二十四話 昔の彼
ガタンゴトンという電車の揺れを長椅子に座りながら感じる。
いつもはリムジンでの移動で、電車に乗る時も基本的には新幹線が多いからとても新鮮だ。
周りにはたくさんの人がいて、少し目が回りそうになる。
だけどそれ以上に、わたしの心臓はバクバクと激しく動いていた。
「七星さん、大丈夫?」
「だ、大丈夫です!」
隣に座る赤坂さんが気遣わし気に訊ねてくる。
……そう! 隣に! 座る! 赤坂さんが!
少し横に体を動かしたら肩と肩が触れ合う距離に、赤坂さんがいる。
チラリと、彼を見上げる。
ふわぁああああ~~~~~!!!!
口元を両手で押さえて、思わず漏れそうになった声をなんとか堪える。
いつもかっこいい赤坂さんが、今日はいつにも増して輝いて見える。
カジュアルなパーティでよく見るようなジャケットも、赤坂さんが着ているだけでとても大人びて見える。
何より、いつもはボサボサの髪も……それはそれで赤坂さんらしくてわたしは好きだけど、今日は短く切り揃えられて、セットもされている。
赤坂さんが髪をきちんと整えているのは初めて見た。
今日のためにしてくれたのだとしたらなんだかとても嬉しくなる。
「ん?」
「っ!」
チラチラと赤坂さんを見ていると、不意にこちらを向いた赤坂さんと目が合ってしまった。
反射的に目を逸らしてしまう。
凄く感じの悪いことをしてしまったことに後悔していると、赤坂さんが話しかけてきた。
「七星さんって水族館に行ったことはある?」
「記憶にある限りではないです。……小学校の遠足で水族館に行くお話はありましたけど、わたしはお休みしたので」
「そうだったんだ。じゃあ泳いでる魚を見るのは初めて?」
「いえ、別荘にいる時によく潜水艦に乗って海底を散策したことがあるんです。その時に群れで泳いでいるお魚を見たことが」
「せ、潜水艦。……なるほどね」
「もちろん七星が所有しているわけではありませんよ? 母が米軍の偉い方のお知り合いで、演習の合間に乗せていただいたんです」
「いや、どっちもどっちっていうか、なんのカバーにもなっていないような……」
赤坂さんがなんだか疲れたようなため息を零した。
「で、でもでも、暗くてあまりよく見えなかったので、きちんと見るのは今日が初めてかもしれません!」
「そう……なら楽しんでもらえそうでよかったよ」
「赤坂さんは、どうして水族館に?」
デート先が水族館だと知ってから少し気になっていたことをようやく訊ねることができた。
わたしの質問に、赤坂さんは一度固まってから電車の天井を見上げた。
「特に深い理由はないんだけどね。昔一度だけ家族で行ったような気がして、少し懐かしかったからかな」
「ご家族でですか?」
「うん。昔過ぎて本当に行ったのかどうか覚えてないけど、まあ他に行きたいところも思い浮かばなかったから」
そう語る赤坂さんの表情は、少し寂しそうに見えた。
わたしに話したもの以上に何か事情を抱えているような気がして、隣に座っているはずなのに少し距離を感じてしまう。
その事情を訊く勇気も権利も今のわたしにはないような気がして、それ以上の追及はできなかった。
「――と、そろそろ乗り換えだ。七星さん、降りるよ」
「は、はい!」
駅が近付くにつれて電車がゆっくりと減速を始める。
電車が停まると同時にドアが開いた。
隣の赤坂さんが席を立つのに合わせてわたしも立ち上がる。
その瞬間、周りの人たちも一斉に動き出した。
「きゃっ」
赤坂さんの背中を追ってドアに向かおうとして、わたしと彼の間に人が殺到する。
押しのけられるようにして分断されてしまう。
電車を降りない人もいて、中々ドア前に辿り着けずにいると、突然右手首が掴まれた。
「七星さん、行くよ」
「……っ」
大きな手に引き寄せられるようにして電車を降りる。
そのまま向かいのホームに並ぶ人の列の後ろまで連れられた。
「ごめん、急に掴んで」
そう言って、赤坂さんはパッと手を離した。
自由になった右の手の平を広げて見つめながら、わたしは胸がポカポカする感覚を抱く。
……変わらないなぁ、赤坂さん。
昔の彼と重ねながら、わたしは密かに頬を緩めた。
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