堤防
大西 詩乃
堤防
「ねぇ、どうしたのこんな時間に」
まだ日も上らない朝。
いきなり起こされ、訳も分からないまま近くの堤防に連れてこられた。
「覚えてるか、高校んときここで喋ったよな」
「そうだけど……」
そんな事を話ながら手をつないで歩く。
「こっからの日の出めちゃめちゃ綺麗だから」
「えー、お正月もう終わったよ?」
辺りはまだ薄暗い。春がまだ来ない海は冷たかった。けど、彼と繋いだ手だけが暖かかった。
「もうちょいで上るから、見とけよ」
地平線が白んでくる。雲が金色に輝いて、黒っぽい海に少しずつ光の橋が架かる。
確かに、見とれてしまうくらい綺麗だった。
惚ける私の手を握る手が一つ。
「今から大事なこと言うから、聞いてくれ」
珍しく真面目な顔をして彼が言った。
「なーに?」
「結婚しよう」
それは、自分には縁のない言葉だと思ってた。人は一人で生きて行くと思ってた。心の底にずっと孤独がいた。ただ彼といるときだけ忘れられた。
「うれしい」
彼と一緒にいると考えてしまう。
これからもずっと一緒に居れたら。
彼は私の左手をとって、ポケットを弄った。
「あれ、ちょっと待てよ」
彼は反対側のポケットも弄る。彼の顔が青くなって、汗が浮かぶ。
上着の胸ポケットを叩いたとき見つけたみたいだ。彼は大きく息を吐いた。
「かっこ悪いなぁ」
「うるせー」
今度こそ彼は私の左手をとって、その薬指に指輪をはめた。
どちらとも無く笑いが起こる。
「ねえ、なんでここにしたの?」
彼は懐かしそうに笑った。
「初めて思ったんだ」
「何を?」
「結婚したいって」
「そっか」
私は今どんな顔をしているだろう。
たぶん、今までで一番幸せな顔をしている。
堤防 大西 詩乃 @Onishi709
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