保安官の報告

 光来たちは、帰るとダーダーから奪った魔法をワイズに撃ち込んだ。すると彼は何事もなかったように体調を取り戻した。順調過ぎる回復を目の当たりにして、光来は改めて魔法という力の不思議さを思い知った。

 ワイズはもう平気だと言ったが、シオンが頑なに起き上がるのを禁じたため、渋々ながらも言う通りにした。自分のために危険を顧みず行動したシオンに負い目を感じているのかもしれない。現在はぶすっとしながら、ベッドをソファ代わりにしてコーヒーを啜っている。

 芳醇な香りが室内を満たされている。柔らかい日差しも手伝い、眠りを誘うほどの平和な空気だ。しかし、その好ましい雰囲気も、この街の保安官、ミクス・バナードが傍らに座っていることで台無しになっている。ミクスは、しきりに興奮した口調で事情聴取をしており、ワイズ同様、横に腰掛けているシオンも少々辟易していた。


「凄い話ですね。ダーダー一家を一網打尽にできるなんて」


 通報はシオンにしてもらったが、煩わしい事態になるのを避け、飽くまで偶然に発見したことにした。その虚偽については、ワイズもなにも言わなかった。


「もう一度確認するけど、シオンが行った時には、もう全員倒れていて、争っている場面は目撃していないんだね?」

「ええ、そう言ったでしょ」

「うーん……じゃあ、やっぱり分からないか」

「なんじゃ、なにが気掛かりなことがあるのか?」


 ワイズの問いに、ミクスは傾いでいた首を戻した。


「ええ、ナジカ邸に向かう途中で拾ったデクスを含めて、三十八人が、多種多様な魔法でやられていたんで、事件を起こした相手は複数だと考えられます。それはまあ……問題ではないのですが……ダーダーだけ、外傷がひどいんです」

「ダーダーだけ?」

「ええ、四〜五発は撃ち込まなきゃ、あんな状態にはならないでしょうね」

「そんなにか?」

「重傷です。駆けつけた我々がクーアで治療しなければ、死んでいたかも知れません。魔法による殺人なんかが起こったら、大問題ですからね」


 ワイズは、分かるか分からないかの微妙な目の動きだけでシオンに視線を向けた。シオンは視線は感じているのだろうが、知らんフリをしている。話題を変えるためか、今度はシオンが質問した。


「ダーダー一家の扱いはどうするの?」

「あれだけの大物、こんな小さな街じゃ決めかねるよ。明日はここで尋問を行って調書を作って、明後日にはマズルに移送って流れになるだろうな」


 マズルとは、ここラルゴから汽車で移動しても二~三日は掛かる街で、この地方では最大規模を誇る街だ。買い物や医療など、住人の生活水準を高める条件が揃っており、司法に関する施設も充実している。


「ダーダーと話をした?」

「本格的な尋問は明日だよ。一応、探り程度の話はしたんだけどね」

「彼はなんて言ってるの?」

「それが要領を得ないんだ。ぼんやりとは覚えているようなんだけど、自分がやったという自覚がないと言っている」

「なんじゃそれは? 子供みたいな言い逃れじゃな」


 ワイズが当然の感想を漏らす。


「もちろん、そんな戯言で納得しませんよ。回復させたばかりなので今日はさすがに無理ですが、明日はたっぷり絞り出してやるつもりです」

「お前さんにできるか? 相手はあの、レンダー・ダートンじゃぞ」


 力不足を指摘されてしまいミクスは気分を害したが、目の前の豪傑そのものの老人に噛み付く気にはなれなかった。なので、話の矛先をシオンに向けた。


「それにしても、シオンはなんでナジカ邸なんかに居たんだ?」

「あそこは、私の遊び場なの。あの館ってお洒落な造りでしょ。趣向を凝らした建物に興味があるから」


 ミクスの質問に、シオンはしれっと嘘で答えた。


「趣味に興じるのもいいけど、ああいった場所に一人で行くのは感心しないな。廃墟はダーダー一家みたいな無法者の野営にうってつけだからね。シオンには残念だろうけど、実は前々から取り壊す話も出ていてね。今回の事件で、実現が早まるかも知れないな」


 子供を諭すような言い方だ。ミクスからすれば、シオンは本当に子供なのだろうが、ナジカ邸で彼女がした行為を知ったら、とても同じ接し方はできないのではなかろうか。


「そう。それは残念ね」


 たいして興味がなさそうなシオンの返答だったが、ミクスは気にした様子はない。日頃から感情を表に出さない性格なので、不思議とも思わないのだろう。


「ワイズさんからも言っておいてくださいよ。大事なお孫さんが事件に巻き込まれでもしたら大変でしょう」

「ああ、そうだな。本当にそうだ」


 コーヒーのせいか、ミクスの訓戒のせいか、ワイズはますます苦り切った表情になった。豪放磊落な老人が僅かだろうが落ち込んだのを見て、少し言い方が尖ってしまったと思ったのか、ミクスはごまかすように付け加えた。


「まあ、そのおかげで、今回はダーダーなんて大物賞金首を捕まえられたんですけどね。そうそう、賞金首と言えば……」


 言いながら、横においてあった鞄の中をゴソゴソと掻き回した。そして二枚の紙を取り出した。

 ワイズの眉がピクリと動いた。ミクスが取り出したのは、手配書だった。光来とリムの似顔絵がしっかりと描かれている。


「数日前、ホダカーズの保安官から報告がありまして、かなり凶悪な二人組が、この街に潜り込んだらしいのです」


 ミクスは、まるで自分が目撃したかのように凶悪という部分を強調した。

 ワイズは膝の上に広げられた手配書を憮然と眺めた。シオンは無関心を装っている。数秒間じっくりと見てから、二枚を重ねてミクスに突き返した。


「そうそう賞金首なんかに出くわしてたまるか。なにを期待しとるんじゃ」


 ミクスは苦笑いしながら受け取った。


「用心してくださいということです。それじゃ、そろそろお暇します。賞金は後ほど若い者に運ばせますから」

「賞金なんぞいらん」


 ワイズは、蚊を追い払いように手をひらひらと降ったが、シオンが割って入った。


「貰っておけばいいよ。お金はないよりあった方がいいもの」


 シオンの現実的な意見に、ミクスは思わず苦笑した。


「しっかりしているね。将来は夫を尻に敷くタイプかな」

「ふん。おかしなことを言うな」

「手配書は置いていきます。それにしてもワイズさん。体調を崩されるなんて珍しいですね。風邪でもひきましたか?」


 ワイズの文句は聞き流し、ミクスは立ち上がった。

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