羊の子守歌~神を愛した男外伝
PAULA0125
ただ一度の勝利
………ん?
あらまぁ、こんなところに来はって、行くとこ間違えたんと違はります?
…え?
………ん? 聞きたいこと? ええよええよ、どうせメシアさま以外誰も来ぉへんから。寧ろうちと話してってほしいわあ。
でも、ええのん? あんたはん、ここに来た事がばれたら、おもんない聖人さま義人さまがたーくさんおりゃしゃんせ? うち、メシアさまのとこまで、送っていかれへんよ? …ええ? あ、そう。
さあて、ねえ。あんたはんが知りたいような
いやいや、仲悪ぅなんてなかったよ。うちも
うちと
一度だけや。たった一度だけ、
その時の事で良ければ話すけど………。その前に、あんたはん、
………。………。………。
へえ、あのお人に、あんたはんみたいな人が出来るようになるなんて………。なんや、非道い死に方しはったって聞いたけど、そう悪い人生でも無かったみたいやねえ。
ほな、話しまひょ。あんたはんは知る権利が在る。知っても
そもそもうちが
メシア様の起こした、おべんとの奇跡、知ってはる? ほれ、パンが増えただの、お魚増えただの、そんな奴。あれねえ、結構な頻度で起こってたんよ。っていうのも、その増えたおべんと、一人で食べる言うよりも美味いちゅうて広まってなあ。折角メシアが出してもろたおべんとや、腐らせたら世のお母はんお嫁はんたちが可哀相やろ? せやから、うちがおべんとの管理もしてたんや。みぃんなに、みぃんなのお母はんお嫁はんが、大事な息子旦那に作ったおべんと、配ったんえ。
でもまあ、そんなんだと、治安も悪うなるんです。
要するに、普段乞食も禄に出来ひんような、辛抱たまらんような奴がわらわら依ってきて、増える前のおべんと、かっ攫いよるんよ。まあ、かっ攫われてもおべんと配れるんやけど、何や、メシア様のお話聞いて、健やかぁな気持ちになって帰って欲しいんに、ささくれた事があるのも嫌やろ? パリサイ人や律法学者につけいられる切欠にもなるもんや。それでなくても、メシア様はほんに、ほんに、敵の多いお人やったからねえ。うち、
表向きは、メシア様をお守りする戦士の一人や二人、十二人もおるんやったら、正統派戦士が必要やろってことで。本音を言うとまあ…。…あー…、うん。まあ、うちもうちで、
「うわっ!」
「はい、一本。」
「はぁ…。
「そうか? 別にそんな事は…。漸く基本がカタに入ってきた所だからじゃねえの。」
「寧ろ今まで、どうやって
うちは確かに、メシア様に特別選ばれた十二人やったけど、だからといって何か他の人と大きく優れた場所があったかといいましたら、そんなもん、否やとしか答えられまへんわ。ただ、
「あ、せ、
目の前が一瞬真っ暗になりましたんや。凄く固くて小さな何かが、うちの鼻っ柱に叩き込まれて、鼻の中が切れました。何をぶつけられたのかわかんなくて、眼ぇがちかちかきらきら、しとりましたら、
「………。」
頬を強かに殴られて、耳が千切れそうなほどに引っ張られて、音がキィーン言いました。あんまりに勢いよく殴られたもんで、耳から手が離れて、今のうちに跪いて謝ろうと思ったんえすけど、それより前に前髪掴まれて、
「が…っ! げほっ! げほっ、ま、まっ、悪か―――。」
とにかくとんでもなく怒らせてしまいましたんえ、何とか謝ろうとしたんやけど、
「…別に、ぼくは相手がどんな奴であったとしても、ヒコを虐めるようであれば、この程度はお見舞い出来る。」
「ぐ…っ、げほっ。」
ものは言えんようになってしもたんえ、うちは何とか腰を引き上げて、
「すいません、失礼な物言いをしました。」
「二度と言うなよ。ぼくは色仕掛けとか、そういう話が大嫌いなんだ。」
許してくれたのかくれなかったのか、今でも分かりまへんなあ。少なくともあの当時は、もう怒ってないと思ってホッとはしました。けどうちがここに来てから、なんや、
「まあ、なんだ。拳闘のやり方では勝てないのかもな。こういう荒削りな戦い方なら知ってんだけど。」
「凄い逞しいお兄やわぁ。せやけど
「まあ、奴さん方が、いつでも逞しくて強いムキムキ男ばっかりを送り込んでくるとも限らねえわな。潜入してくるようなのもいるかもしれない。」
「子供に今の攻撃なんかやったら、泡吹いて膨らんで死んでまうわ。女子や子供やったら、金に釣られて脅されてることだってあり得るんや。」
「わかったよ。このやり方は男限定だ。それも武器を持ってるような奴。非力な男や女子供には、ちゃんとした拳闘で伸す。それでいいんだろ?」
「まあ、せやけど…。」
「その意味じゃ、ぼくはまだまだだな。飲み物かパンか何か、ないか聞いてくるから待っててくれ。」
そう言って、
「お稽古は終わったかい?」
「アラ、
「勿論。…ああ、なんてことだ、鼻血が出ちゃってるじゃないか。兄ちゃん、やり過ぎだよ。」
そう言って
「はあ…。お前ね、今三人しかいないから言うけど、いい加減人前で家族内々で居るときみたいに呼ぶのは止めろ。先生サマなんだから、せめて『兄さん』と呼べ。」
「? なんで? 兄ちゃんは兄ちゃんだよ。」
「なんでって、あのね………。」
がっくり、と、
「人間てのは、見てくれに騙されるもんだ。お前が指導者らしい立派な言葉使いなら、頭が
「えー? でもいつも使ってる言葉で説明した方がわかりやすいじゃない。ねえ、そう思うよね?」
「ねえと言わはれましても。」
うちは正直、口調とか言葉選びとか、そんなに気にしていまへんでした。だって、メシア様の御言葉を伝えるのは、結局伝えられた群衆であって、その群衆が理解できていれば、極端な話、うちらが理解しておらへんでも、伝わるのです。いえ、高弟十二人、弟子数百人、それぞれ
うちが話せるのは、これくらいやねえ。なんや、お役に立てはった? ………それはおおきに。
他に
いいええ、いいええ。こんな嫌われ者でもお役に立てたら嬉しいわあ。ほな、道中気をつけて。時々変な輩がいるのは、ここも現世も変わらへんからね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます