IRO運営(6):妖精の楽園

「来週から部活の合宿で沖縄へ。そのあとショウ君が帰省と続くので、ライブはおやすみとのことです。

 例の件でって部分もなきにしもあらずでしょうけど、この返事では触れられてないので大丈夫かと」


「は〜〜〜、良かった〜〜〜〜〜」


 デスクへと突っ伏すミシャPに、GMチョコがいつものようにコーヒーを淹れる。

 その表情はなんとも微妙な、そこまで心配するなら先に何かしら手を打てば良かったのにという顔。


「で、離島解放スレッドだっけ? 匿名投稿不可にはもうしたよね?」


「ええ、ライブが終わったあたりから、一気に『匿名不可にしろ』って要望が増えて規定数を超えましたからね。というか、もっと早くそうしても良かったんじゃないです?」


「まあ、そうなんだけど。ちょうど出張中にそんなことになると思わなかったし……」


 IROの欧米諸国向け対応の協議に海外出張中だったミシャP。

 今日の夜に帰国して、その一件を聞いたわけだが……


「私、ちゃんと連絡してましたよね?」


「見る暇もなかったんだってば。向こうはこっちのサーバーに繋いでゲームできるようにしろって言うけど、うちは国を跨がせるつもりは絶対にないしでさ〜」


 突っ伏していた体を起こし、コーヒーを受け取るミシャP。

 それを渡したGMチョコは、ゆっくりとソファーへと腰掛ける。


「必死になって国の個人認証システムに完全対応したのが、全部無駄になりますもんね」


「そうそう。中途半端な個人認証システムだと、結局RMT業者とかへの対応がいたちごっこになるだけだしね」


 IROでは外部サイトを使ったRMTも、不自然なプレイングを慎重に調査して対応している。

 一度目は警告とRMT取引で使用したアイテムやゲーム内通貨の没収(&重点監視対象行き)。二度目はウェアアイディでのBANという順当に厳しい処置だ。

 厳密な個人認証ができない海外からの接続を許してしまうと、そういった厳しい処置ができなくなってしまうデメリットの方が大きいというのが、ミシャPとGMチョコの共通見解である。


「で、話はまとまったんです?」


「ゲームシステムは渡すから、そっちの国で運営チーム作って、日本とは違う形でやる分にはいいよって提案はしたけどね」


 ミシャPがずずずっとコーヒーを啜る。

 日本と全く同じ施策、たとえば『ワールドクエスト』や『無人島スタート』はできないようにするなど、かなり厳しめの注文をつけた。


「結局、IROが流行ったのを見て、うちの国からでも遊ばせろってさ、ショウ君の島に嫉妬してる連中と同じじゃんねえ」


「私、中間管理職なのでノーコメントで。上層部はそれで納得してくれたんです?」


「持ち帰りで終わったよ。まあ、おま国しちゃダメって言われても、最終手段の『智絵里ちゃんパワー』で何とかしてもらう」


「……いい加減、グループの会長を智絵里ちゃんって呼ぶのやめましょ?」


 呆れた顔のGMチョコを無視し、手元のタブレットを確認するミシャPだったが、


「あ、SEMの方から、音源だけでいいのでゲーム中で歌った分も使わせて欲しいって来てたけど、これってどう?」


 質問を変えて切り返す。


「そっちも返事が来てました。ミオンさんが島にいることがわからない形であれば問題ないそうです」


「あ、良かった」


 今日のライブでも歌ってくれていたし、その後にまた即興で歌ってくれていたりと、PVにこそできないものの、音素材としては十分な価値がある。

 それに、今までのゲーム中に歌った分を足せるなら、アルバムのボリュームとしても問題ない曲数になるはずだ。


「んー、あと確認しないといけないことってある?」


「無人島スタート終了って、スケジュール通りでいいんですよね?」


「もちろん。月曜に終了までのスケジュール発表でいいよ」


 GMチョコの言外の『無人島スタートできなくなるのは差別だとか言いそうだけど、当然まるっと無視ですよね』という確認でもある。


「そもそも、ショウ君の方が月額料金だって先行分払ってるし、プレイ時間も遥かに上だし、平等がどうとか意味わかんないよね」


「ちなみに文句言ってた人たち、無人島探そうとして10分で諦めてました」


「だっさ。っていうか、そんなこと調べたの?」


 ミシャPがタブレットをデスクに置いて、ゲーミングチェアに深く腰掛けた。

 やや呆れた表情のミシャPの言葉に、GMチョコが肩をすくめて答える。


「文句言うぐらいなんだし、それなりに頑張ったのかなって」


「それで頑張れる人は、そもそも文句言わない説」


「まあ、そうだったんですけどね」


 GMチョコとしては「ああ、やっぱり」の結果だったので、それ以上の感想は特になかったわけだが。


「は〜、合宿に帰省か〜。いいな〜」


「うちは夏休みは交代で取る話になってますけど、ミシャさんいつ取ります?」


「んー、取れる余裕ありそうなのは……」


 タブレットをぽちぽちとやって、エアディスプレイにカレンダーを表示。

 出張が終わった今日から、お盆明けまでは余裕があるように見える。


「今のうちだと思いますよ。ミオンさんたちがライブおやすみするっていうことは……」


「あー、確かに。何かしら『すごいやらかし』が起きる可能性も少ない……、いや、本当に少なくなるの?」


「どうでしょうね。でも、ライブでリアルタイムにってのは、その間はないはずなので、そこは安心していいんじゃないかと」


 それを聞いて、週明けから1週間分の線を引くミシャP。

 ちょうどショウたちの合宿と同じタイミングになるわけだが、


「沖縄旅行にでも行くんです?」


「まさか。家でこれ以上は寝れないってぐらい寝る」


 そう言ってタブレットを閉じた。

 日付は変わって日曜日。時間は午前2時……


「今日のお仕事終わり!」


「帰りましょうか」


「ラーメン食べに行こうよ」


「ごちでーす。あ、ビールも追加で」


「いいね! 乾杯しましょ!」

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