IRO運営(8):良いニュース・悪いニュース

「お疲れ様で〜す」


「はいはい、お疲れお疲れ」


 入ってきたGMチョコを見ず、手元の書類をテキパキと処理していくミシャP。

 その多くは、大人気コンテンツ『Iris Revolution Online』の権利関連の書類だ。

 GMチョコはいつものようにコーヒーサーバーへと向かい、自分の分とミシャPの分を淹れる。


「どうぞ」


「ありがと。何か報告事項?」


「はい。良い知らせと悪い知らせがありますが、どっちから聞きます?」


 その言葉にミシャPの笑顔が若干引き攣る。

 こういう場合、だいたいどっちも碌でもない話だからだ。


「……その言い回しの元ネタって知ってる?」


「あれ? これって英国仕草じゃないんです?」


「アメリカの映画にそう言うのがあったらしいよ」


 そう答えるミシャPに対し、GMチョコから「いいから早く決めろ」という圧が。


「はあ……、じゃあ、良いニュースから」


「魔王国アップデートから始めた新規ユーザーですが、継続率が予想よりもかなり高く、売上の上方修正が必要になりそうですね」


「おー、それは素直に嬉しい! さすがチョコちゃん! さすチョコ!」


 顔をあげて拍手を始めるミシャP。

 だが、


「じゃ、悪い方のニュースを」


「やめて! プロデューサーのライフはゼロよ!」


「プレイヤー全体の継続率が高いってことは、実プレイヤー数が想定よりもかなり多いんですよねー」


 その言葉にミシャPがピクッと反応する。

 実プレイヤー数が想定よりかなり多いということは、その分、ゲーム内経済もかなり活発化していて、MMORPGの宿命とも言える問題、


「ひょっとして、もうインフレ気味?」


「イエス」


「はえーよホセ!」


 幸いなことに、初心者帯が必要とするような物品の値上がりはしていないようだが、死霊都市の地下ダンジョンから発掘された魔導具の値段がすごいことになっているとのこと。


「まあ、スキル上げに作る物とかって、どうしても捨て値になっちゃうよね」


「ナイフとかなら鋳潰して、目減りはするけど再利用できますけどね。これが雑貨とかになると、NPC店売りしてわずかでもお金に換える形になって」


「世界全体の貨幣量が増えると、インフレになるよねえ……」


 そもそもプレイヤーが一人増えるたびに、3万アイリスがこの世界に増える。

 それをいかに気持ちよく使わせて、貨幣流通量の膨張を押さえ込むかがキモなのだが……


「対策も考えてるんだよね?」


「ええ、手っ取り早いのは、各国の国有鉱山で魔銀ミスリル採掘場の許可かなーと」


 今までも国有鉱山には、採掘許可の日券を購入することで入ることが可能だ。ただ、それはレア鉱石がめったに出ない場所に限られている。

 それを追加料金で魔銀ミスリルも出る場所へも入れるようにすると。


「あ、魔銀ミスリルの流通量増やして、パワーバランスの方は問題ない?」


「大丈夫かと。今、ちょっと値段上がりすぎてて、中級者でも躊躇する値段になっちゃってて、苦労してる人もいますしね」


「なるほど。じゃ、いいんじゃない。そんな悪いニュースじゃないと思うけど」


 ミシャPがほっとした表情で、ゲーミングチェアに深くもたれる。

 だが、


「インフレだけが問題だなんて言った覚えはないが?」


「な、なんだとっ!」


 ガタッと椅子から起き上がるミシャP。

 頷きあって、再び座り直す。


「小芝居はともかく、実プレイヤー数が多くて、その分、活発に動く妖精が増えてるんですよ」


 王国の南西で暮らしているノームや、ラムネ島から本土へと来たケット・シーたち。

 プレイヤー数に応じて、それぞれの里や集落、島から出て、プレイヤーたちと交流する子が増えるのだが……


「あ、やばい。次のワールドクエストがヌルゲーになる」


 妖精たちは悪魔に敏感だということ。

 本土各国に潜入した悪魔たちを探すワールドクエスト『悪魔が来たりて』の切り札的存在で、プレイヤーがそれに気づくかがポイントだ。

 だが、妖精が多すぎると、あっという間に悪魔探しが終わってしまう可能性が……


「想定とは違いますが、ヌルゲーも悪くないんじゃないです?」


「うーん、確かに……。死霊都市はとっかかりが悪すぎて、序盤で苦労したもんねえ」


「新人さんも多いことですし、期間を長くして、確実に1SPゲットできるイベントであちこち歩き回ってもらうのもいいんじゃないかなって」


 潜入する悪魔は概ね戦闘力は弱く、擬態能力に優れるタイプで、ざっくり言えばかくれんぼに近い。

 その過程で、次のワールドクエストにつながるヒントを提供していくことになる。


「おっけ、それで。開始っていつからなら可能?」


「最速だと8月最終週ですけど、もう一度見直しと最終チェックもしたいですし、区切り的には9月からがいいかなって」


「そうねえ。9月始まりで連休で終わるぐらいを想定して、リリース前チェックをやり直すことにしましょ」


 内容の大きな変更はないものの、開催期間を変更することで起こりうる事態の見直しは必須だ。


「はーい。ちなみに離島の扱いは?」


「同じで! 特別扱いは無しで!」


 かつて、離島を不参加扱いにし、痛い目にあったトラウマがよみがえったのか、即答するミシャP。とはいえ、


「離島ってラムネ島とあとアンシア島ぐらいしか行けなくない?」


「翡翠の女神様が降り立った南の島を忘れてますよ」


「今、壮大なフラグ立った気が……」


「気のせいです。気にしたら負けです」


 ………

 ……

 …

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