第168話 少し先は意外とすぐ

 夕飯は鯖の味噌煮。

 買ってきた切り身は熱湯にさっと潜らせて、血あいをとってから煮込むのがおすすめ。

 白髪ネギ、島にあったりしないかなあ……


「できたぞ。運べ〜」


「心得た!」


 リビングで何やらタブレットで調べ物をしていた美姫が、テーブルに出来上がりを運んでいくんだけど、


「にんじん……」


「酢の物だし、レモンたっぷりかけたから」


「ふむ」


 甘苦いのが嫌ってことで一工夫。

 りんご酢とかの方がいいんだろうけど、そんなピンポイントなお酢を買うのもってことで、レモン果汁多めで。


「「いただきます」」


 うんうん、いい感じに味噌が染みた鯖が美味しい。

 ふっくらした身に、とろっとした味噌でご飯が進む。


「……」


 神妙な顔つきでにんじんサラダを一切れつまむ美姫。

 意を決してパクっと口に入れ……大丈夫そうだな。


「どうだ?」


「うむ! これならいくらでも食べれる!」


 良かった良かった。

 味噌にしても、お酢にしても、島じゃ食べられない味だからなあ。

 あ、いや、お酢はもう作れるのか? ワインビネガーってお酢だよな……


「兄上の方は最近はどういう感じなのだ?」


「ん? IROか。そうだなあ……」


 銀竜アージェンタさんのことはオフレコで。

 解錠コードの扉を開けて、主に山の上の方に行ったことを話す。

 ルピの配下になったドラブウルフたち、ムカつく猿やら、卑怯なハクビシンのモンスターなんかを。


「クリムゾンエイプは見たことがあるのう」


 鯖味噌のおかわりを要求してくる美姫に、少し温め直したそれをよそう。

 にんじんサラダも嫌がってなかったし、もう少し食べさせよう。


「ハクビシンは確か『ルーパグマ』とかだったな。口から火球撃つんだよ」


「ふむ、兄上は精霊の加護でそれを耐えたのか?」


「最初はな。でも、水の精霊に小さな盾を作ってもらって、それで受けるのが一番だな。相殺する感じ」


「ほう! 興味深いのう!」


 精霊魔法の使い方は、正直、元素魔法よりもいろいろと編み出されてるらしいんだけど、とっさにうまく使える人はあんまり多くないらしい。


「精霊の加護の件って、もう検証とかしたのか?」


「ふむ。ポリー殿に実際に発動してもらい、それをゼルド殿経由で検証勢に伝えたのでな。あとは彼らに任せれば良かろう」


「へー……」


 いまいちピンとこないけど、ゼルドさんってのは『白銀の館』の人だよな。

 そこから検証勢にってことは、細かい条件とかは丸投げなのかな。


「しかし、エルフのプレイヤーでも兄上ほど器用に精霊魔法を使っておらんのだが、何かコツはあるのか?」


「コツ? うーん、そういうのは無いと思うんだけどな」


 にんじんサラダをバクっと食べたら、ちょうど溶けてない砂糖に当たったっぽくて……


「ああ! 『フェアリーの守護者』の恩恵あるかも? あ、いや、それよりもスウィーの恩恵の方がでかい気がするな……」


「称号が何らか関係するということか?」


「いや、多分そっちじゃないと思う。スウィーって俺にくっついてるフェアリーがいるじゃん」


 お前に似た感じのって言いそうになってグッと堪える。


「ふむ。兄上の作る甘味のせいか、やたら懐いておるのう」


「スウィーってああ見えてフェアリーの女王なんだよ。だからまあ精霊魔法に詳しいんじゃないかな」


 他にもいろいろ知ってそうだけど、必要になったら教えてくれる感じ。それ以外でってのは……無理だろうなあ。


「ん?」


「はあ……。兄上のやらかしは止まるところを知らんのう……」


「何だよ、それ」


「まあ良い。他に教わった精霊魔法は無いのか?」


 他に……なんかあったかな?

 精霊の加護と今回の水の盾ぐらい? ああ、あとは水やりも見せてもらったけど、あれって上手く使えば攻撃手段になるかも。


「うん、あんまりないな。というか、他の精霊魔法スキル持ってるプレイヤーだっていろいろ考えてるんじゃないのか?」


「樹の精霊で敵モンスターを拘束するようなもの。土の精霊で足元を乱すようなもの。風の精霊で矢を逸らすようなものは見たことがあるのう」


 それなりに思いつく範囲で実用的な感じの使われ方はしてるっぽい。

 ただ、それがどうも今までのRPGっぽいイメージに固執してる部分があるのかな。


「風の精霊でかまいたちを起こそうとして、そのままスタンするプレイヤーもおる」


「そりゃまあ……難しいだろうな」


 精霊が際限なくMP使い始めるとやばいからなあ。

 俺の加護だって三種類の精霊の複合になってるせいか、あのMP回復装備ですら追いつかないわけだし。

 さらに土の精霊もお迎えしたいところだけど、精霊の加護は個別にオンオフできるようにならないかな……


「そういえば土の精霊石ってどうなった? ノームがくれたりするって聞いたけど」


「おお、それよ。ポリー殿に協力を願いたいところなのだがのう」


「あ、ごめん。いいんちょもレオナ様がしばらくインしないって聞いて、一緒に行きたいって言ってたぞ」


 ……最初に言えと怒られました。


***


「ばわっす」


「良き夜よの」


「こんばんは」


『ショウ君、セスちゃん』


 ベル部長はセス美姫を待ってくれてた感じかな。

 ミオンが何か確認してるなーって、今日は動画投稿したんだった。


「ごめんごめん。俺もチェックするよ」


『はい』


 コメントは久々の動画にテンション高めな感じで一安心。

 ただ、ライブを待ってる感じのコメントも多いし、そろそろ動画投稿は減らして、ライブを増やすとかもありなんじゃないかな。


『あと、ファンアートを頂いたので、ベル部長に設定の方法を教わってました』


「おお、見せて見せて」


『はい。ヘッダーにしていいですか?』


「もちろん」


 ルピとスウィーが戯れてる感じのファンアートなんだけど、めちゃくちゃ上手くてびっくりする。こんなのもらっていいの?


「では、兄上、行ってくるぞ」


「りょ、って……」


「ポリーさんの件はセスちゃんから聞いたわよ」


 セスからいいんちょのことの説明があった模様。

 IROへ行く二人を見送って、さて俺もって感じなんだけど、


『ショウ君、次の動画は扉の先になりますけど、どこからにしますか?』


「あー、そうか。下はちょっと避けたいし、上か真っ直ぐだけど……」


 真っ直ぐ行った先はまだ調査中って感じだし、上からが妥当な線だよな。

 ドラブウルフの家族も紹介してあげたいし。


「上からかな」


『その、次の次になるかもですが、ルピちゃんのお母さんの件はどうします?』


「あ……」


 こういうので湿っぽい話するのってどうなんだろ? ミオンもそれが悩ましくて相談してくれたんだよな……


「こんばんは〜」


「『ヤタ先生!』」


「はいー?」

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