第282話●大切なひと

 少し早めに目が覚めると腕の中で未亜が熟睡している。

 未亜がお手洗いに立ったタイミングで、あらかじめ買っておいたスキンを枕の下へ忍ばせておく所までは予定通りだったのにいざ食事を終えて戻ってくるとなんかけっこうガチガチになって、ここからどうそういう雰囲気に持っていったらいいか判らなくなってしまった。何かきっかけを作ろうと気合いを入れて「一緒に露天に入ろっか」と一声掛けてみれば、気持ちが落ち着き、あとは割とスムーズにいった箱根の夜。

 事が済んだあと、未亜はちょっと痛そうにしていたけど、涙ぐんだ笑顔で「一つになれて本当に嬉しい、お互い少しずつ慣れていこうね」といわれてしまうとフィアンセとしては、愛しさが募るもので、これからも未亜のことを大切にしていきたい、と思いを新たにした。


 今日は未亜の身体のことも考えて、元々11時のチェックアウト時間ギリギリに出る予定だったので、モーニングの締め切り直前まで部屋にいた。未亜が洗面台でメイクをしているときに布団をそっとめくってみたけど特に赤い印のようなものはなかったから、なんとか優しく出来たんだろうな。

 朝ご飯を食べて、11時少し前にチェックアウトすると今日は俺の運転で帰路につく。今朝から未亜の歩き方が少し変な感じなので、体調に問題があるのかと尋ねる。


「うんとね、なんかまだ入っている感じがするんだ。それでね。」

「そんな感じになるんだね。痛みとかは大丈夫?」

「今朝起きたときにはもうなかったよ。違和感があるだけかな。」

「調子が悪くなったらすぐに教えてね。」

「うん、ありがとう!圭司はやっぱり優しいね。」

「そうかなあ、当たり前のことだと思うけど。」

「高校の時に友達で経験済みの子とかそれなりにいたけど、初めてしたあと、全然気を使ってもらえなかった、とか結構聴いたからね。当たり前じゃないのです!」

「そか。それは単にやりたかっただけなんだろうなあ。」

「多分そうだったんだろうね。毎日のようにしたがる彼氏とかの話も良く聴いたなあ。」

「それはなんか嫌だな。」

「でも、圭司とはちゃんと気持ちがつながっているから、私は毎日でも問題ないよ。回数しているうちに少しずつ良くなっていくって聞いたことがあるし。」

「そうだな、未亜にもちゃんと良くなって欲しいから少しずつ無理のない範囲で。」

「うん!」


 宮ノ下の交差点で左に曲がって、一路北へ向かって進んでいく。


「あれ?帰りはこっちなの?」

「この先にガラス彫刻美術館っていうのがあってね。好きな絵柄を入れてマイグラスが作れるサンドブラスト体験っていうのを申し込んでおいたんだ。」

「それいいね!そうしたらさ、お互いが選んだ絵柄を交換して作るのはどうかな?」

「ああ、それいいな。俺は未亜が使うグラスを未亜が選んだ絵柄で作る感じだね。」

「そういうこと!」


 未亜はこういうときにぱっとナイスアイデアを出してくれるよね。そこまでは思いつかなかったから嬉しいなあ。

 ガラス彫刻美術館は宮ノ下からすぐそば、あっという間に着いたので、まずは美術館に併設されたレストランでランチを食べてしまう。食べ終わって、園内を散策しているといい時間になったので、体験工房へ向かう。13時からの回は俺たち二人しかいなかったので、手取り足取り細かく教えていただき、俺は未亜の選んださくら、未亜は俺の選んだクローバーの絵柄をそれぞれいい感じに彫刻することが出来た。

 きれいに包んでくれたグラスを大事そうに抱えた未亜と一緒に美術館をのんびり見て回る。歩き方が普通になったからもう違和感はなくなったのかも。16時過ぎまでゆっくり見て回り、御殿場インターチェンジから東名と首都高を使って自宅まで無事にたどり着いた。

 出前を取って食べて、お互い疲れているから今日は早寝をしようと思っていたのだけど、車の中であんな話をしたせいか、一緒にお風呂に入っていたらお互いなんかスイッチが入ってしまって、そのままベッドで……。未亜はまだ気持ちいいという感じではないもののもう痛みはなかったみたいで良かった。1回事を済ませてしまったので、お互いスイッチが入りやすくなっちゃったのかも。まあ、フィアンセだし、二人ともスイッチが入ったんなら自重する必要はないと思うけどね。


 完全オフ最終日、二人とも裸のまま寝てしまっていたので、起きると同時に二人でシャワーを浴びてしまう。モーニングを食べていたら二人同時にスマホの通知が光った。


「なんだろうね?」

「……あっ、紗和が科目履修合格したって!」

「おおっ、良かった。」

「紗和、札幌の実家に帰っていたんだね。それで確認が遅くなったって書いてある。」

「4月から新しい生活がまた始まるからかもな。」

「きっとそうだね。それにしても4月からは紗和と一緒にみんなで大学通えるんだなあ、なんか嬉しいね。」

「ほんとだよな。」


 モーニングを食べ終わり、コーヒーを入れて、二人でソファーに座る。今日は撮りためられてみていなかった未亜の出演番組を見ることにしているんだけど、かなりの本数あるなあ。所々飛ばしながら見るしかないかも。

 かなり飛ばしながら、途中軽めにランチを食べ、だいたい確認が終わったところで、17時少し前になった。今日は久しぶりに未亜が料理をする、ということで二人でスーパーまで買い物へ行く。最近野菜の値上がりがすごいのだけど、久しぶりにタマネギとジャガイモ、にんじんが一個95円で出ていたのとタイムセールで豚もも肉の角切りが安くなっていたので、未亜はホワイトシチューを作ることにしたみたい。


「実家にいた頃は得意料理だったんだよ!」

「そうだったんだね。」

「楽しみにしていてね!」

「うん、楽しみにしているよ!」


 未亜が作ってくれたホワイトシチューは、俺が作るよりクリーミーでさらに濃厚だった。


「なんかクリーミーなのに濃厚だね。」

「これは牛乳のほかに生クリームと粉チーズを混ぜているんだよ。」

「それで生クリームも買っていたのか!」

「うん、シチューにしようって思いついたから、それなら実家で作っていたときと同じにしようって考えてね。」

「なるほどなあ。今度作り方教えてね。」

「いいよ!もし連載が単行本化されることになったら、このレシピ使ってもいいからね。」

「うん、そうさせてもらうかも。ありがとう!」

「どういたしまして!」


 毎日が本当に充実している。もうすぐ新学年だけど、あらためて、また一つ先へ進めたっていう感じだ。

 大切な婚約者ひとと二人で、そして親友たちとみんなで、一歩一歩進んでいこう!

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