1st Game【見えざる切札】-6

✳✳✳



 時計の砂が全て落ちきる、数秒前。


 吉乃遥に蹴飛ばされ、発狂しながら転がり回っていた田村の肥えた腹を、華奢な脚が踏みつけた。


「ひぎっ!?」


 田村は仰向けの体勢で呻き、自分を踏みつけている少女の綺麗な顔を見上げた。黒いボブヘアーが包む小さな顔。シミひとつない白い肌、大きな丸い目に、柔らかい唇。


 吉乃遥をハメる作戦を、田村に持ちかけてきた張本人だ。田村を一瞬で魅了した美貌はそのままに――唯一、それまで貼りついていた、虫も殺せぬ人畜無害な笑顔だけが、洗い落としたように綺麗サッパリ消えている。


 田村を見下ろす、血も凍るような、冷酷な瞳。


「ほんと使えねーな、デブ」


 小野寺真琴は吐き捨てる。小さな足に強く踏みつけられ、罵倒されて、田村の体を恐怖とも異なる刺激が走る。


 鈴の音を転がすような可憐な声からは、想像もつかないほど冷酷な言葉。


 制限時間終了。真琴と田村の対戦が成立する。『10』対『1』。結果は火を見るより明らかだった。


 潰れた蛙のような悲鳴を上げて、田村の体が宙に浮く。空間から滲み出た闇の触手に手足を縛られ、裁きを受ける。その処刑方法は、車裂き――


「ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! 許して!! 君は勝ったんだからいいじゃないか!! どうして吉乃くんをハメなきゃいけなかったんだよ!! ボクは君のために命を差し出したんだ、ボクは君の役に立った!!」


「はー? こんなチョロいゲーム、お前の協力がなくたって楽勝なんですけど。ただ勝つのに必死になるなんてバカみたい。この一回戦のうちに、ちょっとでも厄介そうなやつは消しとくのが立ち回りの最適解でしょ」


 カミサマが姿を現したとき――吉乃は、笑っていた。


 それを隣で見て、真琴は、最初に殺すのはこいつにしようと決めた。なんか、なんとなく、ヤバそうだったから。


 一貫してバカで無垢なフリをした。彼の方から協力者の提案を持ちかけてくるのは予想外だったが、おかげで簡単に関係を持つことに成功した。近くで観察していくと、余計に彼への警戒心は高まった。頭がキレるだけでなく、高い行動力とリーダーシップ。青山の手首を握り潰すほど腕力も強い。


 吉乃のカードはブタだった。このゲームは弱いカードほど使い勝手がいい。即座にその本質を看破していた真琴は、ひとまず彼の数字を『6』と偽った。


 早速、縦縞スーツの男が吉乃に勝負を挑んだが、吉乃はそれを拒否。だが、『6』であるはずの自分に『5』のスーツ男が勝負を挑んできたことで、吉乃に己の数字に対する疑念が生まれた。


 吉乃は四人グループで互いの数字を言い合うという、確実な数字の確認方法を即座に導き出した。それ自体は優秀なアイデアだが、同時に自分たちを破滅させる作戦でもあると、真琴はすぐに気づいた。


 そしてそれを、利用することにした。


 使えそうな駒に声をかけた。『1』の中年と『ジョーカー』の大学生。『ブタ』である吉乃をハメるのに協力してもらうには、まず協力者の二人にも利がなければならない。


 『ブタ』は『1』にとって唯一のカモ、そして『ジョーカー』にとっては唯一の天敵だ。二人には、ブタをハメる作戦に乗るメリットが十分あった。


 まず、吉乃に怪しまれないように、隙を見計らって二人別々に話をする必要があった。


『あなたのカード、ジョーカーですよ』


 先に青山と話すチャンスがやってきた。自分の数字が『1』だと分かった田村が、恐怖のあまり吉乃に抱きついたときだ。


 田村の想像以上の臆病ぶりに、真琴は内心気が気でなかった。田村は『1』である自分が唯一勝てる『ブタ』をひたいに貼りつけた吉乃を、本能的に離すまいと掴みかかったのである。ブタだってバレたらどうすんのよ、と冷や冷やしつつ、青山と話す隙を作ったファインプレーには感謝する。あれがなければ、真琴が自分で隙を作る必要があった。


 青山に彼がジョーカーであると教えた上で、「一緒にあのブタをハメないか」と提案した。


『あのブタは自分のカードを『6』だと思ってます。あなたも口裏を合わせてください』


 青山は見かけによらず抜かりのない男で、「あのブタ君にも俺のカードを聞いてみて、本当にジョーカーだったら考えるよ」と言ってきた。こういうヤツのほうが使いやすい。『構いません』と微笑んで、真琴は吉乃にまとわりつく田村の方へ走った。


 田村を慰めるふりをして、さりげなく吉乃から距離を取りつつ、彼にも同じ提案をした。


『あなたが勝てる相手はブタしかいません。あのブタは今、自分のカードを『6』だと思ってるんです。三人で口裏を合わせて、最終的にあのブタと勝負すれば、あなたは第二ゲームに進めますよ』


 魅惑的に微笑むまでもなく、田村はすぐに話に飛びついてきた。彼には、「今のまま気弱なフリをし続けるように」とよく言って聞かせた。


 最終的にこのゲームは鬼ごっこになる。弱いカードが完全に場から消えた状態で、勝ち目を失った田村は、「せめて君のために死にたい」と吉乃に勝負を申し込む。そうすれば、吉乃は絶対に勝負を受ける。


 そういうシナリオだった。


 完璧だと思ったのになぁ。


 真琴も、まさか吉乃が、自分を助けるために自分に勝負を挑もうとするとは思わなかった。「君ならきっとこのゲームをクリアできる」だって……おえっ、キモッ!!


 こんな腑抜けとは思わなかった。過大評価だったか、と落胆した。そのまま勝負を受けてもよかったが、真琴のために自分を犠牲にした……なんて安らかな気持ちで死なれるのはあまりに気持ち悪すぎた。


 作戦通り、田村は吉乃に勝負を挑んだ。芝居がかった臭すぎる演技だったが、あの極限状態ではすんなり吉乃も騙されたらしい。「さぁ、ボクに一世一代の負け戦、挑ませてくれよ」はさすがにキモすぎて吐くかと思ったけど。


「あーあ、なんでバレたんだろ」


 泣き叫びながら弾けた田村の肉片を浴びて、「くっせえな」と毒づきながら真琴は息を吐いた。


 吉乃遥。やっぱり、最初に思ったとおり、油断のならない男だったというわけだ。


 互いに勝者の光りに包まれながら、真琴と吉乃の目があった。


 卓越した能力がありながら、これまで土壇場で甘さや弱さの見えた彼の目に、今や、一切の優しい光が消えている。


 地獄の底に棲まう、悪魔みたいな目。


 ゾクゾクゾクッ、と鳥肌が立つ。真琴の口角が、自然と吊り上がった。



「次こそ、ちゃーんと殺してあげますよ。ハールーさん♡」

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