第319話●瑠乃さんの誕生パーティー

 6月23日は瑠乃さんの誕生日。みんなの予定を合わせるのがなかなか大変なことから毎月一回まとめて開催しよう、ということになったけど、6月は瑠乃さんだけなので、6月23日を軸に今回は俺の方で調整をしたら、ロケの関係で少し遅くなる心菜ちゃん以外は全員19時から集まれる状況であることが判る。みんなに最終確認して23日にパーティーと決めたのは美愛の公式チャンネル定期配信翌日だった。


 その前日、久しぶりに「御苑」へと向かった。太田さんとの「状況確認」はなんだかんだで巣鴨に足を運ぶことの多い太田さんが社宅のミーティングルームでの打ち合わせをセットしてくれているので5月に入ってからは新宿の本社からはだいぶ遠のいていた。今回わざわざ足を運んでいるのは契約更新の条件である健保の健康診断を受けるため。7月1日が契約更新日で、基本的に自動更新になっているから書類を書く必要はないのだけど、それまでに健康診断を受けておく必要があるのだった。様々な機材のそろった健保センターに驚愕しながら、高校の健康診断とは雲泥の差がある検診を受ける。検便も提出したし、会場では体重身長測定や視力検査のほかに血液検査とか検尿とか肺のレントゲンとかもあるんだけど、社会人になるとこんな検診を基本的に毎年受けるんだなあ。結果は約1か月後に郵送されてくるそうだ。最後に受けた医師との問診では「現時点では特に問題なし」ということで、まあ問題があるなら太田さんとすぐに相談だね。


 健康診断を終えた翌日である今日は木曜日ということで、1限の日本文化表象を受講すべく、未亜と一緒に家を出るとちょうど紗和さんも家から出てくるタイミングだった。木曜日は基本的に三人で一緒にタクシーに乗って大学まで行くことにしている。


「紗和、おはよう!」

「おはよう、いつもタクシー便乗させてもらってありがとうね。」

「いえいえ!」


 実は社宅の北側にも入館口があって、その前の道路にタクシー乗降場が作られている。入居の時にもらった館内マニュアルにもしっかりと掲載されていて、なぜ行政が大崎のために整備してくれたんだ!?と疑問だったのだけど、この前、太田さんと月例の「状況報告」をした際にふと思い出して聞いてみたら、北側の道路は、社宅へ温泉を供給してくれている巣鴨温泉、その隣にある東京水泳アカデミー、染井霊園を管理している東京シティパークアソシエイション、住菱グループ創業者の墓所を管理している住菱不動産、駒込寮を所有していた大崎エージェンシーが等分で共同所有する私道なんだとか。それならタクシー乗降場を自前で整備できるなあ。

 そんなわけで、今日も北側の入館口から外へ出る。このタクシー乗降場、社宅の一階に大崎の巣鴨営業所があったり、いろいろな設備をタレントが利用しに来たり、埋まりがちな本社会議室を避けてここのミーティングルームで外部との打ち合わせをしたり、ということもあって、3台分のスペースにはだいたいいつでもフルでタクシーが止まっているので、いちいちタクシーを呼ばなくても楽に大学まで通えるようになったのはありがたい。今日も3台分きっちり止まっていたので、絶賛建替中の駒込寮を眺めながらすぐタクシーへ乗ることが出来た。


「今日は楽しみだねえ。」

「うん!毎月楽しみがあるっていいよね。」

「そうだよね。先に準備していていいんだっけ?」

「うん、私がランチの時に朋夏から鍵を預かるからね。」

「紗和、ナイス!」


 後ろで紗和さんと未亜が今日も楽しそうに話しているのを聞きながらタクシーに乗ること10分、6号館裏に無事到着した。1限日本文化表象、2限製品戦略論とこなし、いつものようにランチをみんなで食べて、英語の授業を受けてから未亜と自宅へと帰る。

 自宅へ帰ると未亜はすぐさみあんモードにチェンジして、一階へと降りていった。今日はミーティングルームで女性誌の取材がある。入居の時に部屋が広くなるんで、未亜の実家に戻していた洋服ダンスを再度こちらへ持ってきてもらったのだけど、自宅で着替えることが増えたこともあって、普段着風アイドル衣装を自宅へ置いておく場所として早速フル活躍している。社宅にそういう設備があるからおかしいことではないのだけど、またなかなか面白いなあ、と思う。今日の取材には智沙都さんが立ち会うそうで、終わり次第、夏に渋アリで開催される大崎エンタテインメント主催の舞台レッスンをしている瑠乃さんを迎えに行くのだとか。タレント業って休みがあってないようなもんだけど、それを支えるマネージャさんもなかなかハードだよね。


 パーティー用の料理を作りつつ、一緒に「雨東さん家のご飯」のラフ原稿を書き進め、料理の写真も撮影してしまう。今回撮影しているのは、実は11月くらいに予定している「彼女に振る舞うクリスマスパーティー用料理」というテーマの原稿。三鬼さんと話して、11月と12月の連載はほぼこれで行こうということになった。もちろん、前回も前々回も作った料理は全部撮影して原稿をまとめてある。三鬼さんによると連載の読者層は男女比がほぼ半々程度だそうで、こうした連載で男性の購読率が高いのは珍しいとのこと。「それだけ先生のレシピが男性にも作りやすい感じになっている、ということですね。」という感想をいただき、さらに「そうした男性読者の要望として、クリスマスに彼女へ手料理を振る舞いたいというのがけっこう来ているんですよ。」というところから「彼女に振る舞うクリスマスパーティー用料理」という流れの連載を2か月くらいすることになったのだ。俺が未亜にそうしているように世の中の男性が最愛の人へ振る舞う料理作りの一助となっているなら本当に嬉しいよね。


 料理も原稿も撮影もほぼ終わったのが18時少し前。そのタイミングで取材を終えた未亜も帰ってきた。未亜はすぐ通常モードになり、この前、ツノハズオンラインで見つけて思わず買ってしまったアルミ出前箱、通称「おかもち」へ料理をいれて901へと足を運ぶ。既にみんなそろっていて、持ち寄った料理を並べたりしていた。


「えっ、なにそれ!?」

「それって、おかもちだよね!?」

「実家が出前で使っているけど、それ以外で見たのは初めてだよ!圭司くん、それどうしたの?」

「料理を持ってくることが増えたから出前のおかもちがあったら便利だよなあ、と思って、ツノハズオンラインで検索したら売ってたから思わず買っちゃったんだ。」

「普通に買えるんだ!?」


 みんな珍しいものだから興味深げに見ていると構造について磨奈さんが説明してくれる。確かにそば屋さんには必須アイテムだから詳しいよね。説明を受けていたら、突然明貴子さんが「私も買う!」と宣言してその場でおかもちを買っていたのは笑ってしまった。


 19時少し前に桜新町に住んでいるメンバーが駆けつけ、おかもちについて磨奈さんが再び解説をしているタイミングで無事今日の主役である瑠乃さんも到着して、パーティーが始まる。


「瑠乃誕生日おめでとう!かんぱーい!」


 紗和さんの発声でパーティーはスタートする。バースディパーティが始まって3回目だけど、仲間として楽しく会話が出来るのももちろん、ここでもらえた何気ない感想がせまじょとかヤン聖とか雨東さん家のご飯とかに生きているので作家業としても役に立っている。これはお互いにそれぞれの作品や配信が大好きで熱心に読んでいるからこそ。それに加えて、さっきのおかもちの話なんかは、そば屋さんならではの説明なんかもあって、世界観は違うけど、似たようなものを物語に登場させるときにはとても参考となる話だった。ちょっとしたきっかけでみんなが惜しげもなく自分の知っていることを教えてくれるのは本当にありがたいよね。ものすごい貴重な交流の場になっているなあ、と痛感する。

 みんな忙しくなってきているから毎月は難しい場合も出てくるかもしれないけど、できるだけ続けていきたいよな。

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