第2話
「えっと。この場を借りて、皆さんにお礼を言わせて下さい」
適度に場が暖まった頃合いをみて、
「あの時、皆さんが動いてくれたの、私の為だけじゃないって事は分かってます。でも、私一人じゃ、あの状況から多分、逃げ出せなかった。だから、助けていただいて、ありがとうございました」
一気にそれだけ言い切って、五月は深々と頭を下げた。
「あ、そしたら、俺からも皆さんにお礼言わせて下さい。ホント、ありがとうございました」
咄嗟に立ち上がり、
「そんな他人行儀に、いいのよお」
「あんた達はもう、あたしの身内みたいなもんなんだから。子供達が困ってたら、助けるの、当然じゃない?」
「……子供、ですか?」
言われて、真顔で聞き返した五月に、円が問い返す。
「気にいらない?」
「いえ……でも、うん、そうですね、確かに、円さんから見たら私なんか子供みたいなもんか」
しかたなさげに、ちょっと悔しげに苦笑して、五月は言う。
「そういう意味じゃないんだけどね」
グラスに口をつけながら、円は軽く否定する。
「でも、
「なら、今からでもその師匠とやらに稽古つけてもらば?」
円にそう問われた五月は、寂しげにかぶりを振る。
「……師匠、もう居ないんです。十年ほど前に、仕事で失敗して」
「あ……ごめん、悪いこと聞いたね」
済まなそうにわびた円に、五月は微笑んで答える。
「いえ、もう吹っ切れてますから」
言葉を途切って五月はグラスを空け、続ける。
「……仇も討ててないんです。私、未熟だったから」
吹っ切れたという言葉とは裏腹の、無理に作った五月の笑顔が、痛々しい。
「拝み屋をやってればそのうちどっかで出っくわすかも、って思ってて、高校出てからずっと、仕事の傍らにそいつの事、探してはいまして。実際、二年前に見つけ出して、追い詰めはしたんですけど、でも、仕留めきれなかったんです」
テーブル側の椅子に腰を下ろし、注ぎ直したビールを一口含んだ五月が言葉を続ける。
「玲子さんと知り合ったのって、丁度その頃で。私、今思うと結構その頃
言って、五月は玲子に微笑みかける、寂しげな、済まなげな微笑みで。
玲子は、どう返事したものか分からず、胸の前で手を握ったまま、動けない。
「でも、それはそれとして、今はこの力、玲子さんの為に使えればって思ってるのは本当。玲子さんと出会ったおかげで、恨みだけで塗りつぶされなくて済んだって気がするの。それに」
周りを見まわして、五月は続ける。
「なんだかんだで、こんなに良い「仲間」に巡り会えた、そのきっかけが、玲子さん、あなただったって、私には思えるの。ありがとう、玲子さん」
「そんな……」
ちょっと照れて笑う五月に、その告白にほっとして、
「
言って、身を乗り出す。
「仲間って思ってもらえてるなら、嬉しいわね」
その二人を見ながら、円が空になったグラスを後ろ手にカウンターに置いた。
「よかったじゃない、ばーちゃん、最悪みたいな出逢い方したんでしょ?」
テーブル席から、鰍が混ぜっ返す。
「あんただって、玲子ちゃんと怒鳴り合いから始まったって聞いてるわよ?」
「そうだけど。でも今は仲良しだもん。ね?」
祖母に突っ込み返された孫娘は、自分と似たような背格好のゴスロリ少女に向けて首をかしげ、尋ねる。栗色のおかっぱの髪が、さらりと流れる。
「……そうですわね。鰍様には、色々とお世話になっております……いえ、ここにいらっしゃる皆様に、
居住まいを正し、西条玲子は一同を真正面から見まわし、答えた。
伏し目がちだった玲子さんが、いつからこうして目を上げて話すようになったのだろう?その様子を見ながら、五月はふと思った。自分の目の事を気にするあまり、玲子さんは人と視線を合わせることを極端に避けていた。それは、私ですら、分かっていて霊的に防御していたはずの私ですら、その影響を受けてしまっていた程強力な「邪眼」。その玲子さんが、勿論今でもうかつに目をあわせることは避けているけれど、それでも、人と話す時に喉元か、口元くらいまでは視線を上げるようになった。以前は、相手の胸元以上には決して上げなかったのに。
五月は、玲子の隣に座る柾木に視線を移す。
きっと、いや、間違いなく柾木君の影響ね。彼の霊的無感症は、玲子さんの邪眼を全く意に介していない。だから、玲子さんは柾木君の目を見て話すことが出来る。人の目を見て離す事を、以前より恐れなくなった。
違う。五月は、気付く。柾木君の影響は、そこじゃない。
玲子さんが、恐れなくなった、じゃあない。
柾木君が、恐れる事なく、玲子さんの目を見て話したから。だから、玲子さんは恐れなくなった、そういう事だ。
それは、私ですら出来なかった事。それなりに術には自信のある私ですら、恐れが先に立って身構えてしまうのを、自然体で受け止めた、柾木君にしか出来ない事。
正直、柾木君が玲子さんに釣り合う男なのか、まだよく分からないけれど。五月は、少しアルコールの回り始めた頭で、思う。
私には出来ないことを、平然とやってしまう、その意味では、得がたい伴侶、なのでしょうね。
五月は、自分が自然と未来に、苦しかった過去から明るく楽しみな未来に目を向けていることに、まだ自分では気付いていなかった。
「?、どうかした?」
巴が、隣の信仁に気付き、声をかけた。酒の飲めない信仁は、こういう席では普段ならその分食事に走るのだが、今日に限って先ほどから箸が止まっている。
「いや……五月さんの話、ちょっと引っかかって……聞いた方が良いのかな……」
「何よ、はっきりしないわね」
「いや、ちょっとね……
言って、何事か信仁は巴に耳打ちする。怪訝な顔でそれを聞いていた巴の目が、見開かれた。
「……マジ?」
「かもしんない。なんで、迷ってんだわ」
「そこ!何よあんた達、何の相談してるのよ?」
額を合わせて思案顔の信仁と巴に気付いた円が、眉根を寄せて一括する。
「いやちょっとデリケートな話で……まあいいか。ハッキリさせとこう」
何かを吹っ切った感じでつぶやきつつ、信仁は五月に顔を向けた。
「すみません青葉さん、その、仇を追い詰めたのって、二年前のいつ頃っすか?」
「え?」
突然、あらぬ方向から問われて、五月は一瞬思考が止まった。
「えっと、二年前の、二月だと思ったけど」
「あー……」
聞いて、信仁は首を落とす。横で、巴が椅子の背もたれにもたれかかって、手のひらで目元を覆った。
「え?何?」
何がどうしたのか全く分からず、五月はちょっと不安になって慌て、聞く。
「……すみません。その仇っての、多分ですけど」
顔を上げた信仁が、申し訳なさそうに、言った。
「俺と姐さんで、仕留めてます」
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