三十三話 七星さんと勉強会
「アリス様。準備が整ったそうです」
広い応接室のような場所で用意されたお茶とお菓子をつまんでいると、扉が開き、現れた笹峰さんが七星さんへ頭を下げた。
七星さんは優雅な仕草でティーカップをソーサーの上に載せると、小さく微笑む。
「ありがとう、陽菜。赤坂さん、それでは移動しましょう」
「移動するってどこに?」
「勉強部屋です。ここは少し手狭なので」
手狭……?
十畳はあるこの部屋が手狭だと……。
てっきりこの部屋でそのまま勉強すると思っていた俺は衝撃を受ける。
だが、彼女との偽装交際を始めてから今日まででそれなりに耐性はついたようですぐに持ち直す。
ティーカップに残った紅茶を一気に飲み干して、俺は傍に置いておいた鞄を掴んだ。
「こちらです」
七星さんと笹峰さんに案内されて長い廊下を突き進み、よくドラマなんかでお偉いさんが集まって会議をしていそうな部屋に案内された。
二十畳ほどはありそうな広い部屋の中央には、細長い口の字型のテーブルが置かれ、そのテーブルに沿って凄く座りやすそうなふかふかのチェアが十数脚並べられている。
部屋の最奥には巨大なホワイトボードが設置されている。
まさに会議室といった感じの部屋だ。
……自宅に会議室があるのって、どうなんだ――などという疑問は今更抱かないでおこう。
「好きな席にお座りください」
「じゃあ、ここを借りようかな」
なんとなくホワイトボードの近くの席――つまり部屋の最奥の場所に陣取る。
社長とか幹部のお偉いさんが座るような席だ。
そこから部屋を見渡すと、なんとも気分がいい。
なんだか金持ちになった気分だ。
俺がふーと息を吐き出していると、すぐ真隣の席に七星さんが腰を下ろした。
どうしてそんなに近くに、と一瞬言いかけたが、すぐに七星さんの意図を理解する。
勉強を教えてもらうには近くにいてもらった方がいいし、何より俺たちの親密さをアピールするには遠くの席に座っているよりもこっちの方が効果的だ。
俺がうんうんと納得しながら教科書を取り出していると、突然つい今し方閉じた扉がコンコンとノックされて開かれた。
そこに現れたのは、スーツ姿の男女五人組。
使用人の人にしては色とりどりの統一性のないスーツを着ている。
誰だろうと思っていると、座ったばかりの七星さんが立ち上がった。
「お疲れ様です。今日もよろしくお願いします」
「「「「「よろしくお願いします」」」」」
「え、あの……?」
困惑の声を零すと、七星さんがこちらをくるりと向き、五人の方を手で示しながらこともなげに言った。
「この方たちはわたしの家庭教師の先生です」
「この方……たち?」
「はいっ。先生方にはそれぞれ主要教科を担当していただいています」
やばい、話が見えない。
いや、見るな。感じろ。
お金に余裕があれば家庭教師を雇う家庭は珍しくない。
……五人雇うぐらい、お金持ちなら普通のことだろう。うん。
「それと陽菜、あれを」
「かしこまりました」
七星さんの指示で笹峰さんがどこから取りだしたのか、分厚い紙の束を俺の前に置いた。
「これは?」
「主要教科の例年の試験問題の傾向を元に作成された、実際の試験形式に近い予想問題集ですっ」
「そんなのまであるの!?」
目の前に置かれた冊子を手に取りパラリとページをめくる。
七星さんの言葉通り、まるで本物のテスト用紙と錯覚するかのように作りこまれたページが現れた。
「それでは、先生も来られたことですし早速始めましょうか」
「あ、ああ……」
にこりと微笑む七星さんにぎこちない笑みを返しながら、俺はシャーペンを取りだした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます