火曜日
第503話 庶民にはわかんない
「澪ちゃん、翔太のこと頼んだぞ」
「はぃ」
「美姫も翔太がやらかしたら連絡しろよ」
「うむうむ」
……真白姉からそう言われると釈然としないんだけど、ここで何か言うと面倒になるのでスルーしておく。
ルームメイトのシーズンさんに頼まれたバイト、着物モデルをやるために、少し早いけど寮へと戻ることになった真白姉。その見送りに来ている。
また、石川まで行くのかと思ったんだけど、支店がこっちにもあるらしく、そこでの撮影なんだとか。
「またな!」
そう言って改札を抜けていく真白姉を、姿が見えなくなるまで見送った。
次はミオンのリアルでの収録なんだけど、移動を考えても時間は結構あって、ちょっと早めの昼食をとりつつ、まったりすごす予定。
「じゃ、俺たちも行こうか」
「はぃ」
「うむ!」
椿さんが待つ車止めのところまで移動。
いつものように後部座席へ乗り込もうと……
「「「え?」」」
「翔太くんに美姫ちゃん、久しぶりね。まずは乗ってちょうだい」
ミオンのお母さん、雫さんが待ち構えていた。
っていうか、ミオンも驚いてたし、ここに来る時に一緒にいたわけでもなさそう。
ともかく、乗り込んだところで、
『出発します』
とスピーカー越しの椿さんの声が響いた。
ゆっくりと動き出した車が、やがて一定の速度になったところで、
「今日の収録場所が変更になったの」
その言葉に顔を見合わす俺たち。
「えっと、それは椿さんに伝えるだけじゃダメだったんですか?」
「場所が問題でね。予定では本社スタジオだったけど、六条グループ会長宅のスタジオになったのよ」
「は?」
なんでまたそんなことにって感じなんだけど、
「期待の新人バーチャルアイドル、ミオンの素顔を覗こうという輩が?」
「ええ、美姫ちゃんの言うとおりね」
スケジュールが漏れたとかそういう話ではないらしいけど、六条グループ本社ビルに張り込んでるマスコミがいるんだとか。
「えええ……」
「澪は未成年だから、それを記事にした瞬間に法律違反になるのだけど、それでも気分がいいものではないでしょう?」
その言葉に頷く俺たち。
個人情報保護の法律は未成年を対象にしたときは特に厳しいんだけど、それでもバカはいるらしいと聞いてげんなりする。
「六条でもそれを察知してくれていて、今回の収録の場所を急遽変えることになったの」
「なるほど」
その変更先が六条グループ会長宅のスタジオとのこと。
なんだかすごい対応なんだけど、向こうもそれだけ気を使ってくれてるってことだよな。
「ふむ。この車は良いのであろうか?」
「このあとお昼にしたあと、六条から手配された車に乗り換えるから大丈夫よ」
と雫さんがニッコリ。
車のことに気づいた美姫もえらいけど、それもちゃんと対策済みってことか。
「椿も聞いていたわね」
『はい。了解です』
このあとのランチは、お高いホテルでなんだけど、そこを出る時に迎えが来るとのこと。で、全員そっちの車に乗るそうだ。
「ん? ということは雫さんも?」
「ええ。さすがに六条の会長宅にお邪魔する以上、私がいないのは失礼になりますからね」
会長さん、ご本人がいるかもしれないからと。
そりゃ、自分の家なんだし、いてもおかしくないよな。
どっちかっていうと、スタジオがあることの方が不思議なんだけど、お金持ちの考えることは、庶民にはわかんないな……
………
……
…
「皆さんはこちらへ」
そう案内してくれたのは、GMチョコ。
IROの運営の方はいいんだろうかと思ったんだけど、俺やミオンと関わりがある人間は少ない方がいいだろうという配慮かららしい。
ちなみに、雫さんはミシャPに案内されて会長への挨拶へ。頑張ってください。
「ミオンさんはこちらへ」
収録も伊藤さんが担当ということで、スタジオの録音ブースへと。
「うん。いつも通りでね」
「ん」
緊張してそうなミオンの手を握って、これで励ましになればいいんだけど。
それにしても……周りの生暖かい視線が痛い。
「あ、どうぞ座ってください。こちらの音は録音ブースにも、機器ブースにも届かないので、おしゃべりとかはご自由に」
広く大きなソファーのミオンがよく見える位置に座る俺と美姫。
ドリンクの類は部屋の隅にある冷蔵庫からご自由にとのこと。
「私はGMのお仕事もあるので別室にいます。何か困ったことがあれば、こちらのドアホンで」
と退出してしまった。やっぱり忙しいんだろうなあ。
「何か飲まれますか?」
椿さんにそう聞かれて答える前に、美姫がそっちへ行って、二人で冷蔵庫の中身を確認し始める。
それってどうなんだろうと思ったけど、まあ、この場所なら問題ないのかな。
「兄上はお茶で良いか?」
「うん。任せた」
結果、俺と美姫はペットボトルのお茶という無難な選択に。
分厚い防音ガラスの向こうでは、ミオンが伊藤さんと打ち合わせ中かな?
なんか楽譜を見てあれこれ話してるのって、すごくプロっぽいなあとか思っていると、
「若いお客さんたち、おやつを持ってきたよ」
現れたおばあさんが、持っていた洋菓子の箱を俺たちの前にあるローテーブルへと置いてくれる。
「ありがとうございます」
「「ありがとうございます」」
椿さんに続き、美姫と二人でお礼を言うと、にっこりと笑って美姫の隣へと座った。
うちのばあちゃんと同じくらいの年齢な気がするけど、俺の予想が正しければ、この人が会長さんなんじゃ……
「みんなで食べようね。ああ、彼女さんの分もあるから、心配はいらないよ」
「あ、はい」
箱から出てきたのはマンゴープリン?
なんか陶器に入ってるめちゃくちゃ高そうなやつ。
おばあさん、俺たちが美味しいと言うのを期待してそうで……、やっぱりすぐ食べないとかなと思っていると、
「ああ、やっぱりここにいた」
「あ……」
ほっとした表情を見せるミシャPに対し、しまったという表情のおばあさん。
「うちの会長がすみません。ほら、智絵里ちゃん、UZUMEの社長さんが待ってくれてますよ」
「えー? これ食べてからじゃダメ?」
「それは後で! すいません。それ、冷蔵庫に入れておいてもらえますか?」
「えーっと、はい」
それでようやっと納得したのかおばあさん、会長さんは「また後でね」と手を振りつつ、ミシャPが謝りながら部屋を出ていく。
やっぱり、お金持ちが考えることは庶民にはわかんないな……
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