第六部 友達のために

幕間◇業界最前線第37回:芸能プロダクション - 西洋経済新報

 業界最前線

 第37回:芸能プロダクション


 ホットな業界の現状を解説する本連載、新年度最初となる今回は芸能プロダクションと芸能界に関してお伝えする。



 企業情報開示法という黒船


 約10年前に国会で成立した「国および地方公共団体等の事業に関与できる民間企業の企業内容等開示水準に関する法律」(企業情報開示法)および「改正会計法」「改正地方自治法」「改正会社法」によって、政府や地方公共団体の実施する事業への入札資格の更新では、非上場であっても企業情報開示法に定める水準での情報開示や各種監査報告書の提出が求められることとなった。これは公共性の強い事業に関わる企業のあり方を大きく揺らがすこととなり、様々な業界で企業情報の開示への取組が始まった。


 そうした状況の中、約8年前に日本中を巻き込んで大きな話題となったうい(旧名南畝怜生)の独立騒動以降、芸能プロダクションが芸能人をどう扱っているのかという点に対する社会の厳しい目が注がれるようになる。さらに3年前に世間を大きく揺らがせた葦末興業所属芸能人による闇営業問題によって、芸能プロダクションのコンプライアンスに対する社会的な注目が高まる。それとほぼ同じタイミングで芸能関係だけでなく、多重下請けやプラットフォームビジネスの中抜き問題など、企業コンプライアンスに関する様々な問題が生じた。


 一連の企業倫理に関する問題に対する世論の高まりを受け、一昨年企業情報開示法が改正され、監査法人等による外部監査の対象が財務諸表だけでなく、請負契約や業務委託契約の締結および履行状況、個別契約書の内容、下請代金支払遅延等防止法への準拠状況、反社会的勢力に対する内部統制システムの有効性なども加わることになった。加えて、本改正では、各種法的規制を受ける公共性の強い企業・団体に対して、本法律の規定を自社発注取引においても適用するように求める努力義務(罰則なし)が定められており、独立行政法人や公共団体のみならず、免許事業である放送局、携帯通信キャリア、鉄道会社など、幅広い業種に改正企業情報開示法の網がかかることになっている。努力義務規定自体は10年の準備期間を経て、適用されることになっているため、まだ7年ほど余裕はあるものの将来的には確実に対応が求められているのも事実である。



 寡占化と専門化という真逆の潮流


 様々な業界に波紋を呼んでいる企業情報開示法だが、芸能プロダクションに与えた影響も大きいものがあった。

 まず、芸能界を牽引しているミゾプロ、パブキングプロダクション、大崎エージェンジー、ムーントレジャープロモーション、渡場プロダクションの所謂五大総合芸能事務所は、既に改正企業情報開示法への対応を完了させていることを明らかにしている。また、シャイニーズカンパニー、鶴亀芸能、赤五プロダクション、キャットプロモーション、90プロデュース、クジゴジ、エナメルライブ、企業情報開示法改正の引き金になった葦末興業なども順次対応を進めているため、大手・準大手芸能プロダクションに所属する芸能人は、引き続き問題なく各種メディアなどへ出演できる見込みとなっている。なお、本対応を実施したことで社内体制が整ったことから五大総合芸能事務所が東京株式取引所への上場を検討しはじめる(大崎エージェンシーのみ東京株式取引所プレミアム市場へ上場済み)という副産物も生じている。


 対応が進んでいる大手・準大手に対して、問題となっているのが中堅プロダクション。法律の求める水準への対応が困難という判断に至ったプロダクションなどでは、大手・準大手芸能プロダクションへの合流を模索する動きも出ている。例えば、中堅総合プロダクションの一角として名高かったハイタイムハートコーポレーションがパブキング、コスプレイヤー専門であったアキバレイヤープロセスがミゾプロとそれぞれ資本提携を行い、子会社化された。MeTuber・バーチャルライバーを抱えていたリアリズム&バーチャリズムコミュニケーションに至っては、大崎の子会社となったあと、社名変更を経て既に大崎本体と統合されている。このように東京に本社を置く芸能プロダクションは既に様々な動きが出始めており、今後は地方のローカルプロダクションにも動きが出てくるものと考えられる。実際、昨年だけでも札幌のスノーホワイトエンターテイメントと広島のオイスターエンゲージメントがムーントレジャー、新潟の朱鷺芸能がミゾプロ、名古屋の名芸興行と福岡の天神中洲プロモーションが大崎と資本業務提携を行っている。さらに今年に入って京都の祇園芸妓芸能が渡場の傘下となった。今年も中堅総合プロダクションや中堅ローカルプロダクションが大手・準大手へ統合されていく動きを見せると考えられる。


 一方で、中小企業保護ならびにスタートアップ支援の観点から芸能プロダクションなどのサービス業では「常時使用する従業員」が30名以下の小規模企業者には企業情報開示法は適用されない。企業情報開示法上の「常時使用する従業員」のカウントは、あくまで正社員など「雇用されている労働者」が対象であり、専属マネジメント契約など「雇用」されているわけではない所属芸能人はカウントの対象外であることを利用して、マネージャーや所属している芸能人をジャンルごとに会社分割などで切り分け、複数の事務所を傘下に持つホールディングス形態へ衣替えすることで、ホールディングス化した企業以外の個別傘下企業を改正企業情報開示法対象外となる小規模企業者へ転換する動きがある。例えば、日本芸能興行は、各事業部を「日芸興音楽マネージメント」「日芸興俳優マネージメント」「日芸興演芸マネージメント」「日芸興配信マネージメント」へ分割した上で日本芸能興行の管理部門を「日本芸能興行ホールディングス」とする対処を行った。こうしたホールディングス形態へ転換した小規模プロダクションはより専門性が高くなることから大手には所属しづらい能力などを持った芸能人が集まりはじめており、結果として魅力が増すこととなっている。会社分割に耐えられる体力があり、一定数の所属人数のいるプロダクシヨンは分割化という方向性を模索していくものと考えられる。



 所属芸能人への福利厚生が当たり前に


 こうしたコンプライアンスがらみの動きのほかにもう一つ大きな潮流として所属芸能人の争奪戦が上げられる。これまでは、芸能人の出演メディアはテレビやラジオ、舞台など、限定的かつマスを対象としたものが多く、芸能プロダクションとしては広く老若男女に愛される芸能人を所属させた上で、様々なジャンルごとに展開していくことでマネージメントは完結していた。

 しかし、SNSが当たり前のメディアとなり、動画共有サイトとライブ配信サイトが急速に普及したここ5年の状況はこうしたマネージメント手法を大きく変えることになった。所謂「歌い手」や「実況主」など、芸能プロダクションに所属しなくても芸能人のように振る舞える存在が一般化してきているためだ。また、メディアやプロモーションにおいて必要とされる芸能人の幅は、従来のようにマスへ広くアプローチする人材のほかに内容によってはニッチなジャンルに訴えかける人材も求められており、芸能プロダクションではこれまで以上に幅広い芸能人をそろえる必要が出てきている。

 加えて、マスをターゲットにした芸能人であっても配信などで広くファン層を獲得しなければならない状況が生じてきており、個々の芸能人の魅力をお互いに引き出し合えるコラボレーション配信の重要性が高まっているが、これを進めるにも幅広い人材が必要となる。クジゴジやエナメルライブがライバー専門事務所の中でも抜きん出た存在になったのは、初期段階から多種多様なバーチャルライバーを所属させていたことが大きく、特に個人としてはそれほどチャンネル登録数が伸びていなくても他の人の魅力を引き出せるバーチャルライバーや専門性の極めて高いバーチャルライバーであればそのまま所属を認めている点は、いまに来てかなり優位な状況を生み出している。世界初のバーチャルライバー専門芸能プロダクションとして誕生、ホダシコイの所属先であったことから当初は独走状態であったVVVFがチャンネル登録数を元にした契約解除を続けたことで、とがった人材や間をつなぐ人材を失うことになり、多様性を欠いた結果、クジゴジやエナメルライブの後塵を拝している状況になったのは、その好例といえる。

 この流れは大手芸能プロダクションも同様となっており、特に五大総合芸能事務所などの大手芸能事務所は、多種多様な人材を集めるためにレッスンの無償化や配信機材の貸与、所属タレント寮の拡充など、様々な形で所属芸能人に対する福利厚生を厚くし始めている。直近では、渡場が東京都江東区有明にトレーニング施設や最上階専用ラウンジなどを備えた35階建ての所属芸能人専用社宅を竣工したことが話題になった。ほかにもミゾプロが東京都世田谷区、鶴亀芸能が大阪市港区、ムーントレジャーが東京都大田区にそれぞれ所属芸能人向け高層社宅の建設を発表、赤五プロダクションに至っては創業の地である港区赤坂五丁目に所在する本社ビルを取り壊し、所属マネージャーも居住可能な高層社宅併設本社ビルを建設中など、同様の動きが広がっている。

 芸能人側も福利厚生を重視する向きが増えており、大手芸能プロダクション等への移籍発表が相次いでいる。ライスターコミュニケーションの社名の由来であり、長らく同社のメインシンガーグループとして活躍していたザ・ライスターが福利厚生の拡充を求めて渡場へ移籍したのはその代表的な事例といえる。



 収益の拡大を模索する五大総合芸能事務所


 以上のような状況もあり、各芸能プロダクションの利益率はここ数年悪化している。そこで新しい収益源の確保が課題となっており、五大総合芸能事務所を中心に歌い手や踊り手、ボカキャラP、コスプレイヤーといったここ数年でマネージメント領域に入ってきた人材の確保を急ぐ動きが出ている。歌い手として著名なマスケイが今年の1月から大崎の所属になったことはその好例といえる。さらに昨年11月に大崎へ所属した恋愛小説家・朱鷺野澄華や今年2月にパブキングへ所属した推理小説家・青山大朗に代表されるようにこれまではマネージメントの対象としていなかった、作家、イラストレーター、漫画家などへ業務拡大を図る動きも出ている。

 こうしたマネージメント領域の拡大に加えて、大手芸能プロダクションは新たな収益源を求めて、マネージメント周辺領域以外のジャンルへの進出を急速に進めている。例えば、ミゾプロは、約7年前に「ラブバンド!」という男性向け2.5次元メディアミックスプロジェクトのドラマー役として小橋彩花が採用されたのをきっかけに主幹事会社の一社として「ラブバンド!」への関与を深めていたが、昨年にはミゾプロ自らがミナコデジタルエンタテインメントをパートナーに「アナザーアイドル」という女性向け2.5次元メディアミックスプロジェクトを立ち上げた。ゲームアプリのダウンロード数は半年で50万を超え、ゲームの売り上げ自体が順調に推移しているだけでなく、今年2月に開催された1stライブはいきなり所沢ドームでの開催であったにもかかわらず超満員、さらに配信でも8万人が同時視聴するなど、リアルイベントに関しても幸先の良いスタートを切っている。

 また、大崎はライブ会場不足が今後も続くことを見据えて、各地の再開発事業への参画という形態を通じて、35年前に一度撤退した劇場ホール事業へ再参入しており、既に渋谷シアターアリーナ(東京都渋谷区、通称渋アリ)がオープンしている。渋アリは特に音楽ライブ業界での評判が高く、日本有数の規模を誇るアイドルフェスである「IDOL Performance EXPO」(IPE実行委員会主催)が神奈川アリーナから、ゲーム・アニメソングメインの音楽フェスである「ゲーアニサマーフェス」(ゲーサマフェスプロジェクト実行委員会主催)が与野ウルトラアリーナから、それぞれ今年以降の開催を渋アリへ会場変更すると発表している。さらに渋アリはトップバーチャルライバーである日向夏へべすと西陣つむぎ(CV岡里いろは)が監修したバーチャルライブ対応設備を常設しているということで、これまで千葉美浜メッセで開催していた「バーチャルライバーフェス」(ドニャンコ主催)が今年から渋アリでの開催になると発表するなど、バーチャルライブの引き合いも多くなっており、既に予約が取りづらい施設となっている。大崎では、今年オープンする扇町中央公園アリーナ(仮称・大阪府大阪市)、錦中央アリーナ(仮称・愛知県名古屋市)、博多千代アリーナ(仮称・福岡県福岡市)の3施設に渋アリを加えた4アリーナを核に中小規模のアリーナ型ホールを全国へ展開していく「大崎シアターアリーナ構想」を昨年の株主総会で発表していることから今後もオープンが続いていくものと思われる。

 ユニークなところでは、キャットプロモーションが旅行会社を持つ中堅ホテルチェーンとして知られるビューホテルグループを買収、全国各地に所在するビューホテルを拠点に著名所属声優が添乗員となって案内する観光ツアー企画の主催をはじめている。これまでに販売されたツアーは平日にもかかわらずほぼ即時完売という好評ぶりで、今後は自らが主幹事社として参加しているアニメーションなどの聖地巡礼ツアーも企画するとのことだ。

 ほかにもムーントレジャーはボイストレーニングスクール事業、渡場はダンススクール事業、パブキングは少人数ライブ配信用のライブ配信スタジオ事業など、それぞれの強みを活かした多角化を進めている。



 今回は芸能プロダクションの現状を見てきたが、方向性や規模の違いはあれど、どのプロダクションも抱える課題となっていることから今後の方向性はしばらく現状の延長で進むものと考えられる。全体としては成長産業であることは間違いなく、今後の展開が楽しみである。


(西洋経済編集部・漸田淳人)

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