第226話●あっけない幕引き
交際発表も終わり、いよいよこれからが一番危ないタイミング、ということで、マンション周辺には警備員さんが増員された。万が一に備えたルートの確認もカバボクシのメッセージで来ており、ここからしばらくの間は緊張感を持って対応しないといけないな。
朋夏さんが寝室に置いている家具や荷物、リビングの食器棚とかテーブルとかは、安比旅行へ行っている間に1803から1701へ移動させることになったので、同棲の準備も準備が整った感じ。
検討すべきことが一段落して、あとは収録だけとなったこともあって、すっかり雑談部屋となった楽曲制作用Tlackでこんな話が出た。
日向夏へべす 23:18
これで堂々と同棲出来るよ。
岡里いろは 23:18
そういえば1803で寝室に使っていた部屋ってどうするの?
マスケイ 23:19
実家に置いてある収録用機材を持ってきて、歌ってみたの収録スペースにさせてもらうんだ。1803の鍵ももらったからね。
柊瑠乃 23:19
マスケイさんの収録機材とか見てみたいな!
マスケイ 23:19
日向夏さん、いいよね?
日向夏へべす 23:20
もちろん!マスケイさんがいいなら収録しちゃってもいいかもよ!
柊瑠乃 23:19
やった!太田さんに今度そういう活動してもいいのか聞いてみる!
1803は配信・収録部屋として二人が使うだけでなく、リビングへ6人用テーブルを2つ置いて、最大14人で食事会ができるようにしてくれるそうだ。朋夏さんもすごいなあ。
交際発表翌日、17時を過ぎて、そろそろスーパーへ買い物に行くタイミングかな、と思っていたら、今日は早めにバイトを終えて家に帰っていた慧一が楽曲制作用Tlackにメッセージを飛ばしてきた。
マスケイ 17:03
テレビのリモコンに使う電池が切れた。誰か近くのコンビニかスーパーまで一緒に買いに行ってほしい。
雨東晴西 17:03
買ってこようか?
マスケイ 17:03
いや、ずっと引きこもっているわけにも行かないから。
雨東晴西 17:04
確かにそうだな、それならちょうど買い物に行くから一緒に行くか。
マスケイ 17:04
悪い!助かる!
地下一階で待ち合わせをして、すっかり仲間内ではその名称が市民権を得た「勝手口」から一緒に外へ出る。勝手口の扉から外へを出て右へ向かうと右手に見えてくるのが隣のマンションで、その一階にあるのが、内見をしたときに太田さんから説明を受けた「勝手口」を監視している警備員室。今日も大崎の警備員さんが5人ほど待機してくれているのが見える。
「付き合ってもらっちゃって悪いな。」
「いや、仕方ないよ。」
スーパーで買い物を終えて、隣のマンションの警備員室に警備員さんがいることを左手に確認しながら勝手口まで戻ってくると突然叫び声が聞こえた。
「私を裏切るなんて!許さない!」
「マスケイさん、危ない!」
ビックリして、声がした前の方を見るとものすごい勢いで何やらわめきながら走ってくる女の人がいた。
「警備員室へ!」
俺は思わず慧一の肩を叩いて叫ぶ。
一瞬動きのとれなかった慧一はそれで意識を取り戻し、すぐ左に向きを変え、走ってくる女の人から逃げる形で、隣のマンションにある警備員室へ向かおうとした瞬間。
「おまえがマスケイさんのストーカーかー!」
というものすごい叫び声が今度はまた別の方から聞こえて、その女性に対して体当たりをする。二人がもみ合いになっているところに最初に叫んだ女性が
「なにいってんだ!おまえらが二人ともストーカーだろう!」
と叫んで、さらにもみ合いになる。そこへ騒ぎに気がついた警備員さんたちがやってきて、三人を引き離し取り押さえる。
「いまだ、中に入るぞ!」
俺は慧一の耳元でそう小声で話をすると慧一は、あらためて隣のマンションにある警備員室へ走っていった。隣のマンションにある警備員室は、大崎のマンション1階にある警備員室へ連絡通路でつながっているのだ。三人が取り押さえられたままであることを確認した俺はあとからついていって、大崎のマンション1階にある警備員室で慧一と合流。18階まで上がっている最中に朋夏さんへTlackでDMをして、1803へ慧一をかくまってもらう。俺の方はそのまま1801へ入って、楽曲制作用のTlackへ「マスケイさんが襲われそうになったものの警備員がストーカー3人を取り押さえた」ことを送り、同時に俺からは太田さんへ事務所TlackでDMを送る。楽曲制作用Tlackでの返信によると大石さんへは幸大、沢辺さんへは朋夏さんがそれぞれTlackのDMを送ってくれたようだ。30分後くらいに警備員室からインターホンへ三人をそのまま警察に引き渡した、という連絡が来たので警戒を解くことが出来た。
帰ってきた未亜に顛末を話していると太田さんから俺に警察が事情を聞きたいといっているという連絡が入った。三人を取り押さえた警備員さんたちへ警察から話があり、巡り巡って、太田さんまで行き着いたようだ。慧一にも行っているそうで、明日、顧問弁護士さんと一緒に行きたい旨を伝えてもらった。
翌日朝、マンションまで迎えに来てくれた沢辺さんの車に二人で同乗して小石川警察署を訪問する。警察署の前で弁護士さん二人と合流して慧一とは別の部屋で状況の説明をする。特に詳しくいろいろなことを知っているわけではないので当日の事実関係のみ説明をしておしまい。俺のほうについてくれた弁護士さんは廊下で待機してくれていたので、そのまま合流する。事情を聞かれた刑事さんから会議室へ案内されたので会議室で慧一を待つ。慧一の方は直接の被害者ということもあって、少し長く事情を聞かれていたようだが、じきに終わり、会議室へやってくる。
「お待たせしました。事情は確認が取れました。弁護士さんがいるところで改めて確認したいのですが、本件については、非親告罪ですので、このままでも警告などを出すことはおそらく可能です。その上で、3人に対して、告訴状を提出されるということでよろしいですか?」
「はい、お願いします。長くつきまとい行為を受けていましたので逮捕なども含めた対応をお願いします。」
「判りました。弁護士さんもそれでよろしいですか?」
「はい、問題ありません。」
「では、所定の手続きを進めましょうか。」
俺は特にすることはないので、慧一が弁護士さんが用意していた告訴状に署名捺印するのを見守る。
「現時点での状況をお伝えしておくと三人のうち一人は既に殺人未遂で逮捕しています。」
「殺人未遂ですか!?」
「はい。最初に襲おうとした被疑者はナイフを所持していました。現行犯で取り押さえた複数の警備員から証言が出ていますし、実際、現場からナイフの現物も押収しています。」
「あとの二人は取り押さえに協力したという状況がありますので、現時点では逮捕していませんが、告訴状を元に捜査を行い、状況に応じて、逮捕にいたる可能性もあります。」
「いずれにしても結論については弁護士さんを通じて升谷さんへご連絡します。」
「はい、お願いします。」
それと並行した事務所の対応は早かった。
既に報道が流れはじめていたこともあり、いち早くニュースリリースでマスケイという名前を出した上で、彼が無事であることを報告、加えて、入り待ち・出待ちやプライベートにおける声がけなども含めたタレントへの接近自粛を強く求め、定められたイベント以外では写真撮影やサインに応じないように所属タレントへ指示している旨、さらにマスコミに対しては、センシティブな状況を踏まえて被害者であるマスケイに対する取材自粛を改めて強く求める声明を出す。また、同時にカバボクシとTlackで街角で声を掛けられても写真撮影やサインに応じないよう、連絡が来ていた。
太田さんによると以前似たような騒動があったときよりもいずれも文面を厳しくしているそうだ。確かに写真撮影やサインに応じた場合、ランクの降格もあるって書いてあるもんなあ。
Twinsterをざっと検索してみると被害者である二人に対する擁護の声がほとんどを占めている。批判的に見ていたマスケイファンが、自業自得みたいなことをツイストすると同じマスケイファンから矢のように反論が付くなど、二人にとって、とてもいい流れになったのは本当に良かった。
ちなみに未亜と二人で少し懸念していたのは、未亜の高校時代の担任が熱心なマスケイファンということ。この前、未亜にフィアンセの話を送ってきたというし、そんなことはないとは思うけど、もしやストーカーの一人が……という懸念は、ニュースリリースが出たあと、すぐに未亜へRINEが飛んできたことで、無事に晴れた。何しろストーカーの三人は警察に留置されていてRINEなんか送れないからね。ほっとしたよ……。
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