第28話 アイのシナリオ★

 ホシノの体が当たる。とても温かくて不安が和らいでいく。

 目の前の怖い男。

 そこに、それ以上に怖そうな男がやってきた。見た目がヤクザの男だった。

「おいおいおい。あんちゃんよぉ。これ以上は行かせねぇぜ」

 その男が男の前に立ち塞がった。

「今のうちに逃げようか」

 彼は私を連れて走っていった。

 私もまたそれに連れられていく。

「ここまで来れば大丈夫だろうね。それより何があったんだい? 突然通りかかったらマイコの付き人は物騒なことしてるし、君は怯えてるし……」

「分からない」

 それしか言えなかった。

 どこか分からない人気ない場所。

 いつの間にか乾いた服。ほんの少しでも走ったせいか少し動悸がある。

「少し休憩しようか。この学園は無駄に広いからさ、部屋まで後少しはかかりそうだ。何が起きてもいいようにここで動けるように休んで。その間、僕が守るからさ」

 深く深呼吸する。

 またもや、深呼吸する。

 彼の優しさで心を包まれているのが分かる。

「ありがとうございます。心配かけてごめんなさい」

 これ以上は迷惑をかけられない。

 私は少し無茶を隠して立ち上がった。

「本当に大丈夫なのかい?」

「はい。大丈夫です」

「それなら何か起きない限りはゆっくり進もうか」

 私達はアサヒとナルミの部屋へと向かって歩き始めた。

 同じ柄の連なる廊下をひたすらと歩いていく。

 隠した動悸もどこからか湧くほっこりさで感じなくなっていた。

「……聞いてくれるかい?」

「え?」

 思わず二度見してしまった。

 彼がそんなこと言うとは思ってなかったからだ。

「近くでアサヒや俺の付き人リンクウも含めて遊ばないかい。遊園地やショッピングモールがある訳じゃないから、行くとしても他愛ない場所だろうけどね」

 付き人の私がそれを承諾することはできない。

「ごめんなさい。アサヒさん、あっ、アサヒ様に確認しないといけないので」

「ああ。分かってるよ。話しただけさ」

 もうすぐで部屋へと着く。ここはもう見た事のある景色だ。

「やっぱり似てるね──」

 あまりにも小さく発せられた独り言。反射的に思わず「何ですか」と呟いてしまった。

「ううん。独り言さ。何でもないよ」

 そのまま部屋にたどり着いた。

 まだアサヒはいないようだった。

「先に入りなよ。アサヒには僕が勝手に帰らしたって言っといてくれないか。それじゃあ、また会おう」

 勝手に扉が閉まっていく。

 扉越しになってしまった。

 一枚越しに何かが聞こえる。それは私に放った言葉ではない。独り言だと分かる。

「オーラが似てたから一目置いてたけど、やっぱりナルミは似てるね。不思議と惹かれてしまってる。やっぱり僕は彼女に気があるようだ」

 ゆっくりとした自己分析。

 ホシノ様が私のことを気にかけてる?

 けれども、天使と付き人の恋愛などこの世界ではご法度。その倫理観のせいで私は混乱してしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る