IRO運営(10):リアルとバーチャルの交わる場所

「お疲れ様でーす」


「お疲れ〜〜〜」


 GMチョコが日報の報告に来たのは日付が変わる直前。

 山積みになっているタスクにミシャPの表情は冴えない。


「なんかまた問題が?」


「んー、ちょっとねー。これ見て?」


 いつものようにコーヒーを置かれたミシャPが、頭を悩ませている案件をGMチョコに見せた。


「うわー、これは……断るんですよね?」


「断るしかないね」


 IROが流行るのは嬉しいことだが、その分、他のメーカーからライセンス商品の提案も増える。

 特に今回は『翡翠の女神像』のフィギュア化の提案で、これはミオンに許可をもらう必要がありそうだが、おそらくOKはされないだろう。


「他に候補出して、そっちならって話にしようかなって」


「誰を候補に出すんです?」


「スウィーちゃんと白竜姫様かなー」


 その二人ならと頷くGMチョコ。

 翡翠の女神に次いで人気を二分しているNPCで、両者のファン層から「フィギュア化してください!」という意見も多く送られてきている。


「スウィーちゃんなら、等身大フィギュアも可能ですね」


「等身大、出来のいいやつが欲しいよね。智絵里ちゃんも欲しがりそうだし」


 本来ならその手のライセンス案件はもう少し先にと考えていたが、ミオンのアルバムを出すと決まったあたりから、急に案件が増えてきている。

 そして、ある意味、一番待ち望まれているのが、


「ルピちゃんのぬいぐるみ、作ってくれるところは見つかりました?」


「コンペすることにしたー」


 何社か打診し、予定の制作費を渡して、その予算内でのコンペで決めることに。

 ただ、出来によっては予算見直し&やり直しの可能性も伝えている。


「フィギュアにしてもぬいぐるみにしても、出来がいまいちだと、買った時の残念度がすごいですもんね」


「お金出してこれかーってなるよねー。で、今日の報告は?」


「ミオンさんが島にいることを公表するそうですけど、アルバムの発売日と合わせた方がいいですかって」


「え、本当に!? リリーススケジュール確認しないと!」


 リリース前に様々な媒体でのCMを予定しているが『ミオンの二人のんびりショウタイム』で宣伝してもらうことで、確実に購入してくれるであろうファン層の取りこぼしを防げるだろう。

 さっそく連絡を取るミシャPを見つつ、GMチョコが次の報告の準備をする。


「そっちオッケーなら次行きますよ?」


「オッケーオッケー」


「進行中のワールドクエスト『悪魔が来たりて』ですが、達成率は予定よりやや遅延ってとこですね。やっぱり、魔王国スタート組はMMO初めての人が多いみたいで」


 クローズドベータや限定オープンから始めたプレイヤーは、今までにMMOやMOの経験もある古参ゲーマーがほとんど。

 それに対し、魔王国アップデートから始めたプレイヤーは「なんか周りから面白いって勧められたから」というライト層が多い。


「引っかかる人も多い?」


「予想よりもちょっと少ないぐらいですけど、ちょっとリアルが心配なぐらい何度も引っかかる人もいて差が激しいです」


「まあ、リアルには知人のそっくりさんなんてめったにいないし大丈夫でしょ」


 かつては代表的な詐欺だった電話による『オレオレ詐欺』も、音声合成が行きすぎた結果、通話の際に本人認証が必須となった。

 人を騙すことが難しくなった現代社会に慣れすぎ、ゲーム内の相手を簡単に信じてしまっているようだ。


「意外と若い人は引っかからないんですよね。割合的には社会人の方が引っかかってます」


「若い子は学校の友だちとかとプレイしてるし、社会に出てスレた大人よりもずっと敏感でしょ」


「またそういう身も蓋もないことを……」


 親しい友人同士でのパーティプレイがメインの若い層は、悪魔が擬態していても、ちょっとした違和感を感じてしっかりそれに気づく。

 NPCに対しても『知らない相手とうかつな約束はしない』といった警戒心をしっかりと持っている。

 だが、社会に出て、より多くの他人と接する機会が増えた大人になると、その警戒心も薄れてしまっているようで……


「悪魔たちは『目的』に従って広い範囲へと移動中です。このへんは予定どおりですね。来週、9月からは死霊都市とマーシス共和国で活動を開始しそうです」


「誰か『目的』に気づいてるプレイヤーいる?」


「意識してるわけじゃないでしょうけど、アンシアが同じ目的で動いてるみたいですよ」


「え、そうなの? ……ああ、そういうことか」


 納得した表情のミシャPに、GMチョコが続ける。


「で、ですね。エメラルディアの件なんですが……」


「……もうショウ君の島にいたりしないよね?」


 そう聞かれて苦笑するGMチョコ。

 ただ、エメラルディアの情報は、すでにアズールを経由してショウの所まで届いている。

 白竜姫がエメラルディアを呼び寄せるようなことになれば、ほぼ確実にショウの島に居着くことになるだろう。


「竜の都アップデートまでは、もう少し大人しくして欲しかったんだけどね」


 本来なら今までのワールドクエストで登場した竜たちとは、竜の都アップデートまではレアな存在でいるはずだった。

 だが、白竜姫はすでに療養のためにショウの島に滞在中。アズールはすでに死霊都市の竜族代表としてプレイヤーと交流を深めている。

 バーミリオンは島のお酒にぞっこんだし、アージェンタに至ってはショウをプレイヤー側の代弁者として扱っている節がある。


「まあ、女神様を独占しちゃってるし、今さらじゃないですかね」

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