第178話○明貴子の思い、朋夏の思い

 とても忙しい。


 「カバボクシ」というグループウェア?を見ると日曜日は朝から、月曜日以降は夕方から年始番組の収録がたくさん入っている。空いているところも開く度に移動の時間を除いて次々埋まっていく状況でなんかすごい。

 子どもの頃、お正月の4時間スペシャルとかを見ていると1コーナーしかいない人がいたり、1時間とか2時間とかで出演者がどんどん変わったりするのはなぜなんだろうと思っていたんだけど、あれって、長時間をまとめて撮るのではなくて、分割して別日で収録していたからだったんだなあ、と今年初めて理解した。

 分割収録の長時間スペシャル番組を1時間くらい収録、また次へ、あるいは収録中のスタジオに入ってコーナーでちょっとしゃっべって退出する、みたいな感じで地上波、BS、ネット配信の収録をどんどんはしごしていくので、本当に慌ただしい。そんな中、20日には嬉しいお知らせが舞い込んできた。なんと彩春のアニメデビューが決まったのだそうだ!出演作品はせまじょのコミカライズを担当されている桜内碧さんの連載『赤い月と青い太陽』で、来年4月からのオンエアー。みんな本当に着実に進んでいて嬉しい。


 なんて思っていたら21日には衝撃的なことが起こった。『私とあなたの200日』のアニメ化キャストスタッフ顔合わせ会へ明貴子と一緒に行こうかとランチの時に何の気なしに声を掛けた時のこと。


「そうだ。今日、明貴子、17時から打ち合わせだよね?」

「そうだよー。」

「私も行くから一緒に行こうか。」

「えっ、未亜も行くの?」

「ええっ!?朋夏も?」

「あれ?私も行くんだけど……。」

「なに!?彩春も!?」

「大丈夫、私がワゴンタクシーを手配してあるから5人で行こう。」

「えっ!?5人って!?」

「それはあとで。」


 えー、なんだろう?なんか親友たちばかりなんだけど、関係者ばかり集めてアニメつくるの?内輪受けになっちゃわないかなあ?あっでも太田さんは5月に話が来たっていっていたから仲良くなるずっと前だなあ?頭の中で疑問と回答がぐるぐる回る。

 でもちゃんとした仕事には変わりないので、気合いを入れ直そう。

 授業のあと、4号館のカフェで圭司と話をして時間をつぶしてから、6号館裏で明貴子の手配したワゴンタクシーが来るのを待っているとなんと徒歩で紗和までやってきた!


「えっ、みんなも?」

「細かい説明は向こうに着いてから監督さんとかも含めてするね。」

「「「「わかった。」」」」


 なんとなく気まずい感じになって、みんな無言の中、タクシーは10分くらいでエンペラーレコードの本社にたどり着く。会議室に通され、スタッフさんも順次集まってくる。全員そろったらしきところで、アニメプロデューサーの大槻さんの自己紹介から顔合わせ会が始まる。


「えーと、まず冒頭、原作者の朱鷺野先生からあらかじめ皆さんへ説明したいことがあるそうです。朱鷺野先生、よろしくお願いします。」


 明貴子は立ち上がると一礼をしてから話し始めた。


「皆様、朱鷺野澄華です。本日は冒頭お時間いただき、ありがとうございます。『私とあなたの200日』のアニメ化について、原作者として、みなさまにお伝えしたいことがあり、打ち合わせ冒頭の貴重なお時間を頂戴しますが、何卒ご容赦下さい。これまで私は、アニメ化でも舞台化でも実写化でもメディアミックスの打診をいただいた際には、そのお話をいただけること自体がありがたく、ほぼ条件を付けずに承諾させていただいておりました。しかし、今年の4月に『私とあなたの200日』のアニメ化について打診をいただいた際には、初めてキャスティングの条件を付けさせていただきまして、驚いた方も多かったとお伺いしております。」


 明貴子は一度水を飲み、さらに話を続ける。


「ここで皆様にしっかりとお伝えしておきたいのは、いろいろなご縁があり、指名した、主人公トニリス役の日向夏さん、主人公を支えるメリチシカ役の西陣さん、オープニング・エンディングの歌唱ならびに歌姫アミール役の早緑さん、劇伴をすべて担当いただく儘田さんの四人と親しくさせていただいておりますが、この配役構想そのものは、四人と知り合うよりも前、私がまだ高校三年生だった5月に原稿を書き上げた時点からの構想だということです。それは、儘田さんが創られ、早緑さんの歌われた『主役』という楽曲、そして『主役』という楽曲に対する日向夏さんの熱い思いを語る配信とその配信で初めて明かされた西陣さんとの深い信頼関係、これらに深く感銘を受け、感動したことで生まれたのが『私とあなたの200日』という作品であったためです。これまで執筆してきたどの作品も私にとっては思いのあるものですが、ことこの作品に関しては、アニメ化はこの布陣で実現したい、それが実現しないのであれば、アニメ化しなくてもいい、という強い気持ちがありました。そのため、漫談社の小堺さんやエンペラーレコードの大槻さんをはじめとする関係者の皆様には多大なるご苦労を掛けることになってしまったこと、深くお詫び申し上げます。」


 ここまで一気に話した明貴子は深く頭を下げた。


「でも皆様のおかげで、『私とあなたの200日』という作品で私の思い描いていたこの配役が実現出来ました。今回は私のわがままを聞いていただき……ありがとう……ございました……。本当に……本当に……嬉しい……です……。」


 そういうと明貴子は泣き出してしまった。私たちも泣いてしまったけど、もらい泣きしているスタッフさんもけっこういるなあ……。


「……すみません……。これ以上はなにも申し上げることはございません。あとはすべて皆様におまかせいたします。この作品が素敵なアニメになることを楽しみにしています。」


 明貴子はもう一度頭を下げると着席した。参加者一同からの大きな拍手がしばらく続き、そこからは自己紹介や正式発表のタイミング、今後の段取りの説明などが始まった。2時間くらいで全部終わり、再び明貴子が手配してくれたワゴンタクシーに乗り、帰りは行きと違ってみんなで楽しく話ながら帰宅する。明貴子のその気持ち、しっかり受け取ったからね!


 感動した打ち合わせのあった翌22日水曜日は、16時から事務所の会議室を使って5thアルバムのジャケットとMV用に打ち合わせをしている風景の撮影という予定のあとに18時から21時まで「打ち合わせ(仮、場所未定、W.先生)」という仮置きの予定が設定されたまま当日の朝を迎えた。「W.先生」というのは「With.雨東先生」の略。なんだろうと不思議だったのだけど、ランチタイムに太田さんから「仮置きの打ち合わせは事務所になったから収録終わったら着替えておいて」という連絡が入った。このタイミングでまさか事務所で圭司と一緒の打ち合わせが入ると思っていなかったから意外だ。太田さんに尋ねても「来たときに話す」といわれるだけで、詳細が不明。


 大学が終わったあと、圭司と一緒に事務所へ向かう。二人で太田さんのデスクへ顔を出したあと、私は16階でさみあんモードになってから4階の中会議室で撮影、圭司は7階のミーティングルームで太田さんと「仕事の状況確認」をする。

 撮影自体はとても順調に進む。机にアルバムのタイトル一覧が書かれただけの紙を置いて、古宇田さんを含めたブラジリアのスタッフの方々と雑談しているだけだったのだけど、これがどんな感じのMVになるのか、完成が楽しみだなあ。


 撮影終了後、私は通常モードにもどるため、16階の更衣室へ上がる。撮影終わりに中会議室へやってきた太田さんは13階で降りていった。通常モードになった私は、衣装などを太田さんのデスクの収納ボックスへ入れてから13階へ移動する。


「おはようございます。……あれ?いろは?」

「美愛、おはよう!」


 13階まで上がって、指定された社内中会議室A01へ入ると圭司と太田さんのほかに彩春と大石さんも座っていた。


「私も雨東さんも詳細を聞いていないんだけど、いろはは聞いてる?」

「一応、ね。私も半分関わっているからさ。」

「ふーん、そうなんだね。私たちが呼ばれた理由がよく判らなくて。」

「へべすからこのあと説明があると思うよ。」

「えっ!?今日はへべすが招集したんだ!?」


 そんな話をしていたら朋夏と沢辺さんが入ってきた。


「今日は、三人ともわざわざありがとうね。」

「うん。」

「今日は、早緑様に私からお願いがあってきてもらったんだ。」

「お願い?」

「来年の1月下旬から2月頭あたりにニュースリリースが出るんだけど、BS鶴亀大崎で私が担当するトーク番組を放送することになって、そこで新しい試みをするんだ。」

「へえー!」

「結論からいうと私は顔出しすることにした。」

「えっ!?VTuberやめちゃうの?」

「VTuberも続けるよ。くわしく説明していくね。」


 朋夏のプレゼンテーションが始まる。

 バーチャルライバーとして活動してきた日向夏へべす、活動にはまだまだこれからの展開があると思うもののアバターという存在は武器になる一方で、常にアバターとセットでなければならない制約も多く、アバターをやめようとするとバーチャルライバーを引退するしか選択肢がない状況になっている。一方、バーチャル環境下でリアルサイドと映像付きで共演をしようとするとクロマキー設備のあるスタジオでリアルに共演するか、違うスタジオから半透明モニタなどとカメラを通じて共演するか、二カ所からの映像を画面合成する形での擬似的共演しか手段がないため、設備面での制約が大きい。そこでリアルとバーチャルをもっと自由に行き来したい、という発想から今回のプロジェクトが12月からスタートした。


「ここまでいいかな?」

「うん、大丈夫。」

「じゃあ、つづけるね。」


 ここから細かくいろいろな構想を教えてもらえるみたい!楽しみだ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る