閑話:離島襲撃事件の舞台裏

「報告は以上です」


「そう……」


 秘書官の報告を聞いて、アンシアは大きなため息をついた。

 数少ない無人島スタートが成功したうちの一つ、そのプレイヤーの名前を取って『サバナ島』と呼ばれている島がある。

 そのサバナ島へとつながる転移魔法陣を確保し、いざ交易開始となった矢先に起きた今回の襲撃事件……


「対策会議に出られなかったのは痛かったわね」


「しかたありません。お嬢様は別件もありましたし」


 ちょうど事が起きている間、アンシアは世界的に有名なMOBAマルチプレイヤーオンラインバトルアリーナゲームの解説という仕事の真っ最中。

 その仕事が終わってからようやく事態を聞かされ、簡単な報告を受け終わった今、時間は午前3時をまわっている。


「どうされますか?」


 秘書官、白髪の執事キャラを演じている彼が不安そうに尋ねるが、アンシアは迷いなく答える。


「問題を起こした転移魔法陣は手放しましょう。私が持っていても利益を生む可能性はゼロよ」


「わかりました」


 そしてさらに続ける。


「他の転移魔法陣も全て魔王国に売却を打診してちょうだい」


「全て手放すのですか?」


「もうこの先、私が転移魔法陣に関わっても利益が出ないのは確実ね。それなら売り払って損切りした方がいいわ」


 残っている転移魔法陣は使えないまま。無人島スタートも終了し、今後新しく開通する可能性も低い。

 放っておいても価値が下がる物を持ち続ける必要もないという判断だ。


「わかりました。値段はいかほどに?」


「買った時の値段以上であればいいわ。何か言われたら、今回の件の瑕疵責任をつきましょう。単純な陽動に引っかかる程度の警備しかしていなかったのは問題よね?」 


 警備の人員のために、魔王国に少なくない額を払っている以上、彼らにも今回の事件の責任を取ってもらう必要があるだろう。

 そしてもう一つ。


「ところでこの件の責任者は誰?」


「魔王国の依頼で魔石を調達していたシモンになります」


「……珍しいわね。彼はもっと慎重だと思っていたのだけど」


 手渡された報告書にざっと目を通し、小さくため息をついた。

 シモン本人によって書かれた報告書の最後には、暴走した部下を抑えられなかった自身の責任であって、いかなる処分も受けると書かれている。


「他の部門が好調なため焦っていたのかと。ただ、今回の離島襲撃はその部下が計画したとは思えず……」


「入知恵した誰かがいるということね。まあ、想像はつくわ……」


 アンシアの頭に浮かぶのは、うさんくさい笑顔を絶やさない一人の男だった。


***


 アンシアがその報告を受ける3時間前。


「……ってなことを言ってそうな気がするんだよね」


「嫌な予想やなあ」


 死霊都市の有名料理店『リヴァンデリ』の一室では、臨時の推し活会議が行われていた。

 サバナ島襲撃事件も竜族の介入で解決が見え、生産スキルをメインにする彼らが今できることはもうない。


「……実際にそんなことしてないですよね?」


「してないしてない! そんなことしても誰にも何のメリットもないし!」


 司書ミイに聞かれて、慌てて否定するデイトロン。

 ショウの島はもちろんのこと、シトロン王国があるラムネ島といった離島とのやりとりが減ってしまうのは、彼らにとってもデメリットしかない。


「アンシアの手下が絡んでいる件は公表するのか?」


「それもどうでもいいかなあ。……入知恵した魔王国の貴族が気になるけどね」


 山師モルトの問いに対し、デイトロンがさらっと新情報を放り込んだ。


「それってどこ情報なんだい?」


「うちのギルメンがツレに聞いた話なんよ。ケイオスってどっかで聞いたなあ思てたんやけど、例の離島解放運動っちゅーのやってた奴やってん」


「あー、あったねえ」


「例のスレが強制キャラ名表示になって大人しなってたんやけど、なんか、魔王国の貴族の依頼かなんかで、急に羽振りよーなったらしーわ」


 三つ星マスターシェフに説明するのは運び屋リーパ。

 あちこちに人や物を運ぶ彼のギルドは、その情報網も本土全体に広がっている。

 今回も建国宣言があった瞬間から、全メンバーが情報を集めてまわっていた。


「例の魔王国の王女様も絡んでそう?」


「多分ね。なんとしても大きな魔晶石を手に入れたいみたいだけど、死霊都市の副制御室ってそこまでこだわる場所かな?」


「ショウ君なら思い当たったりするかも?」


「かもね。でも、それはショウ君が話したくなったら、だね」


 デイトロンの念押しに皆が頷く。

 ショウからの情報で恩恵を受けている彼らだが、それはこちらから要求すべき物でないことを知っている。


「それにしても、今後しばらくは転移魔法陣の扱いに困りそうですね」


「そこが問題だよね。サバナ島もしばらくは閉じたままだろうし……」


「そうなると妖精のバターもしばらくはお預けだね」


「「「あ……」」」


 一様に肩を落とすメンバーだったが、


「きっと大丈夫。ショウ君がなんとかしてくれるよ。僕らはそのためのお膳立てをしないとね」


 その言葉に全員が深く頷くのであった。


***


 デイトロンたちが臨時推し活会議を始める3時間前。

 ケイオス帝国の建国宣言があった直後……


「なんでそうなんの〜!!」


 GMチョコからの報告を受けて絶叫するミシャP。

 一方で報告した側はというと、


「まあ、できるだけ大きな魔石を調達してほしいって依頼ですからねえ。依頼してた魔王国貴族も焦ってたのか、蒼星の指輪まで貸し出してたみたいですし」


「いや、だからなんでそこでわざわざ離島へ? てか、建国宣言いる!?」


「そこは本人に聞いてみないと……」


 と苦笑いのGMチョコ。


「しかも、なんで悪魔が一緒にいるの? 訳わかんないんだけど!?」


「いやまあ、悪魔だって騙せそうな相手に乗っかりますよねっていう。他のプレイヤーには相手にされなかったみたいですし……」


 当たり前の返事が返って来て、デスクへと突っ伏すミシャP。

 GMチョコはいつもの事とそれをスルーし、今回の件で見えた大きな問題について話す。


「で、建国周りはもう少し厳しくしないと、無敵の人に対処できませんよ?」


「……サイレント修正は嫌だから、早急に今の仕様と変更案をお願いします」


「了解です。で、今回は?」


 二人が見つめるエアディスプレイの先には、アージェンタに騎乗したショウの姿があった。


「それでもショウ君なら……ショウ君ならきっと何とかしてくれる……」

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