人はやっぱ気合いが違うって感じだな」

「いやいや酒井さん、酒井さんだってまだ充分いけますって」

「まー、でもアレよね。だもん、ばーちゃんも信仁兄しんじにいに負けるってもんよねぇ」

「……え?」

 何気なく言った鰍の一言で、その場の全員、その事を知らなかった全員の視線が婆ちゃんに集中した。

 婆ちゃんのあんなに嫌そうな顔、久しぶりに見た気がした。


「……あのね、あたし……」

 「奴」を始末した翌日。騒ぎが大きくなる前に学校を逃げ出して、あたしは東村山の実家のアパートに居た。

 どこかの組に不義理をした売人が、逃げ場を失った挙げ句に破れかぶれで手近な学校に突入。薬を撒いて職員を昏倒させ、自身も薬で酩酊、遅れて追ってきた組の構成員と乱闘の末、学校施設に小さくない被害を出して双方とも薬と怪我で昏倒。そんな線で、どうやら警備会社も警察も動いているらしい。銃刀法違反その他でアニキ達は実刑喰らうかもだけど、そこはまあ、付き合う相手を間違えたって事で自分の不明でも恨んでもらうしかない。

 あたしと信仁は、結奈ゆなも含めてあそこには居なかった、あたし達は西門から合い鍵で学校に入っているから特に記録も残ってないし、実際あたし達以外にそこに居たことを知る者はいない、はず。

 脅しが利いているのか、アニキ達もあたし達の事はゲロってないみたい――桐崎が化け物だって認識は持ってるみたいだし、あたしの見た目も桐崎の妖術でそう見えるように化かされた、って信仁の出任せも信じてるみたい――だから、学校側は完璧な無関係の被害者って体を貫き、夢時空のおかげで外からの目撃者もいないからマスコミも嗅ぎつけず、いたって静かに――後で聞いたら、婆ちゃんはそれなりに警察にもマスコミにも手を回してくれてたらしい。勿論、そもそも警察の鑑識やらには「協会」関係者が紛れている――事態は収束に向かっていた。とは言っても、現場検証やら何やらはあるから、あたしも信仁も万一の藪蛇を避ける意味で今日一日、学校から離れることで合意していた。


 あたしが人の姿に戻れない問題に関しては、あの後、ある意味自然に解決していた。

 信仁の首筋にかじりつき、信仁に髪を撫でられているうちに、ふっと、あたしは人の姿になっていた。

 その時、わかった。「戻りたい」や「成りたい」ではなく、「その姿で在りたい」がキーなんだって。「戻る」や「成る」は、今の姿か目的の姿か、どちらかを選び、どちらかを否定するネガティブなものであって、「在りたい」は自然体、ポジティブである、上手く言葉に出来ないけど、そう言うものなんだって、あたしは理解し、それで、あたしは獣の姿で「在る」事を成し遂げられるようになった。勿論、人の姿も。

 すっごく、嬉しかった。心のつかえが、完全に消滅したから。その瞬間だけは、心配事を忘れて、信仁の前で何度も何度も、姿を変えて見せてしまったくらいに。

 余談だけど、その後は本当に大急ぎで汚れと血糊を拭いて、(信仁をあっち向かせておいて)着替えて、夕飯時で浴場に誰もいないのを確認してから速攻お風呂浴びて、何食わぬ顔で終了時間ギリギリの食堂にすべり込んで夕飯を済ませた。元々、試験休みで人が少ない事もあって、同じタイミングで食堂に飛び込んできた同じく風呂上がりの信仁と、広い食堂で二人きりで夕飯になったのが、妙に嬉しかったのを覚えてる。


 そして今。ホントだったら、普段通りなら昨日の夕方くらいから居るはずだった週末の実家に、あたしは居た。

 勿論、妹達も一緒だ。というか、話があるから、って言って居てもらったのは、あたしだったし。

 その場で、あたしは昨日のあらましを妹達に話した。そりゃもう大騒ぎになったけど、それはまあいい。「奴」を仕留めたって事実は確かなんだから。

 奴を信仁の中に封じ込め、信仁が「奴」の記憶を持っている、というのは言わなかった。どう言ったら良いのかわからない、ってのは言い訳で、大騒ぎがもう一段ヒートアップするのを避けたかったんだ、その場は。

 あと、あたしが信仁に告られた話も、しなかった……出来るか、素面でそんな話。

 いや、しなかったし、ひとっこともそんな事、おくびにも出さなかったつもり、なんだけど。


「……で。お姉、アタシの護符タリスマン、誰に使わせたの?」

 ちゃぶ台に頬杖をついたかじかが、ジト目であたしを見ながら、聞いた。

「……え?」

 あたしが刺されたこと、ヤクザがやって来てそこに「奴」に取り憑かれたバカが混じっていたこと、学校ごと巻き込まれそうになったけど辛くも撃退出来たこと、位しか言わず、信仁に半獣の姿を見られた事とか信仁が乗っ取られかけた事とか、全く言わずに上手く辻褄合わせたつもりだったんだけど、そうか、その事も言ってなかったっけ。

「えっとね、実はあたしの他に生徒会役員が居てね、その娘脱出させるのに……」

「じゃなくて。あのね巴お姉、アタシはね、巴お姉以外・・・・・に誰がこの護符に「祈った」のか、って聞いてるの」

「え……」

 そういうのまで、わかるのか?その疑問があたしの顔に出たのか、鰍が勝ち誇ったように言った。

「ふっふっふ、なーめないでよ?アタシが作って、アタシが巴お姉に合わせて調整したアタシ特製の護符だもん。不浄に反応すればわかるし、巴お姉以外の「祈り」が込められればそれだってわかるわよ……貸して」

 絶句し、あっけにとられてしまったあたしに、鰍は手を差し出す。何の疑いもなく、反射的にあたしは生徒手帳を鰍に渡し、あ、しまった、と慌てる。

「ちょ、ま、鰍!」

「お~っと!」

 咄嗟に手を伸ばして生徒手帳を取り返そうとしたあたしを、後ろからかおるが羽交い締めにする。

「馨!」

「まーまー姉貴、鰍の鑑定、見てみよーぜ」

 にやにやしながら、馨はあたしを抑える。力で抜けられないことはないけど、それを始めると互いに際限なくエスカレートするのはわかってる、過去の経験から。

 だから、あたしは、抵抗しつつもとりあえずおとなしく抑えられていてやる。

「……何これ、凄い強い巴お姉の「祈り」が充満してる……こんな強いの初めてじゃん、何があったの?」

 あたしの場合は「念を込める」だが、鰍の言い方だと、それは「祈る」になる。

「そりゃ、「奴」を相手にしたんだもの、使えるものは全部使ったわよ」

 鰍に問われて、あたしはありきたりの答えを返す。

「ふうん……巴お姉の「祈り」が強すぎて、他の感覚はわっかんないわね……」

 あたしは、ちょっとほっとした。バレてない、バレてない……と思ったら。

 鰍は、手帳の匂いを嗅ぎ出した。

「巴お姉の匂いとコロンと、薄いけど別の人の体臭と香水?女の人ね、これ。あと……これは……馨お姉!」

 鰍が、あたしの生徒手帳を投げる。馨の頭上高く。

「おいよ!」

「うあ!」

 その生徒手帳を、あたしを突き飛ばした馨が軽くジャンプしてキャッチする。突き飛ばされたあたしは二三歩ほどたたらを踏み、

「っと!」

 今度は、鰍に抑えられる。

「あ、あんた達!」

「まーまー。アタシより馨お姉の方が鼻は確かだし」

「んー……これ、アレでしょ?」

 ひとしきり匂いを嗅いだ馨が、生徒手帳をひらひらさせながら、言う。ニヤニヤしながら。

「姉貴に言い寄ってる、もの好きな……」

「あんたたちぃ……いい加減にぃ……」

「う、うわ?」

 体重と体格があたしと似たり寄ったりの馨はともかく、身長で二十センチちょい、体重で三十キロ近く軽い鰍なら。

「いい加減に、おし!」

「わあ!」

 あたしは、あたしを背後から羽交い締めする鰍を、力業で背負い投げよろしく投げ飛ばす、馨めがけて。

「ぅりゃあ!」

 間髪入れず、あたしは木刀ゆぐどらしるを抜き付ける。

「うわ危な!」

 鰍を使って馨の視野を塞ぎ、その影から斬り付けたあたしの木刀を、馨は白羽取りする。

 あたしだって、妹相手に本気で抜き付けたりはしない。相当に手加減した一刀だが、とはいえさすがは純血、動体視力と反射神経だけであたしの太刀筋を見事に読み切った。

「巴お姉!」

「家ん中で木刀ゆぐどらしる振り回すなって、え?」

 馨にぶつかる直前で身をひねり、紙一重で衝突を回避して馨の背後に着地した鰍と、あたしの横薙ぎの一太刀を受け止めた馨があたしに抗議しようとして、あたしを見て、絶句した。

 半獣の姿の、あたしを見て。

 余談だけど、安アパートの居間でドタバタしたら近所迷惑だから、あたし達は足音は全然響かせてはいない、姉妹喧嘩してもそこは小さい頃から常に気を使ってる、念のため。


 どうせ全部バレるなら、論より証拠でもう見せてしまおう。そう思って、あたしは妹達の前で半獣の姿に成って見せた。

 妹達は驚き、そして、あたしが思った以上に喜んでくれた。涙を流して。

「ホントよかった。もーこれで、巴お姉に気ィ使わなくていいんだもん」

 大喜びで、あたしに抱きついていた鰍が、しばらくしてから顔を離し、言った。

「何よそれ、あたしが気、使わせてたの?」

「そりゃさ、姉貴も凄い気使ってくれてたのわかってたけどさ、あたし達だってそりゃ、ね」

 あたしの顔のすぐ横で、馨の声もした。

 当たり前かも知れないけど、心配してくれていたんだ、妹達は。この、ふがいない、未熟者の姉のことを。気にしてたんだ、獣の姿になれなかったけれど、それでも仮にも姉であるこのあたしを。それを肌で感じ、あたしも涙があふれた。三人で、泣いて、笑った。

 そっからはもう、どんちゃん騒ぎだった。三人とも未成年だけど、そんな事は些細なこと。まあ、あまり呑んでわけがわからなくならないうちに、あたしは事の全容を改めて妹達に話して聞かせた。


「嘘でしょ?修行も訓練もしてないんでしょ?」

 ちょうどあたしと信仁が「奴」を封じたあたりまで聞いた鰍が、スルメを囓りながら言った。

「坊さんか神主の息子ってんならともかく、何のゆかりもない一般ピーポーが?うっそだぁ!」

「あり得ないわよ、えー?信じらんない!」

 あたしも、そう思う。でも、つくならもう少しマシな嘘をつく。

「あたしも未だに信じらんないけど……でも、ホントなのよ」

「いやいやいやいや。でも……うーん。そりゃ可能か不可能かっつったら、不可能じゃないんだろうけどさあ」

「ホントならそれ、ものすごい逸材って事じゃないの?巴お姉、「協会」にスカウトしてよ。ばーちゃんにも話してさあ」

「……それなんだけど、さ」

 来た。多分、今がチャンス、というか、今話すのが一番良いタイミングだろう。あたしは、学校出る前からずっと言うタイミングを考えていた事を、今こそ口にする、しなきゃいけないんだと、自分を奮い立たせた。

「……あのね、あたし……」

「ん?」

 スルメを咥えた鰍と、湯飲みに焼酎のお湯割りを注ぎ直している馨が、横座りの膝の上に置いた両手をもじもじして、その手を見下ろすように俯いたあたしを、見た。

「……信仁のこと、好きだ」


「……あー」

「やっぱ、それかー」

 あたしの一世一代の激白に、妹達の反応は思いのほか薄かった。それはもう、もっと驚天動地の衝撃を与えることを期待していたあたしは、あまりの反応の薄さに何か言い間違えたかと思ったくらい。

「……ちょっと、なによ、あたしがこんなに恥ずかしい思いして言ったってのに、何よその薄いリアクションは!」

「だって、ねぇ」

「姉貴、ずっと言い寄られてたじゃん。そんで、まんざらでもなさそうだったし」

「え?」

「学校の話しても、なにかっつーとその信仁さん?の事ばーっか話すし」

「そう言う時の姉貴、すっげー顔にやけてたし」

「え?え?」

「あー、こりゃヤバいな、巴お姉免疫ないから落ちるなーって思ってたけど」

「むしろ思ったより時間かかったって感じ?」

 何?その……何?うわ、あたし、バレバレ?

「まーアレよね、そうなったからにはしょうがないから、ばーちゃんにキッチリ話通すしかないわよね」

「そーねー。やる気なんでしょ、その信仁さんって人」

「いやちょっと待ちなさいよあんた達、なんでそんなに軽いの?一大事でしょこれ!」

「いやだって、巴お姉、好きなんでしょ?」

「相手も好きだって言ってくれてんでしょ?だったら、やるっきゃないじゃん?腹据えてさ」

「いやそうだけど。他人事ひとごと過ぎない?なんかこう、ないの?もっと驚くとか、心配するとか」

「驚いてるし心配してるし応援もするけど、あれって基本、当事者以外手出し無用じゃん?」

「あたし達応援する以外に出来ることないしぃ。ばーちゃんだって別に命まで取りゃしないだろうし」

「……え?そうなの?」

「うちの里じゃ滅多に無いけど、他の里だと最近増えてるんだって、恵南えなみ君言ってた。婆ちゃんもたまに立ち会いに行ってるみたい」

 山田恵南やまだ えなみは馨の彼氏で、あたし達とは別の里に属する純血の人狼ひとおおかみの男の子だ。

「全体の人口も減ってるし、里を離れて街で暮らす人狼ひとおおかみが増えてるし。純血主義云々言ってると絶滅しちゃいそうだからって、掟の範囲内で最大限譲歩してるって里、結構あるみたいよ?」

 ほとんどの聖狼族では、他種族との婚姻についてほぼ同様の掟がある。ただ、その厳しさは里によって多少の差があるのはあたしも知っている。

「勿論、うちの里の場合は、ばーちゃんとやり合って勝つってのが条件なのは変わらないけど」

 馨から得られた他の里の情報に、鰍が補足する。

「それだって、明治新政府以降はむやみに殺すと後が大変だからって、記憶を封じる程度で勘弁してるってばーちゃん言ってたわよ」

「マジか……」

 言ってよ。そういうの、もっと早く。あたしは、ものすごい脱力感を覚えた。記憶を封じられるのは、信仁があたしの事忘れるって言うのはそれはそれで一大事だけど、命取られるよりははるかに救いがある。それを知らなかったばっかりに、あたしがどれだけ心配して、辛い思いをしたことか。

 あたしの心配と、心労に費やした時間を、返せ。マジで。


「にしたってまあ、好きな人に忘れられるってのもキッツイ話よね」

「そーよねー。まして、姉貴を嫁にもらってくれそうな、奇特な男子なんて二度と居ないだろうし」

「おい馨ちょっと待て」

「だから、冗談抜きの本気も本気で、その信仁さんって人にはばーちゃんに勝って欲しいんだけど……」

「それな。でもさあ、婆ちゃんだぜ?」

「ばーちゃん、あれで絶対に手は抜かない人だからなぁ……むしろ面白がっちゃうの、目に見えてるしなぁ……」

 婆ちゃんがノリノリで勝負を受けるだろうという事は、あたしも全くその通りだと思う。それと、命の心配はなさそうだとは言え、妹達も、信仁の勝率そのものは絶望的だという見解そのものは変わらないらしい。

「……巴お姉、ばーちゃんには、連絡したの?」

 鰍が、根本的なところを聞いてくる。

「「奴」の事はとりあえず、でも、信仁のことは、まだ」

「そっか……まあ、言いにくいわよねぇ……アタシから言っとこうか?」

 鰍が、あたしに気を使ってるんだろう、聞いてくる。ある意味師弟関係にある事もあり、婆ちゃんとは鰍が一番接触機会も連絡も密だ。

「いい。あたしが言わないと」

「そだね」

「なんっか、いい手でもあると良いんだけどな……」

 天井を仰いで、馨も呟く。

「隙がないからな、婆ちゃん。離れてヨシ寄ってヨシ、オマケに呪文飛ばしてくるもんな……」

 基本的に接近格闘戦特化のあたし達聖狼族にあって、手が届かなくても鉄扇を飛ばしてくる上に術まで使う婆ちゃんは、間合いという意味では隙がない。

「そもそも、その信仁さんって、どうやってばーちゃんとやり合うつもりなんだろ?なんか得意なの、あるの?格闘技習ってるとか?」

「うーん……武器一般器用に何でもこなすけど、そういや拳銃持ってるっけ」

「……いや待て姉貴。拳銃って」

「あのさ、普通の高校生だよね?ヤクザの後取りとかスパイの仮面家族とか、そう言うの違うよね?」

「いや、言ってなかったけど、実はさ……」

 あたしは、あいつらが入学してすぐの一件をもう一度話す。前話した時は、拳銃やら裏サイトやらの件は言ってなかったから。それ以外にも、この二年間であの二人、信仁と寿三郎がやらかして、妹達にも言えなかった事案は掃いて捨てるほどある。それを、この際なので、いくつか愚痴った。

「姉貴……苦労してたんだな……」

 〆の昆布茶をすすりながらぽつりと呟いた馨の一言が、メッチャ心に響いた。

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