第266話○藝秋砲をあびる!?

 ライブのレッスンの合間を縫って雑誌の取材などもある。今日は3月8日火曜日で、紗和が科目履修生の出願をする日だけど、私は藝秋砲で有名な週刊藝秋しゅうかんげいしゅうさんの取材ということで別の意味でちょっと緊張する。とはいえ、太田さんも立ち会ってくれるから変なことにはならないよね。


 午前中は事務所で自主レッスンをして、さみあんモードになった上で、太田さんと一緒に紀尾井町にある藝学秋日げいがくしゅうじつ社さんの本社に着いたのは13時。太田さんが受付をしてくれて、3階の会議室へ案内される。しばらくして入ってきたのは、風格のある鋭い目線の男性だった。


「早緑さん、はじめまして。週刊藝秋の矢島と申します。」

「早緑美愛です。よろしくお願いいたします。」

「まあ、そんなに硬くならずに。」

「すみません、緊張してしまっていて。」

「週刊藝秋っていうだけでなんか最近そんな感じになる方も多いんですよ。」

「そうなんですね。」

「『藝秋砲』とか呼ばれるのも善し悪しですよね。」

「もはや代名詞ですよね。」

「そうなんですけど、なかなか。あ、マネージャーさん、それじゃあ、早速始めさせていただいてもよろしいでしょうか?」

「はい、大丈夫です。私は早緑の隣にいてもよろしいですか?」

「もちろん大丈夫です。」

「ありがとうございます。じゃあ、お願いします。」

「では、インタビューさせていただきますね。」


 矢島さんは、私のデビューのきっかけから順番に質問をしていく。とても丁寧で変な質問もなく、合いの手も入れてくれて、とても話しやすい記者さんだ。アイドル活動の話題から例の会見へと話題が変わっていく。多分これがメインで聞きたかったことだよね。


「前の会見で話されていたことを踏まえると早緑さんと雨東さんはお互いの信頼関係がすごく高いと感じているのですが、いかがですか?」

「そうですね。」

「やっぱりマツノキの一件をお二人で乗り越えたのが大きいですか?」

「うーん、あれもあるとは思うんですが……。」

「というと?」

「彼の身辺で辛い出来事が起きる前の話になりますがよろしいですか?」

「もちろんです。」

「ありがとうございます。一連のトラブルが起きる前に私のライブツアーがありました。本当は特に問題なくスムーズに行くはずだったんですけど、雨東さんとの交際発表で急にお仕事をたくさんいただくことになったタイミングと重なってしまって、本当に忙しかったんです。」

「なるほど。」

「その上、千秋楽公演の会場も変更になってしまって、朝早く家を出て日付が変わる頃に帰るというハードスケジュールになりまして。」

「それは厳しい。」

「はい……。その時に彼は私から何かをお願いしなくても先回りして色々なことをしてくれて。」

「それはすごいですね。」

「彼のしてくれたことに本当に助けられたんです。今思えば、過去の出来事があったせいで、顔色や様子をうかがって、先回りしちゃう癖があったからの立ち回りだったのだろうと思うんですけど、当時はもちろんそんな過去のことは知りませんでした。」

「そうするとマツノキの件で早緑さんがあそこまで立ち回られたのは、その恩返しという感じですか?」

「いや、恩返しなんてたいそうなことではなく、彼の過去に私は助けられたので、その過去も含めて、全てを受け入れて、一緒に歩んでいきたい。あの事件の時、そう思ったんです。」

「なるほど、その気持ちがそれがあの日本芸能史に残るであろう会見につながったわけですね。」

「えっ!?」

「あの会見は間違いなく芸能記者会見の理想として語り継がれます。だから記者がオールスタンディングで拍手をしたんですよ。」

「私としては、そんなすごいことをしたつもりはないんです。私はあのとき、彼の本当の姿と私の率直な気持ちを知ってほしかっただけなんです。」

「なるほど。……早緑さんはすごいですね。」

「そうでしょうか?」

「ええ。あんな理不尽な状況、怒りや嘆きを前面に出す人がほとんどですから。」

「もちろんあの時、怒りや嘆きがなかったかといえばそんなことはないです。でも、起きてしまったことを怒ったり嘆いたりしても見ていらっしゃる多くの方は何もわからないですから。それなら自分の気持ちや彼のいまを飾ることなく率直に語ろう、そう思ったんです。」

「ありがとうございます。取材はここまでです。ここからは私も本日の感想を率直に申し上げます。あの会見もそうでしたが、人のことを批判せず、それでいて自分の意見をしっかりと前向きに答えられる方は本当に少ないんです。」

「そうなんですね。」

「早緑さんのすごさはそこにあると思います。ぜひ自信を持って下さい。これまでたくさんのタレントさんを取材してきましたけど、今日は年に一回あるかないかのいい取材が出来ました。ありがとうございました。」

「こちらこそありがとうございました!」


 太田さんは一度もストップをかけなかったからきっと問題なかったんだろうな。そう思いながら藝学秋日社さんをあとにした。


 翌週の木曜日、3月17日に発売された週刊藝秋は、私の語ったことをストレートに掲載してくれた。その内容は各所で大きな話題となり、圭司は読んだあと顔を真っ赤にするくらい照れた表情を見せてくれた!さらに朋夏をはじめとする親友たちからは大絶賛された。そして、太田さんと華菜恵が「せっかく落ち着きはじめていたのに!」と嘆くくらい、お問い合わせや出演依頼が増えた。藝秋砲でもこういうことならありだよね!

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