四十六話 ドッジボール
中間試験が終わり、あっという間に六月に入った。
学校は元の喧騒と穏やかさを取り戻し、生徒たちは青春という二文字を精一杯謳歌している。
授業では試験前だけ頑張って起きていた生徒もしっかり居眠りをするようになったし、放課後に教室で勉強をしている生徒の陰もすっかりいなくなった。
俺も彼らの例に漏れず、試験前までのバイト漬けの生活を取り戻している。
学校の行事も六月から解放感があって勉強とは無縁のものが増え始める。
早速、『総合』の時間をロングホームルーム代わりに扱いながら、担任が教壇で話をしていた。
「あー、来週には球技大会もあるが、まあくれぐれも怪我のないように」
球技大会、という言葉にクラスが活気づく。
球技大会は一限目から三限目までのおよそ半日を使って行われる。
その間の授業は当然ないので、授業が嫌いな奴や運動が好きな奴にとってはまさに楽園ともいえる行事だ。
俺は授業でも行事でもどっちでもいいというタイプで、まあよくいる中途半端な奴だ。
球技大会で行う種目は学年ごとに変わるが、二年である俺たちはドッジボールになっている。
五クラスが総当たりで男女別に試合をして、その結果に応じて順位が付く。
非常にシンプルだが、存外に盛り上がる。
やはり競争こそ人の本能。つまり世の中金。資本主義万歳。
『総合』の授業が終われば、次は示し合わせたかのように『体育』が入っていて、体操着やシューズがを詰め込んだ学校指定のナップを担いで体育館の更衣室へ向かう。
「そういえば僕、この学校に一つ不満があるんだよ」
更衣室で体操着に着替えていると、大河が唐突に口を開いた。
「不満?」
「更衣室が男女別々にきちんとあることさ。普通どっちかは教室でそのまま着替えていて、ラッキースケベが起こりそうなものだろ? あんまりだ」
「あんまりなのはお前の頭だ。今時そんな高校あるわけないだろ。更衣室を用意したら不満に思われる学校側の気持ちを考えてみろ」
何を言い出すかと思えば普通にアホみたいなことだった。
ぶつぶつと何やら呟いている大河を連れて、体育館の真ん中で仁王立ちしている体育教師の前へ行き、整列する。
隣のクラスと合同ということもあってそれなりの人数がいる。
整列後、準備体操を終えると、早速男女に分かれてドッジボールが行われることとなった。
体育館を丁度半分ずつ使う形で男女それぞれの試合が行われる。
俺は大河と一緒に内野に入る。
外野には野球部のいかにもドッジボールが強そうなやつが入っていた。
「これもさ、男女混合だったらいいのに」
「まだ言ってんのか」
ラノベの読みすぎだ。
今時男女混合で体育なんて少ない方だろ。
明らかにやる気のなさそうな大河は、そこそこコート内を動き回ってから、ボールに当たって外野へ行った。
「後は託したよ」なんてキザッたらしく言いながらサムズアップされても知らん。
とはいえ、俺も手を抜く気はさらさらない。
ひたすらボールを避け続けていると制限時間の五分が経過して、終了になった。
「お疲れ、悠斗。僕の意志は継いでくれたようだね」
「誰が継ぐか、誰が」
休憩のために体育館の壁際へ行くと、大河が凄くいい顔で肩をポンと叩いてきた。
俺は適当にあしらいながら小言を零す。
「大体お前、外野で何ボーッとしてるんだよ。ちゃんとやれ、ちゃんと」
「失礼だな。僕は何もボーっとしてたわけじゃない。隣のコートを見てたんだよ」
「隣?」
大河の言葉に従って隣を見る。
開始時間にずれがあったのか、隣では女子がまだ試合をしていた。
「……お前、もしかして女子を見るために」
「ひゅっひゅひゅ~」
へったくそな口笛を吹きながら目を逸らす大河の脇腹を軽く小突きながら、かくいう俺も女子の試合を眺める。
ちょうど、七星さんが視界に入った。
彼女を意識してというよりも、やっぱり七星アリスは目立つ。
外野で右往左往していた彼女は、飛んできたボールをとろうとして見事に取りこぼしていた。
転々と転がるボールを追いかけようと壁際まで走り、壁に当たってバウンドしたボールをさらに弾いて、最終的には周りにいた他の女子がボールを取っている。
……あ、目が合った。
心なしかしゅんとしている七星さんを目で追っていると、偶然目が合ってしまった。
彼女は一瞬はっとした表情を浮かべると、すぐに顔を真っ赤にして俺から目を完全に背けた。
「あっ」
そこへ内野からのボールが飛んできて、見事に足に当たった。
痛そうにしている七星さんを見ながら、俺は少し落ち着かなかった。
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