二十三話 改札という名の関門

 デートの日程が決まってから早いものであっという間にゴールデンウィークに突入した。

 連休初日、俺は朝早くに開いている美容院に行ってから待ち合わせ場所の駅前のロータリーで七星さんが来るのを待っていた。


 デートの日が連休初日になったのは、バイトの休みをとれるのが今日だけだったからだ。

 店長は本当は今日も入って欲しかったみたいだけど、そこはなんとかお断りした。


 ……店長、俺がシフト入れれないって伝えた時絶望してたな。


 どうにもシフトをバックレない俺は万が一の時の保険に思われている節がある。

 俺とバイトリーダー。最低二人いればなんとか回せなくもないからな。

 時給に見合ってないので絶対に嫌だが。


 スマホを触りながら思い出していると、突然周囲がざわついた。

 顔を上げると、ロータリーに一台のリムジンが入ってきている。


 もしかしなくても七星さんだ。


 俺はスマホをポケットにしまい、気持ち服を整える。

 リムジンの運転席が開き、もう見知った人――斎藤さんが現れる。

 彼は落ち着いた所作で後部座席へ歩み寄り、ドアを静かに開けた。


「――――」


 現れた七星さんは、これまでのイメージとまったく違う装いをしていた。

 両サイドの髪は三つ編みに編み込まれて、凄く可愛らしい雰囲気が醸し出されている。

 だがそれ以上に、白のワンピースがとてもよく似合っていた。


 オフショルダーのワンピースから覗く肩はとても華奢で繊細で、幼さの中に艶やかさのようなものが確かに存在していた。


 いつもは別世界の住人のような雰囲気なのに、装い一つでとても親しみやすい印象を与えて来る。

 ……いやでも、いつも学校で見るのは他の女子も来ている制服だけど、そんな印象抱かないな。


 彼女の私服に見惚れながらそんなことを考えていると、七星さんが俺に気付いたようだ。

 パッと笑顔を咲かせて駆け寄ってこようとして、途端にその歩みをぴたりと止めた。


 俺のことを見たかと思えば、顔を背けてその場で蹲った。


「っ、七星さん!?」


 慌てて駆け寄ると、蹲ったまま七星さんが手を上げる。


「ご、ごめんなさい、大丈夫です!」

「大丈夫って、そうは見えないけど」

「大丈夫ですから! ほら、このとおり――」


 そう言って立ち上がった七星さんだったが、口元を押さえて明後日の方向を向いた。


 ま、まあ元気ならいいか……。


「その、それじゃあ行こうか」

「は、はいっ」


 なんだかお互い落ち着かないまま券売機へ向かう。

 目的地の水族館まで乗り換えも合わせて一時間近く乗ることになる。


 道中、俺は七星さんに訊ねる。


「七星さんって、カードか切符どっち?」

「あ、カードです」

「チャージはしなくても大丈夫かな」

「? は、はい」

「じゃあちょっと俺だけ切符買ってくるよ」


 電車通学の生徒なら定期として電子カードを持っているだろうが、生憎と俺は持っていなかった。

 運賃表を眺めながら目的の駅への切符を購入する。

 振り返ると、七星さんが改札の近くでキョロキョロと周囲を物珍し気に見回していた。

 連休初日ということもあって人は多いが、七星さんの存在はその中でも目立っていた。


 なんというか、ロータリーで見た時は新鮮だなと思ったけど、こうして離れてみると人混みに飲み込まれそうで不安になるな。

 気持ち早足で近付く。


「すまん、先に買っておけばよかった」

「いえ、わたしはこうしているだけでも楽しいですから」


 七星さんはそう言って健気に微笑んだ。

 今日一日七星さんのその優しさに甘える形になるだろうが、なるべく楽しんでもらえるように頑張ろう。


 切符を入れて改札を通る。

 そのまま目的のホームへの階段へ足を向けながら隣を見る。


「あれ?」


 そこにいるはずの七星さんの姿がなくて振り返ると、七星さんは改札でまごついていた。


「大丈夫?」

「その、どうしてか通れなくて」

「え?」


 不具合か電子カードの残高不足だろうかと七星さんの手元を覗き込む。

 覗き込んで――そうしてから、自分の目を擦った。


「……七星さん、それ」

「はい? その、カードですけど」

「いや、そうだけど、……あー、なるほど、そういうことか、そういうことね、うん、俺が悪かった」


 降参だ。俺の見通しが甘かったんだ。

 七星さんが切符を通すところに黒色のクレジットカードを突っ込もうと思考錯誤している光景を目の当たりにして、俺は額を押さえた。


 まさか、電子カードではなくてクレジットカードを改札に入れようとするとは……。


「とりあえず七星さん、一旦避けよう。少しそこで待ってて」

「わ、わかりました」


 七星さんにそう言い付けて、俺は駅員さんに切符を見せて改札を出させてもらう。

 そして七星さんの前へ向かう。


「七星さん、駅の改札はクレジットカードでは通れないんだ」

「で、でも赤坂さんはカードかどうかを訊ねられましたよね?」

「あー、それは電子カードって言って、クレジットカードとは別のものなんだ。というか七星さん高校生なのにどうしてクレジットカード持ってるの」

「七星の家の者には特別に銀行から渡されるんです」

「へー」


 金持ちの特権ってやつなんだろうか。


「とにかく、その黒いのをここで出すのは怖いから仕舞っておこう。というか今日は一日中取り出さないでいいから」

「……わかりました」

「じゃあ切符を買いに行こう」


 七星さんを伴って再び券売機へと向かう。


「550円のを買えばいいから」

「……あの」

「うん?」

「カードを取り出さないと買えないのですが、取り出してもいいですか?」

「……現金は?」

「持ってないです」

「……オーケー、ここは俺が出すよ。というか今日一日俺が出すから」

「そ、そんな、悪いですっ」

「いつもお昼をご馳走してもらってるから、その分だと思ってくれ」

「で、でも――」


 有無を言わさず俺は切符を買って七星さんに手渡す。

 そして再び改札をくぐった。


 ……七星さんの金持ちっぷりを、俺はすでに十分知っていたはずだった。

 だから色々と警戒していた。

 施設を貸し切らないように言ったり。


 だが、俺が甘かった。

 今日一日、前途多難だな。


 気を引き締めながら、七星さんから目を離すまいと彼女を見る。


「赤坂さん、わたし、切符を使ったの初めてです!」

「初めて? 普段はどうしてるの?」

「いつもは車か、それ以外の時は人についていくだけで入れていたので」

「あー、そう」

「なので、今すごく楽しいですっ」


 ……そういえば、外でおにぎりを食べるだけでも楽しそうにしていたっけ。


 嬉しそうに切符を抱くように持っている七星さんの笑顔を見ながら、まあ楽しそうならいいかとそう思った。

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