日曜日
第253話 環境を整える
「じゃ、取り出そうか」
ミオンがこくこくと頷く。
氷水が張られたボウルの中には、一口サイズのわらび餅がぷかぷかと。
粗熱はすっかりとれたはずなので、ガラスの器へと取り分ける。
「きな粉と黒蜜はお好みで」
「ぅん」
さすがにその二つは市販品。
きな粉は適当な器がなかったから、お椀によそって、スプーンで好きな量を。
黒蜜はプラ容器に入ったタイプなので、これも各自好きなだけ掛けてもらって、余ったら冷蔵庫かな。
「お嬢様。社長に持っていきますので、お願いできますか?」
椿さんがそうお願いすると、きな粉と黒蜜をほどよく盛りつけるミオン。
わらび餅を作るときも、ちゃんと分量を気にしてたし、椿さんみたいなことは無さそうでなにより。
「お二人はお先に召し上がってください」
「ん」
社長、ミオンのお母さん、雫さんは日曜だけど今日も仕事。
お昼は以前ナットにご馳走した焼きそばを作ったんだけど、食べ終わってすぐ仕事に戻っちゃったし。
美味しいと言ってくれるのは嬉しいんだけど、できればもうちょっと味わって食べて欲しいんだよな。
まあ、うちの母さんみたいに、何食べても表情ひとつ変わらないよりは全然いいんだけどさ……
「椿さん、待つ?」
「……ぃぃ」
少し考えたミオンだけど、お盆に3人分を乗せてリビングへと移動する。戻ってきたらリビングを通るからってことかな。
ローテーブルにお盆を置き、器にスプーンを添えて、俺へと渡してくれる。
「じゃ、いただきます」
「ぃただきます……」
味見してないけど、失敗するようなものでもないから大丈夫のはず。
ためらわず、たっぷりきな粉と黒蜜が掛かった部分をパクッと。
「うん、美味しいよ」
ミオンがほっとしたようで、自分も小さくよそったそれを口へと運ぶ。
「ぉいしぃ……」
「作るのも簡単だったでしょ?」
「ぅん。でも、かき混ぜるの……大変……」
「まあ、そこは椿さんいるし」
だまになってきたところで火を止めてかき混ぜ続けるんだけど、結構、力が必要というか腕が疲れる。
椿さんがここぞとばかりに活躍してくれたおかげで、俺もミオンも見てるだけで良かったっていうオチだけど。
「戻りました。社長が『とても美味しい』とおっしゃってましたよ」
椿さんがニコニコしながら戻ってきて、一人がけソファーの方に腰掛ける。
そして、さっそく自分の分に手を伸ばす……
お昼の焼きそば、ちょっと量多かったかなって思ったけど、椿さんが綺麗に片付けてくれたし、かなり食べる方だよな。
「美味しいですね」
「ん」
「ジャム入りとかにしても美味しいですけど、甘さ控えめのにしてください」
「なるほど」
素のわらび餅に砂糖を結構ぶち込むし、イチゴとかブルーベリーとか酸っぱい方がいいはず。
ただ、椿さん、妙なアレンジとかしそうで怖いんだよな。カレー粉とか……
おやつタイムが終わり、ミオンの新しいアバター衣装でもと思ってたんだけど、椿さんがエアディスプレイに自分のタブレットを接続して、何やらごそごそと。
「すいませんが、社長から先月の収支報告をお二人にしておくよう言われておりまして」
「あ、はい。こっちこそ任せきりですいません」
「いえいえ、これは私の仕事ですので、お二人は配信に集中して貰えばと」
そして映し出される収支報告のレポート。
5月のライブで投げ銭がすごかったのはなんとなくわかってたけど、アージェンタさんが出た時のやつがやばい……
あと驚きなのが、
「再生回数からの広告収入って結構あるんすね」
「はい。最近は特に短編の再生回数が高く、広告枠も高値となっているようですね」
「は、はあ……」
短編は主にIRO内の料理動画なんだけど、そこの広告枠を食品メーカーが奪い合ってるんだとか……
「これに対し、先月の出費は……」
ミオンの服買っただけだよなと思ってたんだけど、動画編集ソフト関連のサブスクリプション支払いも計上しているらしい。
「ぃぃ?」
「あ、うん、もちろん。これって一番良いプランです?」
「はい、業務用のものですので。本社のPV作成部署にてライセンスが余っていたものを譲り受けた形になります」
余ってたって話だけど、雫さんがわざと余らせてミオンが使えるようにしてたんだろうなあ。
結構なお値段だけど、突っ込まないでおくか。というのも、
「それを含めたとしても、利益出過ぎてるのか……」
「はい。何か関連するもので欲しい物などありませんか? 例えば、最新VRHMDや
「いや、高校入る時に最新のを買ったんで……」
合格祝いってことで奮発してもらったから、スペックは十分足りてるんだよな。
他に何か欲しいものって言われても……食洗機が欲しいけど、さすがに無理がある。
「ぃす、買う?」
「あー、VRHMD用のゲーミングチェアか。確かに欲しいですけど、俺だけってのも。美姫の分を出してもらうのはまずいですよね?」
俺だけ良いゲーミングチェアにするのはちょっと。
美姫はベル部長に買ってもらう……のは申し訳ないしな。
「それは帳簿上のことですので問題ありません。会社で購入し、伊勢様のお宅に予備も含めて2台レンタルしているということにできます」
「うっ。じゃ、それで……。あ、でも、どのメーカーのどれが良いとか全然知らないんですけど」
俺が知ってるのは部室にあるやつだけ。あれもかなり良いやつで、お高いんだろうなとは思う。
「ん?」
ミオンがちょんちょんと二の腕をつついて、
「これってミオンが使ってるやつ?」
「ぅん」
見せてくれたタブレットには、有名メーカーのゲーミングチェアが。しかも、一番グレードが高いやつ。
「高……」
「普段使いするものにはお金を掛けた方がいいですよ」
と椿さんからフォローが入る。それは確かにそうなんだよな。
じいちゃんが『安物買いの銭失い』って言って、高い釣り竿買ってばーちゃんに怒られてたけど。
「えっと、一応、家に帰って美姫と相談してから決めます。勝手にってのもあれだし」
「承知しました。報告は以上になりますが、月次報告には来ていただいた時に都度ということでよろしいですか?」
「あ、はい」
と答えてしまってからミオンを見ると、ニコッと返されたので大丈夫なんだろう。
この先もまあ……月に一度は来るよな。
俺がこっちに来るばっかりってのもなんだし、ミオンをうちに呼ぶ……のは、椿さんがいれば大丈夫だよな?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます