六十四話 休み
「今月いっぱいシフトから外れたい?」
「はい。急なお話で申し訳ないんですが」
バイトが終わり、着替え終えた俺は店の奥にいる店長に早速話をした。
すでにシフトが決まっている今日まではシフトに入ったが、残りの二十日ほどは外れたいと。
俺がその話を持ち掛けると、店長は露骨に顔を顰めて「う~む」と悩まし気なため息を零す。
「赤坂くんは本当、無断欠勤もないし、遅刻もないし、いつも助かってるんだけどね。……まあ最近はシフトの穴も増えてるみたいだけど」
七星さんや大河との遊びの約束でシフトを入れなかった日のことを言ってるんだろうな。
まあそもそもこのバイト、求人では週1から学生や主婦の方でも気軽に稼げるってのが売りだったんだが。
そこに触れるとこじれそうなので俺は微笑を浮かべたまま店長の次の言葉を待つ。
俺が黙っていると、店長はギシリと腰掛けているパイプ椅子の背もたれに体重をよせて「ううん」とまた悩まし気な声を漏らす。
「勉学に専念したい、ねぇ。まあ学生は学業が本分とはいえ、こっちも大事な仕事なんだよねぇ」
「はい、わかっています」
「…………せめて、週に三日、いや、二日でも入ってくれると助かるんだけどなぁ」
「すみませんが、今月は勉強一本で行くって決めたので」
「……うん、まあ、学生として正しいことだとは思うよ? うん」
言外に何か伝えようと視線を向けてくる店長。
その眼差しをのらりくらりと交わしていると、やがて店長は諦めたのか深く息を吐き出した。
「……わかった。ひとまず今月は赤坂くんも休みということで。ただ、来月からはしっかり頼むよ」
「はい、ありがとうございます」
許可が出ないなんてことはあり得ないことだが、それでも無事に店長が受け入れてくれて助かった。
ほっと胸を撫で下ろしながら「失礼します」と、部屋を後にする。
店に残っている人たちに「お疲れ様です」と挨拶を残してファミレスを出ると、涼しい風が全身に吹き付けてきた。
高校に入ってからバイトで長期間休みをもらうというのは初めてだ。
なんというか、若干清々しい気持ちになっている。
だが、これも勉強のためだ。
緩む気持ちを引き締め直しながら帰路につく。
「っと、そうだ。連絡しとかないとな」
スマホを取り出し、七星さんへのトークを開く。
「えーっと、『無事、休みをもらうことができたので、今月はよろしくお願いします』っと」
すでに七星さんへは話をしてある。
彼女の提案を受け入れることを告げた時の七星さんの笑顔は今でも脳裏に浮かび上がる。
物凄く嬉しそうだったな。
とはいえ、俺が七星さんに勝てなければ意味はないが。
ここまでやった以上、後はもう全力で勉強するしかない。
幸い、他のクラスメートたちと比べて遥かに整った学習状況を七星さんが提供してくれる。
毎度毎度甘える形にはなっているが、せめて学年一位を恩を返さないとな。
そんなことを考えていると、七星さんから返信が届いた。
早いな。
トーク画面を開くと、『良かったですっ。勉強、一緒に頑張りましょうね!』とメッセージが送られていた。
……まあ、俺としては七星さんに頑張られると大変なんだが、そこは言わないでおく。
七星さんも手を抜かないというのはすでに聞いていたしな。
明日からまた中間考査の時のような生活が始まると思うと、何故だか胸が躍った。
楽しみ、と思っている自分がいることに驚く。
家について、奥の部屋から相変わらずうるさいいびきが聞こえてくるのをよそに自室に入った俺は、荷物を置く。
バイト上がりだから当然結構遅い時間だが、妙な高揚感で寝れそうにない。
俺は少し悩んでからクローゼットを開けた。
積まれているダンボールの一番上を開き、中から紙の束を取り出す。
中間考査の勉強でお世話になった問題集の山だ。
椅子に座り、勉強机の上に問題集を広げる。
寝ないといけないのはわかっているが、なんだか勉強したい気分だった。
シャーペンを握って問題集に向かう。
いつもは気になるはずの親父のいびきも、今日は気にならなかった。
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