第322話●のんびり過ごす一日

 珍しく未亜が20時からの定期配信以外なにも仕事のない月曜日。1限は入れていないので、2限のフランス文化・文学研究からになる。いつものように社宅の北口――館内マニュアルを何気なく見ていたら入館口にはそれぞれ正面口・北口という名前が付いていた――から紗和さんとタクシーに乗って大学へ向かう道すがら紗和さんと未亜が後部座席で話をしている。


「もう春学期もおしまいだね。」

「はやいよね。久しぶりにテストを受けるよー。」

「科目履修もテスト受けるんだ!?」

「うん、正規の単位として認められるからね。」

「そうなんだ!大学っていろいろな制度が整っているよねー。」

「本当だよね。」


 前に調べた感じだと大学で学びたい人に向けたいろいろな制度は、必ずしも全部の大学にあるわけじゃないようで、大学側のポリシーにもだいぶ依存するみたいだから結果的に俺たちの選択は紗和さんにもいい影響があったっていうことなんだろうなあ。


「そういえば、ドラマの主題歌おめでとう!」

「ありがとう!アニメ主題歌の曲はやったことがあったけど、連続ドラマの主題歌を作るのは初めてだから嬉しかった。」

「すごいよねー!」

「いつか、未亜が主演するドラマで未亜が歌う主題歌も作りたいから頑張ってね!」

「うん!頑張るよ!」


 今年はドラマ出演と主題歌を取りに行くって太田さんいっていたもんな。未亜は声優としても活躍をはじめているし、そういう未来を夢見ることが、単なる妄想ではなくて、本当に実現できそうな未来なのがいいよな。

 いつものように二人が雑談で盛り上がっているうちに大学に到着。6号館裏でタクシーを降りて、教室へと向かう。残りわずかとなったフランス文化・文学研究を受け、いつものように六号館地下ろくちかへと向かう。すっかりガラガラになってきた食堂のいつもの場所に仲間の顔が見える。


「おつかれー!」

「おつかれ!」

「私たちはもう買って来ちゃったから三人も買ってくるといいよ!」

「判った!」


 それぞれ好きな学食の店でランチを買って、席に戻ってくるともうみんな勢揃いしている。


「春学期ももうあと1か月くらいなんだよねー。」

「はやいよねー。」

「本当だよねー、朋夏ちゃん。」

「そういえば去年は今の時期だと圭司も私もまだ瑠乃や明貴子とは話したことがなかった頃だね。」

「そうだ!私は両方と知り合いだったけどね。……あれ?みんなが初めて会ったのはどこが最初だったっけ?」

「質問している朋夏が主催したディナーだよ。」

「そう、ディナー。」

ディナー?」

「あっ、磨奈に説明すると朋夏がわた……じゃない、早緑美愛のライブツアーチケットが一枚も取れなくて、デンキトファミレス食いするからみんな付き合ってって、ディナーをごちそうになったの。」

「あー、そういうこと!朋夏ちゃん、いろいろな意味ですごいね。」

「その頃は未亜がそうだって知らなかったからさー。」

「あっ、そうだったんだ。」

「去年のいまくらいは普通の友達だったよね。」

「そうだよー!いまはなんか戦友って感じ。」

「たしかに!」


 このメンバーで話をしていると本当に気楽なのはこういう所なんだろうなあ。食べながらわちゃわちゃと盛り上がっているともうすぐ7月に入るタイミングということもあって、試験の話になる。


「あと1か月くらいで試験かあー。」

「志満はなんかすごく嫌そうだね。私はひさしぶりの試験だから気合い入っているよ!」

「テスト対策もみんなで頑張りたいよね。」

「瑠乃のいうとおりだね!どこかの図書館とかかな?」

「図書館は話が出来ないからね。あっ、そうだ!みんな普通に入れるようになったから幸大くんと志満が帰りやすいように『渋谷』の会議室借りる?」

「えっ?明貴子、『御苑』とか『巣鴨』とかじゃなくて、『渋谷』?」

「うん、ほら、こんな感じで借りられるんだよ。」


 明貴子さんが出してきたタブレットにはガバボクシの会議室予約のトップページが表示されていて、「大崎ビル」「スタジオビル」「巣鴨営業所」「渋谷営業所」「関西支社」と並べられていた。いつの間に渋谷の会議室も借りられるようになっていたんだ!?


「知らなかった!」

「渋谷だとありがたいな。志満さんはどう?」

「うん、私もそれのほうが嬉しい。『巣鴨』とか『御苑』とかだとちょっと帰りが大変だからね。」

「まあ、俺がタクシーで帰るから便乗してくれればいいけど、時間がかかるのはネックだもんな。」

「『渋谷』の会議室、いいかもね。私は参加するよ!」

「彩春と同じく!」

「みんなも異論なさそうだから『渋谷』予約しちゃうね。あわせて志満の入館手続きも太田さんへ依頼しておくよ。」

「やった!みんなでテスト対策、嬉しいなあ!」

「がんばろうね!」


 みんなで予定を調整すると6月29日は午後からみんな割と予定が開けられそう、ということで、明貴子さんが予約をしてくれた。会社の会議室でテスト勉強、しかもその場所が渋谷のシアターアリーナとかなんかいいな。新しい社宅のレッスンルームは予約が取りやすいこともあって、誰かが予約を入れると呼びかけあって、一緒にレッスンしているけど、勉強会ってまた違った感じになるよね。

 それにしても一ヶ月に一回位集まってレッスンしようなんていっていたのが今月なんかは週二回のペースで来られる人が集まってレッスンしているハイペース。慧一も歌い手復帰を目指してレッスンを再開したし、もちろん紗和さんや俺も顔を出せるときは同席している。今月に入って、明貴子さんまで参加するようになったから巣鴨社宅にいるメンバーはなんだかんだで全員月に一回は一緒にレッスンしている。みんな先生たちともすっかり顔なじみになっていて、「今日のメンバーならこの辺をメインにしましょうか」なんてやってくれるのも嬉しいよね。


「6月29日は夕方から渋アリのリハ室で舞台のレッスンがあるからちょうどいいかも。」

「おおっ!」


 そうか、瑠乃さんが出演する舞台もそろそろレッスンが佳境なのか。確か8月の半ばくらいにやるっていっていたから都合を合わせてみんなで見に行きたいよなあ!


 授業が終わったあとは定期配信まで時間があるので、朋夏さんと彩春さん、未亜を伴って新宿のツノハズカメラへ向かう。前々から整備をしたいと思っていた自宅での配信環境をいよいよ整備することにしたのだ。もちろん、太田さんには事前に相談をしていて、配信専用のパソコンなどを用意することを条件に二人ともアバターの使用も含めてOKをもらっている。配信するのであれば、ということで、その道の大先輩である朋夏さんと彩春さんに相談したところ、二人とも今日なら時間が取れるということで一緒に来てもらうことになった。


「未亜は初心者だから実物見た方がいいと思ってね。」

「私は通販でもいいんじゃないっていったんだけど彩春が、ねえー。」

「えっ、なになに?」

「『未亜と久しぶりに買い物できる機会じゃない!』って。」

「あっ、朋夏だってそうだねって賛成したよね!?」

「そんな、いつでも買い物くらい一緒に行くよ!」

「「言質は取ったからね!ね、圭司くん!」」

「えっ!?俺!?制限なんてしないからいつでも行くといいよ。」

「違う違う。未亜がそういった証人、だよ。」

「ああ、そういうことか。」

「未亜、最近、本当に忙しそうだったからさー。」

「時間はあわせるからいつでも誘ってね!」

「判った!」


 二人とも未亜に配慮してくれていたんだなあ。あまり気にしないで誘ってくれればいいのにね。

 ツノハズカメラでは先達のものすごいアドバイスを元にいい感じで購入できた。新宿にないものも別の店舗にあったりして、取り寄せてもらえることになり、土曜日の夕方あたりに配送してもらえるようだ。それにしても目的に合わせた機能を持った機材調達とかそれぞれの機材の相性とかそういうのもあって、高いからいいというわけではないんだなあ。面白い。こういうのは素人にはなかなか判らないから、トップライバーの二人が薦めるならまあ間違いはないよな。

 買い物が終わったあとはそれぞれ別々の仕事へ行く二人と別れて、未亜と一緒に事務所へ向かう。打ち合わせとリハーサルを経て、定期配信も問題なく終了。今日はなかなか充実した一日だった!

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