四十五話 中間考査の結果
「おっ、おお、おお……っ」
教壇へ呼ばれて担任から直接受け取った中間考査の成績表に自分の席で目を通しながら、俺は思わず声を漏らしていた。
湧き上がる高揚感を必死に抑えつけ、辛うじて口元が緩むに留める。
七星さんの屋敷で勉強をつづけた一週間。
試験問題を解きながら確かな手応えを感じていたが、まさかここまで伸びるとは思っていなかった。
主要七科目の平均点は一年の学年末考査と比べて20点も上がっていた。
現代文に至っては92点で、今し方配られた成績表によれば学年で五位の位置につけている。
……さては俺、天才か。
いや、わかってる。すべては七星さんのお陰だということぐらい。
今度何かお礼しないとな。
偽装交際を円滑に進めるためとはいえ、流石に一方的にお世話になりすぎだしな。
ちょうど教壇から同じように成績表を受け取った七星さんと目があった。
気分が良かった俺は少し調子に乗っていた。
両腕を組んでどや顔をして見せると、七星さんはくすりと笑って彼女も胸を張って見せた。
「やけに機嫌がいいね。ま、答案返却の時点である程度予想はついてるけどさ」
その後、ホームルームが終わると例のごとく大河が話しかけてくる。
答案返却の時点で自分の点数はわかっていたが、学年順位や平均点なんかが明確に記されていると周りと比較して自分がどれぐらいの位置にいるのかがわかってなおのこと嬉しい。
「ふはは、現代文学年五位だ。崇めろ崇めろ」
「ははー、学年五位様ー」
俺のノリに大河は付き合ってくれる。
「僕も赤点三つだけさ。崇めろ崇めろ」
「いや、それはちょっと違うだろ」
ノリで乗り越えられるものにも限度ってものがある。
まあこいつのことだから留年さえしなければセーフとか思ってるんだろうけど。
軽口を叩き合い、落ち着いたところで七星さんと教室を出る。
昇降口へ向かう間の会話は、当然今さっき渡された成績表についてだ。
「ありがとう、七星さんのお陰で過去最高点と最高順位が取れたよ。それも大幅に更新して」
「わたしは何もしていませんよ。赤坂さんが頑張った結果です」
「そう言ってもらえるのはありがたいけど、正直いつも通りのテスト勉強なら絶対にここまでとれなかったからなぁ」
いつも自分なりに頑張っているつもりだったが、平々凡々な成績に留まっていた。
「何かお返しがしたいんだけど、して欲しいこととかあるかな。まあ俺なんかができることなんて大してないけど」
俺は一方的に借りてばかりというのは嫌いだ。
借りてばかりいれば、それに慣れてしまう。
慣れてしまえば、借りることを当たり前だと思い、貸してくれない人を逆恨みしてしまう。
そういう人間にはなりたくない。
昼食の食事代と違って、今回は偽装交際のためのカモフラージュを超えた益を俺にもたらしてくれた。
成績と学力というのはこの先の進路を決める上で切り離せないものだからな。
俺が言うと、七星さんが勢いよく顔を向けてきた。
「そ、それでは……っ」
何か言いかけて、七星さんは口を噤んだ。
何故だか顔が真っ赤になって、そのまま顔を背けて俯く。
俺が不思議に思っていると、昇降口に辿り着いた。
靴を履き替えていると、「では」と七星さんが口を開く。
「今後、わたしのお願いをひとつだけ聞いてくれませんか?」
「……まあ、俺が出来る範囲なら」
一体七星さんほどの人が俺に頼むようなことがあるのだろうかと思いながら俺は快諾する。
「そういえば、七星さんは例のごとく学年一位だった?」
自転車置き場へ向かう道すがら、話題を戻す。
俺の問いに、七星さんは「はいっ」と頷いた。
「主要科目の合計点で、学年一位でした。……あ、ですが」
「ん?」
「現代文は七位でした。……赤坂さんに負けたのが少し悔しいです」
「それぐらいで悔しがられたら俺は七星さんにどれだけ嫉妬すればいいんだよ」
何より、今回の成績は七星さんの力あってのものだし、そのことを誇るつもりは毛頭ない。
その後、少し膨れっ面の七星さんを宥めながらいつもの公園で別れた。
家に帰り、鞄を机の上に置く。
鞄から成績表を取り出してまた眺めた。
……いい成績をとるっていうのはいいものだな。
自分なんかでも何か取り柄があると思えてくる。
「っと、急がないと」
この後バイトが入っている。
成績表をそのまま机の上に置き、俺は慌てて家を出た。
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