三十一話 天は二物を与えず……与えず?
「……なにそれ、惚気かい?」
ホームルームまでの朝の空き時間、いつものように俺は大河と話していた。
軽くデートの報告をすると、大河は苦笑いを浮かべながら椅子の背で頬杖を突き、呆れ混じりにため息を零した。
「惚気なわけあるか。お前も俺と七星さんのことは知ってるだろ」
「客観的に見れば、だよ。やってることはただのカップルそのものだしね」
「それが目的だったんだから当たり前だ。それに、ただのカップルにしては色々と波乱があった」
ただのカップルは彼女がブラックカードだけを持ってデートに来ない。
俺がそう言うと、大河は「確かにね」と愉快そうに笑った。
「まあでも助かったよ。お前から貰った雑誌とか、結構役に立った」
「いつでもお腹は空けとくから、また好きな時に頼ってよ」
「一年分前払いしただろ、空けとく必要はない」
「あ、あれ本気だったんだね」
がっくしと項垂れる大河。
そのオーバーリアクションを眺めていると、チャイムが鳴り、担任の先生が入ってくる。
毎朝俺たちの会話はここで途切れる。
教室の真ん中で今日も姿勢を正して座っている七星さんを横目に、ホームルームでの話に意識を向ける。
「あー、月末には中間考査もあるからな。授業はちゃんと受けろよー。わかってるとは思うが二年生のこの時期が一番大切なんだからな」
中学の時の経験則だが、二年生のこの時期が一番大切と言った翌年には三年生のこの時期が一番大切と言われる。
生徒の気を引き締めるための言葉なんだろうが、あまり頻繁に言われると効果が薄れるな。
とはいえ、この時期が大切であることは間違いない。
「……中間考査か」
ポソリと零す。
今月はあんまりバイトのシフトを入れられないなと、先日のデートで寂しくなった懐事情を思い出しながら深く息を吐きだした。
◆ ◆
「お、美味い」
昼休み。
いつものレストランで出されたヒラメのカルパッチョを口に運んですぐに、俺は思わず声に出していた。
ヒラメの旨味と触感はもちろん、バジルやレモンの香りが口内で豊かに広がる。
トマトの甘みと酸味も抜群だ。
「赤坂さんはお魚がお好きなんですか?」
「俺はなんでも好きだな。これといって嫌いなものはない」
「羨ましいです。わたしはどうしてもフォアグラが苦手で……」
「……すまん、訂正する。俺が今まで食べたことのある範囲では嫌いなものはない、で頼む」
フォアグラとかキャビアとかトリュフとか、まったく味の想像がつかない。
……ここで出してくれたりしないかな。そのうち出る? 出ちゃう?
「出ちゃうんですか!」
「……赤坂さん?」
「いや、悪い」
思わず興奮して声に出してしまった。
いかんいかん。
七星さんの視線が痛い。
「そういえば月末に中間考査がありますね」
「そうだな」
「つかぬことをお聞きしますが、赤坂さんは成績の方はいかがですか?」
「可もなく不可もなくってところかな。大抵クラスの真ん中かちょい上」
「意外でした。赤坂さんって赤点をとられていそうなイメージがありましたから」
「失礼な。こう見えても俺は平均点未満をとったことがないことが自慢なんだぞ。……ここの美味い飯に免じて今のは聞かなかったことにしておこう」
七星さんはくすくすと笑う。
まったく悪びれてない。
……最近どうにもこういうことが増えた気がする。
もしかして舐められているのだろうか。
「赤点なんてとって追試になったらバイトの時間減るし、そもそもいい大学にいくためにも最低限勉強はできないとだろ?」
「赤坂さんはもう進路を決めているんですか?」
「いんや、まったく。決まってないからこそどういう進路を選んでも学力でふるい落とされないように勉強はしとかないとな」
俺がそういうと、七星さんは感心した様子だった。
俺は金が何よりも大切だと思っているし、金持ちになるための努力は惜しまないつもりだ。
勉強、ひいては学力は少なくとも若いうちは絶対的なステータスになる。
そこを怠る気はない。
「……ま、そうは言っても普段はバイト漬けだから試験前に詰め込むことが多いけどな」
「そうなんですね……」
「そういう七星さんはどうなんだ? 成績」
俺が訊ねると、七星さんは「それを聞きますか?」とでも言いたげに胸を張り、少しドヤるような顔をした。
「一年生の頃から密かに学年一位をキープしていますっ」
「マジか」
「マジです!」
天は二物を与えやがった。
学年一位だったら大学とか選び放題じゃないか。
いや、まあ七星財閥の一人娘が大学に行くかどうかは知らないけど。
……今回の中間考査、いつも以上に頑張るか。
謎に悔しくなったので密かに闘志を燃やしていると、不意に何か考え込む素振りを見せ始めた七星さん。
少しして、名案を思い付いたと言わんばかりに表情を明るくして言った。
「赤坂さん、一緒に勉強会をしませんか?」
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