日曜日

第220話 目標、普通

「お〜い! 来たぞ〜!」


 家の外から我が親友ナットの声が聞こえて来た。

 時間は正午前で、ちょうど昼飯を作ろうかと思ってた頃。


「お前ん家はみんな自由に出入りできるだろ。入れよ」


 玄関をあけ、門の外で待ってるナットに声をかける。

 父親同士が同級生だったとかで、柏原家とは物心ついた頃からの付き合い。なので、お互いがお互いの家に無断侵入できる設定になってるっていう。


「おう! ま、一応な」


 そう答えつつ門を開け、チャリを入れるナット。

 ほっとけばリビングに来るだろうし、放置して台所へと戻る。


「これ母ちゃんからな」


「うわ、先週ももらったのに……」


 でかいタッパーに詰め込まれてるのは、手羽先と根菜の煮物。砂糖醤油で甘辛く煮込まれてて美味いやつ。


「前のタッパー回収して来いってさ」


「ああ、すまん。美姫に持たせるの忘れてた」


 美姫は今週も奈緒ちゃんの家庭教師に。先週もらった筑前煮のタッパーを持たせないとと思ってたんだけど……


「今日は何食わしてくれるんだ?」


「焼きそばでいいだろ? まあ、座って待ってろ」


「おう。冷たいお茶もらうぞ」


 勝手知ったるなんとやらで冷蔵庫を開け、冷たい玄米茶をグラスに注ぐナット。

 そのままテーブルへと座るのを横目に料理を始める。


「昨日のライブも大盛況だったな」


「まあな。しかし……、俺とミオンのライブってそんな面白いか?」


「めちゃくちゃ面白いぞ? 俺のフレで生産メインの人らは、全員集まってワイワイ言いながら見てるし」


 なんでも、俺のライブを見ながら飲み食いするのが流行りらしい。特に大人はワイン片手にっていう……


「そういう需要か……」


「お前らしくていいじゃん」


 そう言って笑うナット。

 飯テロはうちのチャンネルの鉄板ネタになりつつあるから、それはそれでいいことなんだろう。ただ、毎回ネタ考えるのも限度があるからなあ。

 あとは、俺のスキルの使い方とか、何をどうやってあの島で楽しんでるかってあたりで盛り上がるらしい。……うん、まあ、そういうライブだもんな。


「よし。できたぞ」


「おう!」


 大皿2枚に豚肉と野菜たっぷりの塩焼きそば。

 久しぶりだし、今日の相談料ってことで、ナットの好物をたっぷりと。


「おお! うまそう!」


「あ、ちょっと待て。これ仕上げ」


 白ゴマもたっぷりとかけて完成。

 というわけで、俺も席について、


「「いただきます!」」


 うん、うまい。

 男二人、黙々と塩焼きそばを食べて……


「ん」


「ん」


 空になってたお茶を注いでやる。

 それぞれ1.5人前ずつある塩焼きそばをすっかり平らげて一息。


「ふう。ごっそさん」


「おう」


「で、相談って出雲さんのことか?」


 察しのいい親友で助かる。

 空っぽになった皿を流しに、軽く水洗いだけ。

 ついでに電気ケトルに水を入れてスイッチオン。


「コーヒーでいいよな」


「ああ」


 ドリップパックを準備して座り直す。

 ナットを見ると「早よ言え」って顔をしてて……


「ミオンが俺のこと好きなんじゃないかって……」


「今さらか!」


 椅子から腰を浮かせ、食い気味に突っ込んで来るナット。


「いやいや、結構前から『そうなんじゃないかな』って思ってはいたから」


「ホントかよ。まあ、お前だしな……」


 ナットがジト目のまま座り直す。

 ピピピという電子音が鳴ったので、それぞれのカップに置かれたドリップバッグにお湯を注ぐ俺。

 さすがにその間はナットも大人しい……


「で、相談ってなんだ? 惚気か? お前だって、出雲さんのこと好きなんだろ?」


「いや、まあ、うん……」


 改めて聞かれると、めちゃくちゃ恥ずかしい。

 正直、俺にはもったいないと思うけど、好かれてるのはめちゃくちゃ嬉しいし、なんかこう、いつの間にか向こうの親に顔合わせまで済んでて……


「さっさとくっつけ。てか、クラス全員、お前らはもうくっついてる認識だからな?」


「え?」


「いいんちょから、お前と出雲さんのことをからかったりしないようにお達しが出てんだよ」


「マジか……」


 ナットの話だと、だいぶ前からそうだったっぽい。

 あんまり周りからニヤニヤされなくなったなーって思ってたら、そういうことだったのか……


「お前が出雲さんを泣かすようなことがあったら、クラスの女子、いや、学年女子全員が敵にまわるかもな」


「勘弁してくれ……」


 笑いながらそう言うナットが、コーヒーをずずずっとやって、苦かったらしく砂糖をドバッとぶちこむ。


「てか、その程度でわざわざ相談って話じゃないんだろ?」


「ああ。なんていうか……俺とミオンの関係って、うちの親父と母さんにそっくりじゃないか?」


「そっちか……」


 ナットが理解してくれたようで、なんとも言えない困った顔をする。

 付き合いが長く、お互いの家庭がどういう感じなのかもすっかりわかってる分、この相談をできるのはナットしかない。


 うちは母さんが働いて、親父が専業主夫をしてる。それ自体は全然珍しくもないし、向き不向きの問題だから気にならない。

 が、母さんは率直に言って、母親としての能力が皆無だ。才能は全て今の仕事に向いていて、幸せな家庭を作るという能力はない。


 放任主義と言うと聞こえはいいが、悪く言えば育児放棄。

 真白姉や俺、美姫のことは大事に思ってくれてるんだろうが、子に対しての接し方が全くわからない人だから。

 そして、それを許してたのが親父だ。

 夫婦仲が悪いよりはマシなんだろうけど、母さんに甘すぎて、そのとばっちりを受けるのが子供ってどうなんだ?


「親父と同じ道を通るのは避けたい……」


「真白姉さん、中学の頃はホント荒れてたもんな」


「真白姉が荒れてたから、俺は冷静になれてた気がするよ。美姫もいたしな……」


 真白姉が親父や母さんと喧嘩してる時、美姫はずっと俺の背中に隠れてた。その時の悲しい顔は忘れられそうにない。


「けど、考えすぎじゃねえか? 少なくともライブであれだけ喋れてるんだし、おばさんみたいな感じじゃねえだろ」


「そうだと思うけど……」


「気になるってんなら、そうならないように、お前が気をつけりゃいいだろ」


「俺が、か。まあ、そうだよな……」


「なんつーか、普通を目指せ普通を。お前んちは特殊すぎんだよ、いろいろと……」


「普通……」


 俺がイメージする普通っていうと、目の前のナットんちなんだよな。

 おじさんは公務員で、おばさんはたまにパートしてるぐらいの基本的には専業主婦。

 ナットと奈緒ちゃんがいて、二人とも明るくて素直でっていう……


「俺んちは普通だな」


 ナットが笑う。


「だよな。うらやましいよ」


「何言ってんだか。母ちゃんなんか『美姫ちゃんはうちの子にしたい』っていつも言ってんぞ?」


 真白姉が荒れてたこともあったし、俺と美姫は柏原家でお世話になることも多かった。

 おばさんからしてみれば、息子と娘が一人ずつ増えたぐらいの感じなんだろうな。


「お前が美姫を嫁にすりゃそうなるぞ」


「……」


 その問いかけにそっぽを向くナット。

 もちろん、俺はその理由を知ってる。


「お前、いいかげん、いいんちょに告れよ」


「よし、格ゲーしようぜ! ボコボコにしてやんよ!」

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