六十五話 前提
僕の親友、赤坂悠斗は変わった人間だ。
金がすべてという信条を臆面なく掲げ、金持ちになるためにできることを愚直に行おうとする。
学校の有名人であり財界の著名人、七星アリスに偽装交際を持ち掛けた話を聞いたときは心の底から笑ったものだ。
僕はそういう変わった人間を見ているのが何よりも好きだ。
自分という人間――成瀬大河が詰まらない人間だということを自覚しているからより一層。
そんな僕の最近の楽しみは悠斗との会話にある。
朝の何気ない会話。休み時間のくだらない雑談。一日の終わり、下校までのちょっとした時間の談笑。
垣間見える悠斗の異端さに興味を惹かれない人間がいるだろうか。
そして今日も、そんな悠斗との会話を楽しみに朝一番に登校し、窓際の席で後ろの席に親友が現れるのを待っていた。
遅れて七星さんと一緒に教室へ入ってくる悠斗。
その姿だけで十分に面白い。
後ろの席に荷物を下ろしながら挨拶を交わす。
少しの間を置いて、会話をしようと振り返ると――悠斗は机に広げた紙の束に向かっていた。
僕の気配に気づかないぐらい集中している様子だ。
手元を覗き込むと、どうやら数学の問題集らしい。
中間考査の時に使っていたものと似ている。
……今回も勉強を頑張るつもりなんだろうか。
ただ、悠斗から感じる気迫のようなものが前回以上のものを感じる。
そんなことを考えながら、僕は邪魔をしないよう前を向き直した。
そして、一限の授業が終わって休み時間になった。
最早癖のように後ろを振り向き、悠斗に声をかけようとして――またその口を途中で閉ざした。
次の授業が移動ではないからか、朝のように問題集に取り組み始める悠斗。
その集中力は物凄いもので、五分ほど眺めていたけど一向に顔を上げてこない。
ふと背後から気配を感じて横目でチラと見ると、教室の真ん中の席に座っている七星さんがこちらを見ていた。
正確には、僕の後ろの悠斗を。
その表情は同級生に向けるようなものには到底見えない。
頬は僅かに紅潮して、眼差しは母性すら感じさせる穏やかなもの。
口角は緩み、見ているこっちが恥ずかしくなるぐらい愛おし気に悠斗のことを見ている。
……そんな七星さんの心情に一切気付かない悠斗も、面白いといえば面白い。
「頑張れ」
頑張る親友へ小さく言葉を残して、僕は前を向き直る。
何も頑張っていない僕が悠斗を応援する資格なんてないのになと、自嘲しながら。
◆ ◆
――視える。すべてが視えるぞ!
などと、俺は授業を受けながら最高にハイなテンションになっていた。
現在二限の数学の授業中。
俺は教壇に立って教科書の問題の解説をする先生の話を聞きながらかつてない全能感に襲われていた。
バイトに休みを入れて、俺は早速中間考査の時のように七星さんの家での勉強を始めていた。
中間考査の時のように、と言っても七星さんの家に泊まっているわけではない。
流石に期末考査までの三週間を七星さんの家で過ごすのもなと、固辞させてもらった。
移動の時間も勉強に当てられますよと、七星さんは最後の最後まで俺を説得しようとしている様子だったが、前回よりも時間がある分そこまで切りつめなくても大丈夫だと断った。
七星さんとしてはやはり俺に最効率で勉強して欲しいんだろうが、三週間も女子の家に泊まるのはどうなんだという疑念にどうしても勝てなかった。
とはいえ、その分俺は家に帰ってからも学校の休み時間も、暇という暇を見つければ勉強することに決めた。
そんな生活が始まった初日。中間考査が終わってひと段落したこの時期、授業は期末考査へ向けて範囲を次へと進めていく。
中間考査で取り組んだ範囲を前提にした授業に、いつもなら苦しみながらなんとかしがみついていただろう。
しかし今回は前提を理解しているからか、すんなりと頭に入ってくる。
勉強は積み重ねとはよく言ったものだ。
逆に言えば、一度でもサボればついていけなくなるということで。
俺は黒板を眺めながら、チラリと視線を教室の真ん中へ向ける。
七星さんは、いつもと変わらず凛と背筋を伸ばして前を向いていた。
その姿を見て俺は気を引き締め直す。
俺が今回勝たないといけないのは前回の自分なんかじゃない。
学年一位の七星さんだ。
俺が負ければ俺どころか七星さんまでバカにされてしまう。
そんな状況はなんとしてでも阻止しないと、ここまでしてくれている七星さんに申し訳が立たない。
「……っ」
シャーペンを握る手に力を入れて、俺は黒板の板書と先生の話しへ意識を集中させた。
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10月は週2話更新になります。
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