金曜日

第98話 アンコモンとレア

「ごちそうさまでした!」


 連休初日の昼ご飯は豚こまと野菜たっぷりのソース焼きそば。

 美姫はニンジンを薄切りにしてやらないと食べないのがめんどくさい。


「お粗末様。それより美姫、真白姉はいつ帰ってくるとか連絡あったか?」


「いや、そういう話は全くないのう」


 そう言って、リンゴジュースをぷはっと飲み干す。

 うーん、飯の準備の問題とかもあるんだし、いつ帰ってくるかぐらいは連絡してくれよな。


「ひょっとして帰ってくるつもりがないとか?」


「それもわからぬ。そもそも、姉上が予定通りに行動するわけがなかろう」


 いや、そうだけどさ……あ、しまった!


「美姫。来週の水曜って空いてるか?」


「ふむ、連休中には別段予定などはないのう。同級生は皆、予備校の講習で遊ぶ相手も兄上しかおらん」


「まあ、そうか。いや、それならちょうどよかった。俺、ミオンの家に呼ばれてるから、一緒に来て欲しいんだけど」


 その言葉に目を丸くする美姫。

 驚いてるところを見るのは随分久しぶりな気がするんだけど……


「ついに『お嬢さんをください』と言いに行くのか!?」


「違うわっ!」


 そう返すとケタケタと笑い出す美姫。


「まあ、遊びに行くというのであれば、当然、我もついて行くぞ!」


「ああ、そういうことだよ。ちょっと部活についての説明はしなきゃなんだけどな」


 部活=バイトみたいな状況のせいで、ミオンの母親に会わないといけないことも伝えておく。後からばれると面倒なことになりそうだし。


「ほぉぅ〜。では、我が保護者として付き合おうではないか」


 そう言ってニヤニヤし始める美姫だが、ここで反論しても言い負かされるのがオチだ。

 さっさと話題を変えるに限る。


「そいや、昨日のライブはずっと街歩きだったのか?」


「うむ。街歩きをしつつ、今足りてない分野をアピールするのが狙いよの」


 なるほどなあ。

 ベル部長が石壁作りを手伝ったのも、そういう意図があるのか。……9割はネタなんだろうけど。


「なんとなくわかったけど、足りてない分野なんてあるのか?」


「人出が足らん程度なら良いのだがな。実は土木スキルを持つプレイヤーもNPCも見つけられておらん」


「は? 土木スキル?」


 俺なんかその存在すら知らなかったわけだし、普通のプレイヤーが取るスキルじゃないよな。


「いや、そもそも土木スキルって何を指してるんだ?」


「兄上、そんなことを言うと母上に怒られるぞ? 母上が行っておるのは、まさに土木であろうに」


「え? 母さんがやってるのは設計だろ?」


「兄上は未だ勘違いしておるようだが、母上の設計というのは紙の上に線を引く方ではないぞ? その地域一帯の開発計画という意味での設計の方だ」


「え、じゃあ、それって都市設計ってことか? ああ、滅多に帰って来れないのはそのせいなのか……」


 親がどんな仕事してるのかを勘違いしてたとかめっちゃ恥ずかしい。


「まあまあ、落ち込むことではないぞ。姉上も同じ誤解をしたままゆえな」


 そう言って笑う美姫。

 真白姉、大学生なのに誤解したままなのか。

 いや、待て。


「俺が誤解してたのって、真白姉に『なんか家の設計図とか書く人なんだろ?』って言われたからなんだが」


「そうよの。我もそれを聞いて『その程度で赴任が長く続くわけもなかろう』と思って父上に聞いたゆえな」


 くっ、俺の妹なのに頭良すぎる……

 いや、今はそういう話じゃなかった。


「まあ、それは俺がアホだからでいいよ。けど、土木ってなんだ? いや、土木工事ぐらいはわかるけど」


「まあ、大まかにいうと生活インフラ全般よの。建築というと建物になるが、土木はそれ以外全部になるのう」


「生活インフラってことは、要は道とか橋とかトンネルとかを作る技術……スキルだよな? 大工取ってる人とかが持ってるんじゃないのか?」


「それが何か前提があるらしく取れぬ状態よ」


「マジか……」


 前提が必要なのは一部のアンコモンかレア……

 しかし、土木なんて普通そうなスキルがなんでコモンスキルじゃないんだ?


「取れないのに心当たりがあるんだよな?」


「ふむ。現時点では推測に過ぎんがな」


 美姫がそう前置いた上で話してくれたのは、あのIROの世界のスキル分類は、名前だけでなく意味もちゃんと含んでいるという話。


「コモンスキルとは意味通りなら『一般的な技術』であろう。つまり、誰もが知っておる技術ということだな。ゆえに誰でも覚えられる。

 その次がアンコモンなわけだが『珍しい』もしくは『素晴らしい』という意味。

 さらに上のがレア。アンコモンより上で『希少』もしくは『最高の』という意味になろう」


「つまり、アンコやレアはあの世界でも珍しい、希少な技術だってことか」


「うむ。あの世界の一般人は知らんであろう技術、つまり、スキルであろう。稀に知っておるNPCがおったりするがな」


 ゲームによくある格付けやら排出率だけの『コモン』『アンコモン』『レア』って名前じゃないと。


「そこまで推測してるってことは、ある程度の根拠はあるんだろ?」


「うむ。我が習得しておるアンコモンスキル【貴族作法】は子爵殿から紹介いただいた先生に教わったゆえな」


「お前、何してんだよ……」


 思わずテーブルに突っ伏す俺に、得意げな顔をしているであろう美姫が笑う。

 キャラレベ10になった時のBP20のうち、4はその貴族作法のためのSPとして使ったらしい。

 なんでも、エミリー嬢の警護に必要かもしれないということで、子爵様から打診があったそうだ。


「その理屈で行くと、土木について詳しいNPCがいるかもってことか?」


「その辺りはさっぱり見当もつかぬ。むしろ、兄上のやらかしに期待しておるな」


「いや、無理だって……。それにしても、土木スキルがないのに道やら橋やらはちゃんとあるんだな」


 少なくとも俺が美姫のライブで見た王都は、綺麗な石畳の道が敷かれていた。

 橋だってPVとかに映ってた気がするし、土木工事は普通にやってると思ったんだけど。


「それらも古代文明の頃からあったものを補修して使い続けておるらしい。

 まあ、道やら橋やらは見よう見まねでなんとかなるが、地下下水道などはロストテクノロジーと化しておるようでのう。

 王都では古くからあるものを使えておるが、新しい村などでは側溝を掘る程度しかないのだ」


 うーん、それなら確かに土木スキルがアンコとかレアでも不思議ではないか……


「しかし、前提ってなんだろうな? 思い当たるのあるか?」


「土壁や石壁という存在がある元素魔法。土の精霊を使役できる精霊魔法。もしくはその両方……」


「土の精霊を使役できるエルフが元素魔法とれば満たせてそうだけどな」


「そうよのう」


 まあ、俺が土の精霊と契約できれば確かめられるか。

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