カミサマゲーム

旭 晴人

チュートリアル-1

「あなた、神様を信じますか?」


 玄関を開けると、黒装束の貴婦人が、聖書を片手に満面の笑みで聞いてきた。


「神様の定義って、なんですか」


 質問に質問で返した俺に、それでも貴婦人はまるで心が通じ合ったみたいに顔を上気させて、身を乗り出した。


「私たちの神様は、なんでも知っていらっしゃって、どんな不可能も可能にする、すべての神様の頂点に立つお方ですの」


「へぇ、全知全能の神様ですか」


「そう! あなたよく分かってるわね。見たところ学生さん? そろそろ大学受験だったりしない? 神様っていうのはね、都合のいいときばかり思い出したように神社に行くような人間の願いは、なに一つ叶えてくれなくってよ。でも私たちの神様はね、教会に所属している者ならば、誰にでも、わけ隔てなく救いをもたらしてくださるわ」


「そんな素晴らしい神様がいるなら、俺も是非信仰に殉じたいです」


 微笑む俺に、貴婦人はいよいよ興奮気味に早口になった。


「あなたってとても見込みがあるわ! あなたなら、私たちの神様もきっと歓迎してくださるはず! ちょうど今から皆でお茶会をするところだから、あなたも一緒に……」


「その神様は、俺の死んだ家族を、生き返らせてくれますか」


 婦人の目が明確にひるんだ。俺はじっとその目を見下ろした。


「……お、お辛い目に遭われたのね。でも大丈夫よ。教会の仲間には、大切な人を喪った悲しみを抱えて入会された人がたくさんいるわ。みんな、神様のおかげで救われて、今ではすっかり元気に」


「生き返らせて、くれるんですか」


「……それは、神様でも難しいわ。一度亡くなったら、人の魂はほら、もう二度と帰ってこられない場所に行ってしまうの。でもね、大丈夫よ、私たちの教会に入れば、死後、神様がご家族と同じ場所に導いてくださるわ」


「死人は二度と帰ってこられないのに、それ、誰の体験談ですか?」


 えっ、と、貴婦人の顔が強張る。


「全能の神様なのに、人を生き返らせることはできないんですか」


「……」


 唇を噛み、沈黙する貴婦人の体が細かく震えている。怒っているのか、嘆いているのか、絶望しているのか、俺には推し量ることができない。


「そのお茶会、たまにはサボってみたらどうですかね。ご家族がいるなら、その方と食べるランチのほうが、俺にはよっぽど羨ましい。……あぁ、それと、最初の質問の答えですが」


 扉を閉める前に、俺は言い添えた。


「俺は神を信じません。善良で公正な神が本当にいるなら、俺の家族を乗せた車に突っ込んだ飲酒運転のクソ野郎に、とっくに天罰が下ってますよね」


 悲壮な顔をした貴婦人の顔が、重たい扉に閉め出される。俺は内鍵をかけて、しばし扉に背中を預けた。苛立ちに任せて見ず知らずの人間に八つ当たりした罪悪感が、ちくりと胃の中を転がる。


 宗教の勧誘は詐欺じゃない。ああいう手合いの人たちは、別に俺を騙そうとしているんじゃなく、本当に救おうとしてわざわざ訪ねてきている。そういう意味では、害であっても悪ではない。傷つけるくらいなら、門前払いするべきだった。


 心のどこかで、ワラにもすがる思いがあった。本当に願いを叶えてくれる神様がいたなら、どんなにいいかって。


 自室に戻る。遮光カーテンに陽光を遮られた薄暗い室内は、おびただしい数の本やプリントアウトされた資料で足の踏み場もないほど散らかっている。デスクの中央で開きっぱなしのディスプレイに目を落とすと、禍々しい意匠のウェブページで踊るとある文字列が、俺の目を、意識を、強烈に引っ張り込む。



『カミサマゲーム』



 この世界に神はいない。しかし、神を名乗る悪魔は実在する。


 ダークウェブ界隈では割と有名な都市伝説だ。この世と隣接する異世界で行われる、"カミサマ"が主催する祭りごと。文字通り命を賭けるかわりに、ゲームに勝利すればどんな望みも叶えられるという。


 あまりに幼稚な話だが、この一ヶ月調べ上げてエビデンスはとった。何しろ実際にゲームに参加し、勝ち抜いたという人間の証言がいくつもダークウェブに残っており、うち一人とはコンタクトもとれた。高確率で、この『カミサマゲーム』は本当に行われている。


 あの日一夜にして奪われた、大切な家族を取り戻す。そのためなら俺は、喜んで死神に魂を売ろう。

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