アンジュの魔導書

花道優曇華

第1章「キュンキュン♡テンペスタ恋愛戦争」

第1話「放たれた悪魔たち」

小説家っていうのは結構運が必要なんだ。

そう思ったのは割と最近。今はまだ売れる気配のない作家である

アンジュ・リリィ。

気付けば真夜中。家の中を掃除していたのだ。


「あれ?」


落ちた本を拾い首を傾げる。かなり埃を被っている。


「こんなに古い本…あったかな?鍵がかかってるし…」


見覚えのない本。いらない本。鍵も持っていないし、中身は

開けられなさそうだ。ここに置いておいても仕方がない。

古本屋に売ればその金は生活費に回せるし、よし売ろう!

そう思って行動を起こすのは早い。

外に出たアンジュ。そこは既に別世界であった。


「オイ」


呼び止められてアンジュは振り返った。緋色の目、例えるのなら宝石。

肌も白く、長身な美しい男。


「人間が夜にここを出歩くのは危険じゃないのか。…っと、お前も

人間だろって言いたげだな」

「うん、思った。分かるの!?」


突然近寄られて青年は驚きたじろぐ。


「ま、まぁ…ん?お前!なんでそんな本、持ってんだ!?」


青年の目の色が変わった。困惑だろうか。

彼に手を引かれてアンジュは青年の家に来た。


「この本は家にあって…私だって買った覚えは無いです!」

「まさか人間の世界にひょっこり現れるとはな…魔導書だぞ、これ」


青年…グリフィスは本を軽く小突いた。

魔導書、それも悪魔が封印されているという話だ。全ての魔導書が

この町テンペスタでしっかりと封印がされていたはず。

それがどうしてか人間の世に出ていたらしい。

驚いたアンジュの手から魔導書が滑り落ちて、二人の耳に

カチャリ、という鍵が開く音が聞こえた。

瞬間、辺りを光が包む。


「な、何?何があったの!?」


開かれた本。それを見て絶望していたのはグリフィスだった。


「この本…七柱の悪魔が封印されてやがったのかよ!!やべぇぞ」

「七柱の悪魔…七つの大罪!?」

「詳しいな。そいつ等だよ。最強最悪の悪魔、傲慢、憤怒、嫉妬、怠惰、

強欲、暴食、色欲の七つだ」


グリフィスはアンジュにも座るように促す。


「あの、その前に―」

「あぁ、俺の事だろ。改めて、俺はグリフィス。人間と吸血鬼の混血、

ダンピーラと呼ばれる種族だ」

「おぉ!だからそんなにイケメンだったのか!!」

「イケ…メン…?まぁいいや。それよりも考えなきゃならないのは

悪魔の方だ。再封印しなきゃならないんだろうが俺たちには

無理そうだな。人間に、純血の吸血鬼にすら僅かに劣る混血…」


人間という時点で戦力外。現にアンジュは戦う術は一つも持っていない。

そしてグリフィス。それなりに腕には自信があるようだが七柱の悪魔と

比べると互角に戦えるかどうかという感じらしい。

グリフィスとアンジュが同時に溜息を吐いた。


「あらあら、人間の子が珍しいわね」


下半身が蛇の女。長い白髪を揺らしながらやってきた。


「エキドナか」

「エキドナ!?あのギリシャ神話に出てくるエキドナ!!?」

「まぁ、詳しいじゃない。そう、そのエキドナこそ私よ。貴方は

なんていうのかしら?」

「アンジュ・リリィと申します。これでも作家です!!」


エキドナは微笑を浮かべていた。穏やかな女性だなぁ…。


「まさかその本を見るなんてね。悪魔が封印されてた魔導書じゃない。

開いちゃったのねぇ…」

「そうだ。偶然にも鍵が開いちまった」

「そりゃあそうでしょうに。しっかり封印がされていたなら人間の世界にも

この本は行かなかったはずよ」

「じゃあまさか、管理人は…」


エキドナは頷きグリフィスは天井を仰いだ。話に追いついていない

アンジュは二人を交互に見た。彼女の様子から察したエキドナは

簡単に説明をしてくれた。


「こういった本はしっかりした場所で保管されているのよ。それで

つい最近、その管理人が何者かに襲われたの」

「つい最近…ですか。襲った人の目的はもしかして封印を

解きたかった、と言う事ですかね?」

「そう考えるのが妥当でしょうね。あまり事を荒立てないように

しているようだけど、軍部の人たちは慌ててるでしょう」


軍部。人間の世界のような組織もあるようだ。


「あの私は―」

「アンジュちゃんも暫くは帰れないと思うわ。こんな時ですし、

今はここでゆっくりしていきなさい。ねぇ?グリフィス」

「お前が言うなって言いたいところだが、良いぜ。ゆっくりしていけ」


グリフィスはフッと笑みを浮かべた。


「それに服も用意しているから。はい、これ。好きに着て良いわよ!」

「随分と用意周到ですねー。凄いです!有難く使わせていただきます」

「えぇ、そうして頂戴。さてと、私は帰るわね」


エキドナは家を出る際にアンジュに手を振ってから出て行った。



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