第199話●いよいよ紅白当日だ!
昨日の婚約発表は今朝のNKHニュースでも報道されるくらいの扱いになっていて二人でびっくりしてしまった。
ただ、Twinsterでエゴサしてみると昨日のコメントもそうだったように早緑美愛のファンも雨東晴西のファンも概ね「えっ、まだ婚約してなかったのね」という感じの反応で、落ち着いたものだった。ファンではなかった人たちの方が驚き、騒いでいる感じなのが面白い。でも、太田さんのもくろみ通りになっているなあ。さすがは鶴本ランを育てた人だけのことはある。
そして、そんな騒ぎの今日は紅白歌謡祭当日だ。
「いよいよだね。」
「うん!なんかね、緊張よりもワクワクの方が強いんだ。」
「それはすごいな。」
「多分一日圭司が一緒にいてくれるからだと思う。」
太田さんの下で動くアシスタントマネージャという申請が、NKH側に受理されたので、今日は一日未亜と一緒にいることが出来る。太田さんは「書店大賞ノミネートの作家先生をアシスタントに使うなんて贅沢二度と出来ないわよね!」と笑っていたけど、これを通すのはなかなか大変だったんじゃないかと感謝しかない。
「じゃあ、12時になったし、出かけようか。」
「うん!」
今日はいったん、タクシーで事務所へ入り、未亜がさみあんモードになったあと、太田さんの社用車で渋谷のNKH放送センターへ入る。放送センターへ入ったところから各メディアのカメラがいるので、さみあんモードになっておく必要があるんだよね。
「おはようございます!」
「二人ともおはよう。美愛はコレに着替えて来ちゃって。今回、全衣装をオフエクセルさんが協力してくれたから。それで、これが最初に着るステージ衣装。それで、こっちは本番衣装よ。」
「あれ?違いは何ですか?」
「本番衣装は自分の曲からエンディングまで着るの。それまではステージ衣装の方。」
「衣装変えるんですね!?」
「紅白だからね。全国の人に印象づけるためにも経費はしっかり掛けるのよ。といってもこの衣装は両方とも3月のライブでも使うけどね。あと、スポンサードしてくれたオフエクセルさんの公式サイトで特別インタビューを載せるんで、来年1月に取材が入ってるからよろしくね。」
「なるほど、わかりました!」
有名衣装ブランドの協力が入るなんて、やっぱり、なんだかんだいっても紅白歌謡祭っていうのはインパクトのある番組なんだなあ……。美愛がさみあんモードになって、すぐに社用車で渋谷へ出発する。
昔の紅白は、NKHホールにある大部屋が楽屋になっていたそうなのだけど、いまは放送センターのほうに個別の楽屋があって、出演者の後ろや曲間の余興的演出で出演するときは直前に大部屋の簡易楽屋へ移動、出演が終わるとまた放送センターの楽屋に戻る、という動きになる。
14時過ぎ、三人で楽屋に入るといきなりすぐ来客者が現れた。なんと鶴本さんと鶴本さんのマネージャ、そしてNKHのディレクターさんだ。
「早緑さん、雨東先生、初めまして、鶴本さんのマネージャをしております、
「固い固い!宥雪、固いって!」
「ええっ!?太田さんがちゃんとあいさつしろってメッセしてきたんじゃないですか!」
「確かにさっきそう送ったけどさ、それはちゃんとを通り越して固いのよ。」
「宥雪さんはそれがいいところだけどね。」
「ほらー、ランさんはちゃんと判ってくれてるじゃないですか!」
「ランは甘いんだから。まあ、いいわ。で、宥雪、後でこちらから行こうと思っていたのにわざわざ、大トリに出るランといま一番忙しいはずの編成ディレクターまで連れて、初出場で芸歴も浅い美愛の楽屋に来るっていうことは何かあるんでしょ?」
「そうなんです。えーと。」
「宥雪さん、これは私から。」
「判りました。お願いします。」
「端的に言うと美愛、私の曲でハモりをお願い。」
「あー、なるほ……ええっ!?私がハモりですか!?」
ん?なんか太田さんと鶴本さんがアイコンタクトをしたぞ。
「そうよ。最初は録音した私自身の歌声で行く予定だったの。だけどリハをしてみて、さらに今日も楽屋でスタッフさんと検討してね。NKHさんのほうからやっぱりここは生のハモりにしたいという強い希望が出てね。すぐに依頼して出来そうなのは美愛、あなたしかいないという結論に。」
「ふーん。ラン、改めて確認したいんだけど、それは鶴本ランの強い希望ではなくNKHさんの方の強い希望であるということでいいのかしら?」
「……ええ、私は録音でもいいような気もします。」
「わかった。じゃあ、一つだけ条件がある。宥雪、そこ、うん、入り口、そこ閉めて。」
慌てて虎岩さんは入り口の扉を閉める。そしてそれを見届けた太田さんは進行表を出してきた。
「太田さん?」
「
「ええっ!?いやあ、さすがにそれは……。」
「ここは新御三家のお一人でオーニングからの流れがある
「……ちょっとチーフと相談させて下さい。」
そういうとディレクターさんは楽屋の外に出て無線で話をしているようだ。
「太田さん、いいんですか?」
「問題ないわよ。視聴者はバックダンサーに美愛がいたらどうしても格下だと見てしまうからね。」
「そんなもんなんですね。」
「ええ。NKHさんはあまり気にしないのだけど、印象はやっぱり良くないからね。まして、美愛は最終ブロックのトップバッターで、バックには誰も入らない。いったんは渋々受けたけど、ちょうどいい機会だったわ。」
5分くらいしてディレクターさんが戻ってきた。
「チーフが話をされたいそうです。」
そういうと無線のスピーカーをオンにした。
『
「御池さん、おはようございます。」
『庸子さんがまたすごい交渉を持ちかけてきたというので引っ張り出されましたよ。』
「それはそれは。」
『それで、今回の交渉でのうちのメリットは?』
「時間がないので端的に申し上げると昨日婚約を発表した早緑がNKH歌い継ぎたい名曲ランキング7位の『主役』を歌ったすぐあとに鶴本の歌声へハモりを入れるインパクトはそれを補ってあまりあると思いますが、いかがですか?」
『なるほど……はははっ!負けました!庸子さんのご提案受けましょう。』
「ありがとうございます。さすが御池さんですね。」
『いやはや、バックが一人減ってもそもそも知らない視聴者は気がつかない。でも、昨日婚約を発表した早緑さんが大トリでハモりを入れるのはインパクト十分。だから格下と見られかねないバックダンサーをカットする希望を受け入れて欲しいとは。さすが庸子さんです。またやられました。』
「褒め言葉として受け取っておきますね。」
『そう受け取って下さい。年が明けたらまた、カズユキも一緒に飲みましょう。』
「そうですね。主人にも伝えておきます。」
『では、私はほかの業務があるので。西洞院D、そういうことでよろしく。』
「判りました。」
そういうとディレクターさんは「ではおねがいします」とこちらに一声、声を掛けて慌ただしく楽屋を出て行った。紅白のチーフプロデューサーが名前で呼んでいる、しかもご主人も呼び捨て。これは知り合いか。太田さんの人脈はどうなってるんだ?
「太田さん!これって、私、大トリで鶴本さんと一緒に舞台に立つっていうことですか!?」
「そうよ。いい機会よね。」
「ええっ……。」
「大丈夫よ、美愛だからこそのお願いなんだから。」
「鶴本さん……。」
「あなたなら問題ない。だから名前出したんだもの。曲は判る?」
「はい!もちろん!」
「じゃあ、時間ないけど聞き込んでおいてね。」
「判りました!」
そういうと二人は自分の楽屋へと帰っていった。
「太田さん、紅白のチーフプロデューサーとお知り合いなんですか?」
「主人の知り合いね。向こうの方が5つくらい上だけど、ちょうど音楽番組のディレクターをはじめた頃に主人の名前が売れ始めて、そこからの腐れ縁ね。」
「でも飲みに行くくらいの仲なんですね。」
「年に何度か飲んでいるけど、賄賂にならないように1円単位で割り勘なのよ。あっ、そうそう。美愛の出演はコネじゃないから安心して。彼はあくまで番組制作の総責任者で、出演者の決定はほかの人が担当して、また別の力学があるから。」
「そうなんですね……。」
「こういう機会で大トリのあの感覚を知っておけば、後々役に立つこともあるからね。しかも視聴者に対するインパクトも大きい。美愛にとってはあのまま受けても実際にはメリットしかないんだけど。」
「なるほど……。」
「そこからさらに大きなメリットをもたらすことが出来るか、これがマネージメント、マネージャの腕の見せ所って奴。それにしてもランもよくやるわね。」
「えっ?」
「ハモリの件は、NKHのスタッフがそう提案するようにランが誘導したのよ。」
「ええっ!?」
「さっきのやりとりで判ったわ。」
「そんなことできるんですか……。」
「ランは誰もが知るトップアイドルだからね。事実、ランをみたいがためだけに紅白を見る人は相当な数いるから彼女が出るだけで紅白の最高瞬間視聴率は1%くらい変わる。NKHとしては、もう来年のことまで想定した上で、彼女の機嫌を損ねるようなことは出来ない。だから局の方であれこれ忖度してくれるのよ。今回は美愛と歌いたくてこんなことしたんでしょうけどね。もう、めったにそんなことしないのにあの子はまったく!」
そういうと太田さんは笑った。太田さんも鶴本さんも本当にすごいな……。おっと、そろそろいい時間になってきたな。いよいよ本番が近いな!
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