第200話○第72回NKH紅白歌謡祭

「第72回NKH紅白歌謡祭!」


 ステージ脇で待機している私の所にも司会をされている小泉こいずみかいさんのセリフが聞こえてくる。

 紅白歌謡祭は本当に特殊だ。ほかの歌番組では、自分の出演順だけこなせばいいのだけど、紅白では、所々、応援として背景に出たりしなければならない。一番最初の出番は、一曲目SaLaさんのあとに歌う原ひろみさんの後ろで賑やかしから司会のあいさつを盛り上げる役割だ。司会のあいさつが終わり、別スタジオからの中継に切り替わったタイミングで捌ける。太田さんによる高度な交渉の結果、私はあとは第1部最後のトクケンサンバしか出番がないので、NKH放送センターの楽屋へ戻って待機になる。


 軽食を食べ、圭司と話をしながら待機しているとあっという間に出番となる。いったんNKHホールの仮設楽屋へ行ってからスタッフの方の誘導でステージへ。後ろでリズムに合わせて身体を動かす感じで良いといわれているので、そんな感じで曲を楽しむ。曲が終わってそのままニュースへ切り替わったタイミングで再び捌けて楽屋へ戻る。


「いやあ、待っている時間の方が長いですね。」

「紅白ってそんなものよ。……あっ、はい!ありがとうございます!スタイリストさんが来たみたい。さっきお願いしてもう余興はなくなったから本番衣装に着替えちゃって。」


 楽屋の隅に用意してある衣装を大きなガーメントバッグから二人のスタイリストさんにも手伝ってもらって取り出すと……。Aラインのすてきなドレスが出てきた!!!!!上半身は透明感のあるブルー、スカートの部分はとてもきれいな深紅で彩られている。その間は青から赤へグラデーションになっていて、それがとても上品な仕上がりになっている。


「えっ!?これ!?」

「二人の誕生石をモチーフにしたデザインで依頼していたの。発注したときは、交際発表しているからこのデザインなら話題になるかもっていう程度で、まさか婚約するとまでは考えてなかったけどね。とりあえず着てみて。」


 いったん、ウイッグと指輪を取って、スタイリストさんに手伝ってもらいながら着てみると当たり前だけど私にぴったり!改めてウイッグと指輪を付け、お化粧も整えてもらい、二人の前へ!


「どう……ですかね?」

「すごい!イメージ以上ね!指輪ともマッチしていて、良かったわ。」

「早緑さん、いいよ。すごい似合ってる。」

「えっ、そう?ありがとう……。」


 改まって、圭司と太田さんにほめられると照れるなあ……。


 そんなことをしていたらあっという間に時間が経ち、スタッフの呼び込みがくる。いよいよ私の出場順だ。当初は小泉さんと20秒くらいのやりとりが予定されていたのだけど、第二部中盤ブロックが終わった時点で45秒押しという状況から急遽丸々カットされることになった。残念とは思いつつも変に緊張しそうだったのである意味よかったのかもしれない。ちなみに紅白は間奏とかがカットされると聞いていたのだけど、今回はフル尺で歌える。


「では、早緑さん、袖へお願いします。袖のスタッフからの合図があったら0番でスタンバイお願いします。」


 番組スタッフの声かけで、大広間の仮設楽屋からまず舞台袖へ移動する。変更後の流れでは小泉さんからの簡単な曲紹介を隣で聞いてからステージへ移動することになっていたのだけど、できるだけ尺を短くしたいということから直前でさらに変更が入った。実はいま放送ではきだまきしさんが横網国技館からの中継で歌っていて、ステージは空いており、このタイミングでもともとNKH放送管弦楽団のセッティングが入ることになっていた。そこで、私も袖で待機するのではなく、空いているステージ上で待機することになった。

 袖へ着くとスタッフがスルーでどうぞという合図をしてくれたのでそのまま0番、すなわちステージセンターへ移動する。いきなり注目を集めるんじゃないかとドキドキしながら移動したけど、ステージ上はほぼ真っ暗な上に背景の大スクリーンにきださんの歌唱姿が映っていることもあって、私がステージへ立ったことにNKHホールのお客様は気がついていないようだ。0番に立つと私は目をつぶり、深く二回深呼吸をするときださんの歌が終わった。


「きださん!ありがとうございました!」


 NKHの枠多アナがきださんへ声を掛ける。


「ありがとうございました!みなさん、良いお年を!」


 きださんからの返答があった。いよいよだ。小泉さんがそのまま話し始める。


「今年の紅白のテーマは『いろとりどり』。かけがえのない人がいるというのもまた人生を色彩豊かにしてくれます。そんなかけがえのない人に対する思いを歌に込めて、昨日婚約を発表した彼女が歌います。紅白初出場、早緑美愛『主役』。」


 NKH放送管弦楽団の生演奏によるイントロが流れはじめる。まずはゆっくりと一礼。ゆっくりと顔を上げたタイミングでちょうど歌い出しだ。大丈夫、ここまでしっかりと想定通りに出来ている。


 ♪私はいつも孤独だった


 よし、今年一番の歌い出し。気持ちが高揚していくのがよく判る。ディナーショーの時もかなり思いが入ったけど、今日はそれ以上に気持ちが入る。弱く歌うところは弱く、声を震わせるところは弱々しく、思いを込めるところでは力強く。間奏では息を整えて。


 ♪私はいつも一人だった


 二番も今年一番の入りはいりだ。客席に淡くライトが点いて、会場の様子が少し見えるようになってきた。お客様の顔が少しずつ見えてくる。ああ、みんなの気持ちが伝わってくる……。私もそれに返したい。もっともっと、高く遠くへ。間奏からCメロが始まった。


 ♪そんな私にいまその手がある


 オーラスへの序奏もいけた。歌いながら今年あった様々な出来事が頭の中を駆け巡る。過去の圭司の身に起きたこと、一度は不幸の底にまで叩き落とされた圭司の様子。紗和と初めて会ったときの苦しそうな顔、思い詰めた悲しく苦しい表情で私に土下座をした紗和の姿。厄介なストーカーに苦しめられている慧一くんのつらそうな表情。本当にいろいろなことがあった。


 ♪そんな私にいまその手がある そんな私にいま道が見える


 圭司の前でこの曲を歌ったときの思い、圭司がここまで回復してくれた嬉しさ、いまの紗和が見せてくれる笑顔。そしてそれを支えてくれている親友たち。この半年間に起きたことがまるで走馬灯のように再生されていく。


 ♪大きな舞台に立つ「主役」なんだと教えてくれたあなたがいる


 いま、目の前に大切な人たちの笑顔が見える。その笑顔が私をもっと高めてくれる。


 ♪私の大切な「相手役」です


 圭司と二人で、親友のみんなと、そしてファンのみなさんと、来年はもっともっと素敵な場所へ!今年のすべてを、いままでの全部を、いま、歌に込めきった。


 一礼をして声をマイクに乗せずに笑顔でお礼をいいたい!


「ありがとうございました!」


 カメラが司会者の皆さんへ移ったようだ。私はそのまま下手から捌ける。えっ!圭司と太田さんが泣いてる!?


「美愛……お疲れ様……よかった……よ。」

「えっ、太田さんと雨東さん、泣いてるんですか!?」

「審査員も大号泣してたよ……。」

「ほら、司会者の皆さんも泣いているわよ……。」


 太田さんが指を指すところにある画面を見ると司会者さんたちが泣きながら話をしている姿が見えた。


「ええっ……。」

「明日の新聞が楽しみだわ。とりあえずあとは大トリでランと一緒に舞台に立つところまで少しゆっくりして。」

「判りました。」


 仮設楽屋で圭司が持ってきてくれたスマホにイヤフォンをつないで鶴本さんがこのあと歌う『Cold Rain~あなたが暖めて』をループしながら少しゆっくりする。

 鶴本さんが今年発表した『Cold Rain~あなたが暖めて』はブルウォールチャートウィークリーシングルランキングでもオリハルコンウィークリーシングルランキングでも発売から一ヶ月以上連続一位になった名曲。私も大好きで何度も聞き、レッスンで歌わせてもらった。ハモる場所ももちろん判っている。


 大トリを務める鶴本さんと一緒にステージに立って、ハモりを入れるのは重大な役目だし、光栄なこと。なんか緊張というよりもワクワクしてきた感じだ。4回ほどループしたところで、スタッフから声がかかる。圭司にスマホを渡して私は舞台袖へ。たたずんでいたらあとから来た鶴本さんに声を掛けられる。


「美愛、よろしくね。」

「はい、頑張ります。」

「美愛なら大丈夫。そのうち大トリはあなたが務めることになるんだから。」

「えっ……。」


 私は鶴本さんにそこまで買ってもらっているのか……。

 まず、鶴本さんが司会をされている三人の横に立つ。


「今年の紅白もいよいよ大トリとなりました。今年の大トリは鶴本ランさんです。」

「鶴本ランです。」

「何でも今回は鶴本さんの助っ人にこの方が入って下さるそうです。」


 スタッフのゴーが出た。私も舞台へ。


「あらためまして、早緑美愛です。」

「先ほど素晴らしい歌唱をされたばかりの早緑さんがハモりを入れるとは豪華ですね。」

「ええ、紅白ならではだと思います。」

「では、お二人ともご準備下さい。」


 鶴本さんは0番、私は下手3番後方に用意されたハモり用マイクの前に立つ。目を閉じて息を整えていると曲紹介が終わったようだ。目を開け、曲に集中する。

 目の前のプロンプタがふつうの歌詞表示からハモリを示す歌詞表示に変わる。それからワンテンポ遅れて次は一番の盛り上がり、ここからがハモりだ。よし、いけた!かなりいい感じに声が出ている。

 間奏から2番も同じ、盛り上がりから。うん、オーケー。いい感じにハモれている。

 あとは最後、一度は別れた二人が再び巡り会って、愛を成就させる一番の盛り上がり、ラストだ!すごいいい!なんか鶴本さんの歌声に引っ張り上げてもらっている……。なんだろう、この感じ。私がまだ体験したことのないこの高揚感。これを自分で作れるようになったら、きっと私はもっと高みにいける。この感覚を大事にしよう……。

 曲は後奏に入った。あとはハモりはない。曲が終わるのを待てばいい感じだ。


「ありがとうございました。ハモりを入れてくれた早緑美愛に大きな拍手を!」


 鶴本さん!紹介ありがとうございます!私は会場の皆さんへお辞儀をする。司会の三人が拍手をしながらセンターへやってきた。ほかの出演者も続々と舞台へとやってくる。私は台本で指定されていた上手後方へ移動しようとしたら、歌い終わってやってきた鶴本さんに腕をしっかり組まれる。そして耳元でこうささやかれた。


「大トリで堂々とあんな素敵なハモりを入れた美愛が後ろに行く必要ない。何しろこれから間違いなく司会者にインタビューされるからね。」

「えっ!?鶴本さん!?」

「安心して。私がつかんでいれば、美愛が後ろへ行かなくても誰にも批判されないから。」


 思わぬ事態に驚いていると赤と白の集計をしているタイミングで小泉さんと枠多アナが話を振ってきた。


「それにしても先ほどの鶴本さんと早緑さんのコンビネーションは見事でした。」

「いまも腕を組まれてますがお二人は親しいんですか?」

「ええ、私は男兄弟の末っ子なんですけど、美愛は本当の妹のような感じですね。」

「そうなんですね!早緑さん、ハモりを入れてみていかがでしたか?」

「このステージで鶴本さんと歌えてとても楽しかったです!」


 あっ、思わず本音が出ちゃった!


「なるほど、楽しいという感想がさすが早緑さんですね!おっ、集計が出たようです。」


 本当にインタビューされた!こちらを見た鶴本さんにウインクされる。本当にこの人には叶わないなあ……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る