第11話

「というわけで二人とも、ここで遊んでなさい」

「はい?」


 翌日、俺たちは朝食の後に庭へ連行された。


「(やっべー! 全然プラン考えてねえ!)」


 マズいマズいマズい!!

 こうなることは予想してたのに、全く対策していなかった!

 昨日は十分時間があったのに、なんで俺は何も行動してなかったんだよ!?


「(……この癖なかなか消えないな)」


 俺はもう『僕』じゃないんだ。もう逃げる僕から卒業しなければ……。


「ねえねえ、お兄さまって強いってお父さまから聞いたのだけど本当?」

「……え?」

「お父さまから毎日剣の修行をしてるって聞いたの! だから強いんでしょ?」


 剣の修行? ……まさかあのごっこ遊びのことか?


「ねえねえ、剣を振ってるとこ見せて!」

「(……どうしようか?)」


 キラキラと視線を輝かせるドルフィナスに対し、俺はどうすべきか悩んだ。


 アレを剣の修行というには抵抗はある。

 ごっこ遊びごときで強くなれる筈がないし、何よりそんなものを披露しても恥ずかしいだけだ。

 しかしだからといって断るのもかっこ悪し……。


「(……いや、やってみるか)」


 相手は三歳児だ。ちょっと工夫すれば騙せるだろう。例えば、強化魔法で身体や感覚をブーストさせたりしてな。


「いいよ。じゃあ見せてあげる。付いてきな」

「うん!


 俺は妹を剣技(笑)を披露するために訓練所へ案内した。




 


「それじゃあ。俺の剣技(笑)をお見せしよう」

「わーい!」


 木刀を取り出してブンブン振り回す。


 まずは簡単な破壊力から。

 サンドバック用の案山子かかしに向かって木刀を振り下ろす。

 全身に魔力を流し込んで筋力を強化させ、発生したパワーを一点に集約して叩き込んだ。

 バァンと派手な音を立てながらぶっ壊れる案山子。


「す、すごーい! すごい音したわ!」


 ソレを見てドルフィナスは手を叩いて喜んでくれた。

 よし、掴みは好調。なら次はもっと派手にやろう。

 

 次は剣のスピードだ。

 石を数個拾って上に投げる。

 ある程度の高度に達すると同時に落ちていくそれらを、俺は木刀で全て切り落としてやった。

 無論、そんな剣豪な真似なんて素の状態では出来ないので、動体視力を中心に強化した状態だ。


「すごいすごいすごーい!」


 ぱちぱちと手を叩いて喜んでくれるドルフィナス。

 よしよし、いい感じだ。この調子なら妹に尊敬を勝ち取れそうだ。


 最後は剣を構え、素振りで強さを表現する。

 魔力を流し込み、一気に爆発させる!


「はあ!」


 上段から振り落とされる木刀。

 標的の存在しない得物は空を裂き、風となって妹の髪を仰いだ。


「すごい! すごいよお兄さま! 本当に騎士様みたい!」


 そう言いながら抱き着いて来るドルフィナス。

 よし、これで妹に兄の威厳を示すことが出来たな。コレを期にゆっくりと信頼関係を築こうか。

 そんなことを考えてると、何処からかパチパチパチと拍手が聞こえた。

 振り向けば両親とメイド達がずらりと並んでいた。


「素晴らしい! まさかこれ程の才能が有るなんて知らなかったぞ!」


 父上が物凄い勢いで駆け寄ってきて、俺を抱き上げる。


「それじゃあ明日から剣の修行だ! 何が何でもお前に剣の師匠をプレゼントしてやる!」


 こうして、俺は妹から強い兄と尊敬されると共に、剣の師匠を手に入れることに成功した。








 オルキヌス家領内の馬車。

 その中に一人の男がいた。

 袴のような着物を着用しており、風貌は侍………いや、浪人という格好だった。

 若いはずなのだが、だらしない恰好と無精ひげのせいで実際よりも老けて見える。


「ふ~ん、伯爵家にしては辺鄙な街だな」


 男の名前は百山(モモヤマ)。

 アルコの剣の師範となる男だ。


 アルコの父、カイトンは武術の腕はあるものの、感覚派のため教えることには向いてなかった。また頭もよろしくないので子供にかみ砕いて説明することも出来ない。

 カイトン以外は剣に疎く、護衛たちもカイトン自身が強いせいで碌なものを揃癒えていない。

 それで彼らはテキトーに凄そうな剣士を選んだ結果、彼がアルコの師範となった。


 この、剣術指南として致命的な欠点がある。

 腕前は一流で教えるのもうまい。しかし、その内容はかなり苛烈だった。


 彼には理念がある。

 剣術という他者の命を奪う前提の技術を使う以上、自身もまた殺されるかもしれないという危険性を理解すべきであると。


 しかし、お貴族様にその理念は理解出来なかった。


 貴族達が欲する剣術とは見栄の張れる剣術であって、命の奪い合いなんて泥臭いものは望んでない。そんなものは傭兵や軍隊の仕事であって、お貴族サマは華やかな剣をご所望なのだ。

 端的に言えば、需要が合ってないのである。


「(そんじゃあ、テキトーにやってテキトーに返してもらいますか)」


 この男とて人間である。生きていくためには金が必要であり、そのためにはある程度の現実とのすり合わせはしなくてはならない。


「半年ぐらい派手な剣術見せて指導のフリしたら飽きるだろう」


 聞く限り、相手は子供だ。なら地味な訓練なんてやってられないはずだ。

 しかし直ぐに帰されてしまっては金が稼げない。なので華やかな剣術を披露してしばらくは家にいさせてもらうことにした。





「さて、稼がせてもらおうか、お坊ちゃま」


 百山がアルコの才能を分からされるまで、あと一日。


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