いつもの日常

「よし、じゃあ今度はわしが相手してやる!」

「はい!」


 俺は目の前の男―――師匠である百山さんの前に立つ。


 黒髪金目の、ギリシア彫刻のような大男。

 180を超える背丈に、筋骨隆々とはいかないまでも、鋼のように鍛えられた肉体。

 ぼさぼさの髪に無精髭に着流しと見た目はだらしない浪人だが、目は野獣のように輝いている。ぶっちゃけヤクザみたいだ。

 こんな相手に木刀を向けられたら、俺みたいな子供なんてすぐ泣きそうになるはずなのだが……。


「それじゃあ行くぞ!」

「はい!」


 俺たちは揃って木刀を振り上げる上段の構えを取る。

 合図はなし。

 仕掛けたモン勝ちだ!


「「やあ!」」


 同時に動く俺たち。……いや、師匠が先だ。

 歩幅が大きい分、向こうに分があるのは当然のこと。

 だが、それで構わない。


「獣心流――牛蹄槌!!」


 土に減り込む程の踏み込みと共に振り下ろされた木刀。

 瞬間、俺の脳内で暴れ馬牛に踏み潰される幻視(ヴィジョン)が思い描かれた。

 こんな小さな体ではマジで現実になりかねない。


 だから、マトモに受けるのはやめにした。


「獣心流――透流鰻(とうりゅうばん)」


 体を逸らしつつ、全身の力を抜く。

 イメージは鰻。ヌルヌルする粘液で敵の攻撃をスルスル抜ける不思議な魚に成りきる。

 精神のエネルギー――魔力を全身に纏いながら。


 木刀越しに伝わる重い衝撃。 

 それをスルリと抜けるかのように受け流すことで、衝撃で潰される未来を回避する。

 そのまま刀を翻して木刀を持つ右手を打ち落とそうとしたその瞬間……。


「おっと」


 木刀を持つ手を引かれて不発となった。

 けど、それでも問題はない。

 撃ち落とす動きと連動する形で木刀を引き戻し、突きの構えに入る。


「(獣心流――砕犀突)」


 地面を蹴り、魔力で身体を強化しながら突きを放つ。

 しかし、それも親父は少し体を捻るだけで回避された。

 けどそれでもいい。まだ攻撃は続いている。


「(獣心流――天燕!!)」


 突進の勢いを殺さず、身体を無理やりひねってバッドのように木刀を叩きつける。

 木刀から伝わる骨を打つ感覚。

 よし、効いた―――




「!!?」


 嫌な悪寒がしたので咄嗟に前へ転がる。

 受け身を取って立ち上がりながら振り返ると、俺のいた場所に師匠の木刀が振り落とされていた。


「おお、よくぞ気づいたな」

「こ…このお! 獣心流――潜足鼠(せんそくそ)!」


 低く構えながら、親父の足元に潜り込む。

 イメージは鼠。ちょこまか動くことで相手を攪乱させ、低い位置から攻撃する!

 木刀を下段に構え、ベンケイめがけて木刀を振った。


 俺は子供で相手は大人。

 身長差による下からの攻撃。

 下からの攻撃を想定しない剣術。

 ここまで懐に潜り込んだら俺が有利な筈だ!


「はあっでやあっとら!」

「お~お~いいねえ! そんなに低いとこからなら攻撃も防御もやりずらいな!」


 笑顔で言いながら俺の攻撃を足さばきでスルスル抜ける師匠。

 なんで当たらねえんだよ、こんなに接近して動きにくい位置から攻撃してるのに!?


「やはりアルコ殿は天才だ! ……だから儂もちょっとだけ本気を出す」

「は、何言って……!!?」


 咄嗟に受け止め、浸流鰻で受け流そうとする。

 しかし、今度はそう簡単にはいかなかった。


「!!?」


 全身を走る衝撃。

 木刀から伝わる震動が体中を駆け巡り、内部にまでダメージを与える。


「これが本物の獣心流だ」

「この……化け物……」


 俺はそう言い残して気絶した。


 クソ……やっぱ師匠には勝てないな……!














 気が付くと、俺はベッドの上に寝かされていた。


「……見知った天井だ」


 前世ではお目にかかれないような、豪華なシャンデリアのついた天井。

 無駄にデカくてフッカフカなベッド。

 今世の俺の部屋だ。


 上体を起こして周囲を見渡す。

 無駄にデカい本棚。無駄にデカい机と椅子。無駄にデカい箪笥。

 うん、間違いなく俺の部屋だ。


「(本当にすごい家に転生したな)」


 オルキヌス家。

 伯爵というそれなりに高い地位に、それなりに広く資源も多い領地。

 おかげでけっこう金持ってるのだ。少なくともこんな小さな子供に金をかける程度には。


 しかし、俺もよく慣れたもんだ。

 前世が小市民の俺はあまりリラックス出来なかったが、数日ではこの豪華さが当たり前になってしまった。慣れって便利だな。


 そんなことを考えてると、扉が開いて誰かが俺の部屋に入ってきた。


「おにいさま!お怪我をなされたって本当ですか!?」


 バンッと乱暴にドアを開けて入って来た。

 我が妹、ドルフィナスだ。

 言いにくいので普段はドルフィと呼んでいる。


 艶のある黒い髪に、クリンとした青色の丸い目。

 鼻筋はスッとと整っており、顔のパーツ一つ一つが超一級品だ。

 身内贔屓を抜きにして言っても彼女は間違いなく将来は美人になるだろう。

 

 「(ソレを言ったら俺の容姿もそうなんだけど)」


 同じ血が流れている俺たち兄妹は似ている。

 ドルフィの目つきを少しだけ尖らせ、若干男の子に近づけたのが俺の顔なのだ。

 まあ、成長すれば性別やら第二次性徴期やらで大きく変化するだろう。そんなものだ。


「大丈夫だよ、ドルフィ。師匠は俺に怪我させるほど馬鹿じゃない」

「関係ないですわ! 私のおにいさまを傷つける奴なんて悪者よ!」

「………」


 ヤバい、我が妹の悪い癖が出始めた。


 俺は彼女が将来ワガママにならないよう注意し、兄として接してきたのだが、そのせいか俺を何処か兄以上に特別視するようになった。

 俺に損が出そうなときは相手に擦り付けたり、俺が悪い状況でも相手のせいにしたり。ぶっちゃけ、両親と同じ行動をとるようになってしまったのだ。

 血族を甘やかすのはオルキヌス家の癖なのかもしれない。


「落ち着いてドルフィ」

「お、お兄さま?」


 俺はベッドから降りて靴を履き、ドルフィの頭を撫でる。

 癇癪を起したり苛立ったりしているときにこうすれば、ドルフィはすぐに機嫌を直してくれる。


「コレは俺にとって必要なことなんだ。俺が強くなるにはもっと剣の練習をしなくちゃいけない。そのために多少怪我するのは当たり前なんだ」

「そ、そんなことしなくてもお兄さまは強いですわ!」

「まだだ。まだ俺は強くなりたいんだ。だから、ドルフィも協力してくれないか?」

「う~……分かった」


 渋々といった様子で頷くドルフィ。

 納得してないようだが変な真似はしなさそうだな。


「失礼します」


 ガチャリと戸を開けて一人の男性が入って来た。

 最近俺の専属使用人になったバンドウ。

 父上が俺のために用意した専属の使用人だ。


「アルコ様、次のお勉強があります。……まだお体に影響があるなら私から言っておきますが」

「大丈夫だよバンドウ。すぐに行く」

「よろしいのですか?」

「大丈夫大丈夫」


 俺は心配するバンドウの背中を押して向かった。


「ドルフィ、お前も魔法のお勉強があるのだろ?」

「え~!もっとお兄さまと一緒にいたいのに~!」

「ダメだ、ちゃんとお勉強した後だ」

「う~……」


 唸りながらも言うことを聞いてくれる我が妹。

 こういうとこは可愛んだけどな……。


「しかし先程はお見事でした。まさか新兵とはいえ二倍程の年の差がある兵士を倒せる程お強いとは」

「仕方ないよ、俺は小さい頃から獣心流を習っているんだ。ぽっと出には負けないよ」

「その理屈でしたら年上の方が強いことになるのですが。剣術は前からやっておりましたので」

「俺の師匠はアレだぞ。そりゃ強くなる」

「それもそうですな」


 バンドウはハッハッハと笑い飛ばす。

 が、俺――僕の方は笑えなかった。


「(年上……か)」


 本当なら、『僕』の方が年上だ。

 この世界とは違う知識があって、この子よりも多く経験をしている。

 だから俺が勝って当たり前なんだ……。


「いかがなさいましたか?」

「……あ、なんでもない! それよりも早く行こう!」


 俺は誤魔化すかのように急いで外に向かう。


「……アルコ様、もしかしてまた……」

「ん?何だ?」

「……いえ、なんでもありません」



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