第339話●鶴本さん主催の食事会
みんな座って待っていて、ということなので、落ち着かないながらも待っていると次々と美味しそうな料理が出てくる。もしやこれも作ったのは虎岩さんなのではないかと思うもそれを聴くのは失礼なのかな、と頭をよぎり、ためらってしまう。
「中華料理をいろいろと作ってみたの。」
「これ全部、鶴本さんがお一人で!?」
「そうよ。私の手料理。宥雪さんにも少し手伝ってもらったけどね。」
「ランさんの作る料理はとても美味しいですよ。」
「さあ、食べましょうか。いただきます。」
鶴本さんの合図で食事を開始する。エビチリ、レバニラ、餃子、かに玉、麻婆豆腐、回鍋肉、青椒肉絲、棒々鶏、レタス炒飯とできたての中華料理たちを食べるが本当に美味しい!
「おいしいです!」
「良かった!うちの実家直伝の中華料理なんだけどね。割と得意な料理。」
鶴本さんのご実家は中華料理屋さんだったのか。美味しい料理でリラックスしたのか瑠乃さんが鶴本さんに質問をした。
「そういえば、鶴本さんはなんで、こちらへ引っ越しされたんですか?」
「あ、それ。説明の前にその『鶴本さん』やめましょう。女性陣には名前で呼んで欲しいのよ。」
「ええっ!?いいんですか!?」
「もちろん。そのかわり、私も女性陣は名前を呼ばせて欲しい。今のところ美愛と優璃しか名前で呼べてないのよね。」
「もちろんです!嬉しいです!」
こういうときにさっと反応するのはやっぱり彩春さん。すごいよね。女性陣が次々とOKを出している。
「みんなありがとう。私、器用じゃないから言い間違えないように芸名で呼ばせてもらうからよろしくね。そうだ。男性陣は名前で呼びあうとあらぬ誤解を生むから……。ごめんなさい。」
「いえいえ!」
「はい、わかりました!」
「二人ともありがとう。それで、ここに越してきた理由なんだけど、ここにいるみんなの仲間になりたかったの。」
「えっ!?ランさんが私たちの仲間ですか!?」
「いろいろな人から話が漏れてくるのを聴いていてね。みんながうらやましいなあって。私はこの世界、タレントには仲間っていなくて、割と一人でやってきたから。でもそろそろ仲良く出かけたり、お食事したり、そんなタレント仲間が欲しいなって。」
鶴本さんが語ってくれたところによると鶴本さんが大崎でアイドルになった頃は、いまみたいにアイドルがみんなで仲良くするような雰囲気ではなく、どちらかというとほかの事務所みたいにライバルとしてギスギスしていたそうだ。縁があって同じ事務所で切磋琢磨する関係になったのだから、といい感じにしたかったのだけど、ぽっと出のアイドルにはなかなか難しくて、トップになってからみんなの意識改革を始めて、ようやくいまのような感じになったんだとか。
「もちろん、私たちがライバルなのは間違いない。でも、ギスギスしているところからはギスギスしか生まれないのよね。ビジネスだけの仲良しって、結局見ている人には見抜かれる時代になっていくから本当に信頼し合って、お互いを尊敬し合える関係になったらきっと番組に出ていてもそうした空気を見てもらえるかなって。」
「大崎のアイドルってほかの会社のアイドルより複数人セットで呼んでもらえることが多いんですけど、やっぱりこの空気感のおかげだと思います。」
そうか、それで未亜も大崎のアイドルと一緒の番組になることが多かったんだなあ。
「宥雪さんにもだいぶ手伝ってもらったけどね。」
「私の力よりも太田さんの力ですよ。やっぱりあの人は先見の明がありましたね。」
「太田さん、ですか?」
「まずはマネージャの意識改革をって、経営陣に訴えたのってもともとは太田さんなんですよ。これからはテレビだけでなくネットも大事になる時代が来る、そうするとよりプライベートな部分も見せる必要があるけど、ビジネス上だけで仲がいいというのは、例えば一緒に遊びに行ったとかそういう話が出来なくて話題に深みが出ないからって。もちろん、行ってなくても行ったといえばよいのかもしれないけど、それは大崎の社訓である『社会に対して誠実であれ』という視点から赦されることではない。だから本当に親しくなるのはとても重要だって。」
「そうだったんですね。」
「そのおかげでいまやアイドルだけじゃなくていろいろなセクションのタレントたちがいい関係になったのよね。それで、あなたたちなの。」
「えっ、私たちですか?」
「そう。仲良くなったといってもそれはセクションの中が多いの。あなたたちはセクションの壁は関係なく親しいでしょ。太田さんからすれば、タレントの関係性の理想像として描いていた通りな訳。」
「そうなんです。」
「太田さんから聞いたことがなかったです。」
「あの人恥ずかしがり屋だからね。」
「本当ですよねー。」
太田さんの意外な一面……でもないか。けっこう照れ屋なのはよく判っていたし。
「そんなわけで、私もみんなの仲間にして欲しいなって思ったんだけど……あのね……えーと……いまからいうことを聞いても幻滅しないでね。」
何をいうのか判らないけど、顔を真っ赤にしている珍しい鶴本さんの前ではみんな頷くことしか出来なかった。
「あの、仲間、といっても年齢が少し離れているから、みんなのお姉さんみたいな存在になりたいなって……。」
えっ!鶴本さんからそんな話が出るなんて!
「私の方が年齢は上だから同年代みたいな気安さって難しいでしょ。それで、私、男兄弟の中で唯一の女、しかも末っ子だったから姉妹みたいな感じでみんなと仲良く出来るといいなって。……どうかしら?」
「ランさん!私もランさんみたいな素敵な女性がお姉さんになってくれたら嬉しいです!」
「私もです!」
彩春さんと明貴子さんが真っ先に賛同して、みんな口々に喜びの声を上げている。
「よかったわ!ありがとう!トップアイドルなんて変に付いちゃっているからみんなに顔を見合わされて嫌々OKされたりしたらどうしようって思っていたんだけどね。安心したら、なんかほっとしちゃった。」
「あの、早速なんですけど、ランさん、あとで下の温泉入りに行きませんか?」
「えっ!?」
「彩春、それいいね!せっかく仲間になったんですもん。どうですか?」
「嬉しい!いろはもへべすもありがとう!」
鶴本さんもだいぶ言葉遣いが砕けてきたね。美味しい中華料理もきれいに平らげ、みんなで食洗機に食器を入れてからいったんそれぞれの部屋に戻った。そのあと、女性陣はみんなで温泉に入りに行ったけど、大浴場にいた若手の新人タレントさんたちが突然降臨した鶴本さんに固まっていたようだ。まあ、それは仕方ないけど、これから鶴本さんも普通に温泉使いたいだろうからみんなには慣れてもらわないとね。
それにしても、鶴本さんもうちらのお姉さん的な感じで仲間になったのかあ、なんかすごいけど、嬉しいなあ。
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