第211話○華菜恵の一歩目

 せまじょの4巻は生まれて初めて「著者贈呈」をもらった!

 ご飯を食べ終わって、お風呂へ一緒に入ったあと、圭司が郵送で届いた箱の中から本を取り出す。本そのものには何の変わりもないのだけど、「謹呈」と書かれた栞のような紙が一枚入っていた。


「ありがとう!この表紙裏にサインが欲しいなあ。」

「いいよ、ちょっと待ってね。」


 圭司はそういうとサインペンを取ってきて、早速書いてくれた!


「ありがとう!大事に取っておくよ!」

「取っておくんだ。」

「うん、だって、読むための本はもう買ったよ!」

「そうなの!?」

「フィアンセだけど、読者だからね。ちゃんと著者にはお金を落とすよ!」

「ありがとう、嬉しいなあ。」

「えへへー!お互いがお互いをアーティストとしても好きだっていいよね!」

「うん、すごくいいよな。」


 今日はそんな雰囲気にならなかったので、そのまま二人でくっついて寝たけど、本当に安心感がすごいよね。


 翌19日は収録の予備日になっていたので、特に仕事はなく、事務所で太田さんと今後のスケジュールなどを確認する。2月の予定は大石さん、沢辺さんと調整してくれて、14日から16日が完全にオフとなった。今日、沢辺さんと大石さんからそれぞれの担当タレントにも話が行っているそうだ。もちろん太田さんも既にみんなへ流してくれていて、私は今日打ち合わせがあったので、直接、ということだったらしい。


「あと、今日はいいお知らせが2つある。」

「おおっ!」

「まず、あなたが主題歌を歌った『セントハイディアン王国の魔物と聖女』のサウンドトラックが発売されることになった。正式発表は最終回のあとだそうよ。」

「それは嬉しいですね!」

「でしょー。ついさっき正式に契約の稟議が降りたから先生には昨日話せてないの。あとでTlackしておくわね。あともう一つはもっと大きい話。初めてのCMが決まった!」

「ええっ!すごい!どこですか?」

「無地逸品さん。春の新生活フェアでテレビ・雑誌・交通の多方面展開をするメインキャラクターよ。」

「まさかのビッグクライアントじゃないですか!太田さんの営業力のたまものですね!」

「えーと、CMはまだ営業掛けてないの、実は。向こうから打診が来たのよ。」

「そうなんですか!?」

「うん、お正月の番組で美愛が婚約後の生活を聞かれたときに『無地逸品さんの食器で統一している』って話したでしょ。あの番組、無地逸品さんもスポンサードしていたから広報の人も見ていたんだって。それで、婚約をして新しい生活を始めているというイメージと春の新生活という内容がマッチしているっていうことで打診が来た、というわけ。」

「そんなこともあるんですね!?」

「普通はあまりないんだけど、それだけ美愛の発言には影響力がある、ということね。」

「なるほど……。」

「あっ、でも萎縮する必要はないわよ。スポンサーのライバルを評価しない、という点に気をつければ、番組中で褒めるという行為はどんどんやってね。収録は2月12日に組んであるから。初めてのテレビCMで慣れないと思うけど、頑張ってね。」

「判りました!」


 やった!ついにCMがきまった!しかもそれが無地逸品さんだなんて嬉しいなあ。

 そんな話をしていて、ふと思い出したのが、アルバイトのこと。そういえば、まだ来ないのかな?


「そういえば、太田さん、年が明けたらアルバイトさんが来るっていってませんでしたっけ?」

「うーん、それなんだけど、あてが全部ダメだったのよ……。」

「えっ、あんなに顔の広い太田さんがですか!?」

「いやいや、そうでもないよ!?」

「細かい条件ってあるんですか?」

「大前提は関係者。大崎の正社員か本所属タレントの紹介が必須。」

「前にもどこかで聞いた記憶があるんですけど、そんな条件があるんですね。」

「うん、守秘義務がとても厳しい業界だから、アルバイトとなると縁故で素性が判っている人じゃないとそれこそストーカーとかになりかねないからね。」

「あー、なるほど。」

「その上で、いろいろと気がつく人とか事務処理能力がある人とか、そんな感じかな。その辺は試用期間中に見定めることになる。」


 その話を聞いてひとり頭に浮かんだ。見つかってないなら推薦しちゃおうかな。


「例えばなんですけど、華菜恵とかどうですか?」

「沼館さん?」

「はい。へべすのテーマソングの件で、話し合いを継続しているんですけど、その仕切りを華菜恵がやっているんです。」

「えっ、彼女、そんなこと出来るの?」

「別に立候補したわけじゃないんですけどね。いつの間にかそんな感じになっていて。」

「あんなアクの強いメンバーの話し合いを整理して進められるってすごいわね。」

「本当ですよね。」

「それなら一度面接してみようかしら。何度か会った感じでは、すごく性格は良さそうな子だったからあとは事務の処理能力があれば、美愛の紹介ということで採用出来るし。今日とか明日とか時間あるか聞いてもらえるかな?」

「じゃあ、いま連絡してみます。」

「うん、お願いね。」


 華菜恵にRINEをすると今日はこのあと17時から18時までスタジオビルでダンスレッスンがあるのでそのあとがいいとのこと。太田さんに新宿へ来ているから今日の18時過ぎ以降がいいそうだと話をすると今日は社内で仕事をするだけだから問題ない、という話から今日の19時に面接が組まれることになった。さすがに面接に立ち合うわけにはいかないけど、結果は気になるので圭司にはTlackでDMして、面接が終わるまでこちらで自主レッスンをこなすことにした。レッスンスタジオが空いていて良かったなあ。


「沼館さん、ちょうどこっちに来る用事があったのね。」

「この前、偶然、ばったり会ったんですけど、彼女、年明けから大崎スタジオビルの方でダンスの一般向け教室を受講してるんですよ。それで、最近は週に2回くらいこっちにレッスンで来てるみたいですよ。」

「えっ!そうなの!?」

「なんか元々踊ることは好きだったみたいで、大学の同級生がみんなすごい人ばかりだったんで、何かやりたいなって思ったっていってました。」

「プロを目指しているのかしら?」

「いや、とりあえずどこら辺まで出来るものなのか、試したいっていってましたよ。」

「へー!もし、それなりに出来そうなら美愛のバックダンサーで出てもらうといいかもしれないわね。」

「実は全く同じことを考えました!そうなってくれたら嬉しいですけどね。」

「それとなく、大崎スタジオの方から状況を入手しておくわ。」

「はい、おねがいします。」

「ちなみにもしアルバイトで採用が決まると沼館さんの受講料は社員割引で安くなるのよ。」

「そんな制度があるんですね!?」

「その代わり、給与からの天引きになるけど、悪い話ではないでしょ。」

「たしかにそうですね!とりあえず私は自主レッスンしているので、19時半くらいにここに戻ってきます。」

「うん、判った。アルバイトの採用は私の判断だけでいけるから結果も教えるわね。」

「お願いします!」


 2時間ほどの自主レッスンを終えると太田さんのデスクで太田さんと華菜恵が談笑しているのが見える。


「お疲れさまです!」

「美愛おつかれ。」

「あっ、さみっち!ありがとうね!」

「ということは。」

「ええ、採用よ。当意即妙な受け答え、判らないことを判らないとちゃんといえる姿勢、あとは事務処理をちゃんとこなせるなら完璧。」

「ありがとうございます!」

「良かったー!」

「条件面もちゃんと折り合えたしね。」

「そんな!いまやってるコンビニのバイトよりお給料がいいので、ビックリしたくらいですよ!」

「一応、業界大手だからね。大学が終わったあとに通ってもらうことになるけど、週に何回来られる?」

「そうですね、コンビニのバイトは辞めますし、サークルはやっていないんですけど、授業を5限まで入れている日もあるので、土日も含めて4日は確保できると思います。」

「十分よ。今月中は研修を受けて欲しいんだけど、明日17時からは大丈夫そう?さっきも話したとおり、研修期間中は時給が8割になっちゃうのは許してね。」

「はい、それでもコンビニより時給が高いので大丈夫です!」

「あっ、太田さん。来週から私たちテストなんですよ。」

「それは大丈夫よ。美愛から聞いていたからちゃんと配慮するからね。あと。レッスンの日も教えてね。レッスン受けられるようにそこもちゃんと考えるから。」

「ありがとうございます!」

「じゃあ、明日は受付から私を呼び出して。その次に来るときからは受付通さずに入れるようにIDカード、あとは社内ツールのアカウントを用意しておくから。」

「判りました!」

「Tlackを全社で使っているけど、そのアカウントもつくるからあなたたちの仲間内で開いているクローズドチャンネルにも入れるわよ。」

「そっか、そうですね。華菜恵、アカウントできたらいろはとへべすに連絡取るといいよ。」

「うん、そう、いろいろとありがとうございます!」

「ええっ!?」

「仕事ですから。そこはちゃんと公私を区別します!」

「そこまで硬くならなくてもいいけど、まあ気持ちは大事よね。でも、慣れてきたら別に普段通りでいいんだからね。」

「判りました!でもしばらくはこれで頑張ってみます!」


 私たちのフォローを華菜恵がしてくれるってなんか嬉しいよね。これからがますます楽しみだなあ!

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