第212話●せまじょ四巻発売記念伊予國屋新宿本店サイン会

 華菜恵さんが大崎でバイトをすることはその日のうちに仲間内へRINEが飛んだ。翌日、会社Tlackのアカウントが判ると彩春さんがあっという間に会社仲間のTlackにも招待をしていた。みんな動きが速すぎる。

 華菜恵さんはアルバイトをするにあたって、太田さんがマネージメントしているタレント・文化人に対する秘密保持契約を結んだそうだ。みんな、自分に関わることや交際相手に関する事柄以外は、守秘義務のある情報には触れないので、仲間内で一番いろいろな業務上の守秘義務項目を知っているのは華菜恵さんということになった。それもなんか面白い。そして、テスト前最後の一週間も淡々と進む。つまり大学一年生もあとわずかということ。この一年は本当にいろいろあったけど、テスト最終日までしっかりこなさないとな。


 テスト前最後の金曜日もいつもの6号館地下でランチ。


「いやあ、新しいバイト先なんだけど、研修期間中に本当に研修しかしないんだよ。ビックリした。」

「ああ、俺もそうだったな。驚くよね。」

「いままでは違ったの?」

「高校の頃からコンビニとかファミレスとかでバイトしてきたけど、どこも研修期間という名の単なる給料が安い期間だったんだよね。」

「俺もコンビニでバイト始めたときはそうだったなあ。」

「判る。ほんと、そんな感じだよね。」

「そこに同感してもらえるとは、るのっちもますっちも仲間だね。」

 俺はバイトしたことないから判らないけど、三人の話を聞いているとどこもそんな感じなんだなあ。


 授業が終わると未亜は文明放送でいつものラジオ収録。回数としては折り返し地点を過ぎているのかな。相変わらずメールの数は一番みたいで、ラジオのレギュラー番組なんていう話もちらほらメールで要望が来ているんだよね。太田さんは営業するっていっていたけど、決まるといいなあ。


 晩ご飯を食べ終わって、いつも通り一緒にお風呂に入ってのんびりしていると百合から突然電話がかかってきた。


『あっ、お兄ちゃん、いま時間大丈夫?』

『大丈夫だよ。』

『近くに未亜さんもいる?』

『いるよ。スピーカーにするよ。』

「百合ちゃん?」

「うん。百合、スピーカーにしたぞ。」

『あっ、未亜さん、こんばんは。』

「百合ちゃん、こんばんは!」

『おかげさまで横宗大の推薦合格しました!』

「「おめでとう!」」

『ありがとうございます!』

「学部とキャンパスは?」

『社会学部メディア学科で池袋だよ。』

「マスコミ系か。それはアイドル活動にも役立ちそうだな。」

『実は元々ここ狙っていたの。人気が高いからいけるか心配だったんだけど、先生に聞いたら同じ学科を志望した生徒の中で一番の成績だったって!』

「百合ちゃん、すごいね!」

『未亜さん、ありがとうございます!』

「太田さんには伝えた?」

『Tlackでメッセしたよ!さっきだからまだ読んでないかも。』

「太田さんは今日は一日オフって聞いてるから明日になるかもな。」

『レッスンもいい感じに進んでいるから4月から仮所属できるといいなあ。』

「仮所属できると大崎ビルのレッスンスタジオも使えるようになるからタイミングあわせて一緒にレッスンしようね。」

『早緑さん、お願いします!』


 百合の大学合格はめでたいなあ。入学祝いに何か送ろうかな。未亜とも相談をして決めよう。


 そんな嬉しいニュースの翌日はせまじょの四巻発売記念サイン会、すっかり慣れた伊予國屋書店新宿本店だ。未亜は一日ラジオとテレビの生放送をはしごするので、今日は一人での行動になる。そして、慧一も朋夏さんも心菜ちゃんもそれぞれ仕事があるのでサイン会には申し込んでおらず、来ないことが判っている。


「おはようございます。」

「あっ、千住店長、おはようございます!」

「ご無沙汰しております。先日は不在で失礼しました。」

「いえいえ、今日はよろしくお願いいたします。」


 伊予國屋の事務所へ顔を出すと未亜のサイン会の時には不在だった新宿本店の千住せんじゅ貞造ていぞう店長に挨拶をされる。俺とは店長という肩書きで接しているが、実際には取締役兼東京地区店舗販売本部長という陽介さんと同じランクのすごいえらい人だ。ちなみに伊予國屋書店の取締役以上は早緑美愛が陽介さんの娘であることを知っている、と陽介さんから聞いている。


「今日は西脇も顔を出すとのことなので、よろしくお願いします。もうすぐ来るのではないかと思います。」

「判りました。」


 基本的に陽介さんは店舗側の責任者ではないので、サイン会の立ち会いとかはないのだけど、今回は来て下さるらしい。まあ、陽介さんからRINEはもらっているので知ってはいたのだけどね。少しして陽介さんもやってくる。


「雨東先生、今日はありがとうございます。よろしくお願いします。」

「西脇取締役、今日はよろしくお願いいたします。」

「……当たり前なんですけど、なんか変な感じがしますね。」

「確かにそうですね!まあ、でも今日はこういう場所ですし、気をつけて頑張ります。」

「お互い、ですね。」

「そうですね。」


 そんなことを笑いながら話したけど、やっぱり違和感はあるよなあ。まあでも、仕方がない。それにしてもフィアンセのお父さんからこれだけ買ってもらっているというのも本当にありがたい。


 まだ開始時間前だけど、陽介さんに会場を案内される。サイン会は前回も使ったブースになるかと思ったら組み立て式のブースが設置されていた。本を差し出すところも含めてちゃんとした作りになっていて、前回は殺風景だった全面にはポスターやサイン会名称を貼る場所があり、ブースの中には外の音が聞き取りやすいようにするためか、スピーカーが設置されていた。


「Web作家さんとかのサイン会が増えてきているので特注で作ったんです。顔出しは出来ないけど声は問題ないという方もいらっしゃるので、簡単な会話が出来るようにスピーカーではなく、ヘッドセットの用意もあります。」

「すごいですね!?」

「本来ならオンラインで済ませてしまう方々がわざわざ店舗に足を運んでくださるいい機会ですからね。そこはちゃんと投資する感じです。」


 なるほど、ちゃんと効果測定も出来て、投資に見合う状況ということなんだろうな。大学でマーケティングや経営学について学んでいるおかげで、そういう視点でも見られるのは面白いなあ。


 ちなみにサイン会そのものは無事に終了したけど、今回もやはり2時間コースだったので作家のサイン会とアイドルのサイン会は質が違うのかもしれない……。

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