第179話●VTuberの課題と二人の挑戦

 朋夏さんによると今回のプロジェクトは3つの柱から出来ているとのこと。


 一つ目は「日向夏へべすリアル出演プロジェクト」。これは日向夏へべすがそのままリアルにも出演するというもので、へべすのアバターが比較的本人に近いことからウイッグとカラコンを用いてコスプレをするような感じでリアルにも出現していくというプロジェクト。

 二つ目が「西陣つむぎ復帰プロジェクト」。いろいろな経緯から引退した西陣つむぎが「西陣つむぎ(CV岡里いろは)」として、復活するプロジェクト。声優としての仕事やリアルイベント、リアルライブの出演は引き続き岡里いろはとして出演し、各種VTuber配信のゲスト出演や最近増え始めているバーチャルライブなどには「西陣つむぎ(CV岡里いろは)」という名義で出演していく。

 そして最後が「早緑美愛バーチャル化プロジェクト」。リアルで活動している早緑美愛をイメージしたバーチャルライバーモデルを制作、バーチャル空間にもそのまま出演していくという内容になっている。

 つまり、バーチャルをメインにしていた日向夏へべすはリアルへ、リアルをメインにしていた早緑美愛はバーチャルへ、両方とも経験している岡里いろははそれぞれを併存させる、そんな壮大なプロジェクトになっている。


「いろははそれで事前に聞いていたっていうことなんだね。」

「うん、そうなんだ。」

「番組は30分、リアルとバーチャルをそれぞれまとめ撮りするんだけど、毎回半分ずつにするか、交互にするかはBSさんと調整中。多分半分ずつになると思う。その場合は4回分ずつまとめ撮りだね。」


 なるほどなあ、なんかものすごい面白いプロジェクトだけど、ここまで話を聞いて、どうしても確認しておきたいことが出てきたので、彩春さんに尋ねてみることにした。


「一つ聞きたいんだけど、いろはさんが一回やめたVTuberをまたやってみようと思ったのはなぜ?」

「やっぱ、そこが気になるよね。いろいろなところでオーディションを受けたり、話をしたりしているとね、いろんな所に西陣つむぎのファンだった人がまだまだいるの。しかも引退が残念だったっていわれることも多くてね。やっぱり私という存在から『西陣つむぎ』っていう存在は切り離せないんだなって思って。」

「その相談を受けたのが実は今回のプロジェクトのきっかけなんだ。中の人のことを『魂』っていうんだけど、VTuberの魂って顔出しをしたくないとかいろいろな事情はあってはじめているものの実際リアルでVTuber仲間と話をしているといまの名義のままでリアルでも活動をしたいと思っている魂はそれなりにいるんだよ。もちろんすごい多いわけではないのだけどね。」

「えっ、そうなんだね。リアルでは一切活動したくないのかと思ってた。」

「いや、そうとは限らないよ。私は引退した感じだけど、何もなければつむぎ名義のままでリアルの活動もしたかったしね。」

「それで、魂が元々有名な声優さんだとその事実を公表しているケースもあるんだけど、それはあくまで声優さんの仕事の一環という扱い。魂が知られていない状況だと、VTuberをやりながらVTuberとしての名義のままでリアルの活動をしているケースってほぼないのが現実。結局、前例がないから、現状で同じ名義のまま、仕事を受けたくても難しくて、リアルで仕事を受けたい場合にはVTuberを引退するしかない。でも魂とアバターは別の人格っていう建前があるから『これの魂でした』っていうのもまた言い出しにくい雰囲気があってね。」

「確かにそういう話って私はいろはくらいしか知らないや。」

「うん、それをあえて公開した私の場合、事実を公表してしまうことで過去は過去として進もうとしていたのに結局そこがずっとついて回る状況のままでね。もちろん、自分なりにメリットを考えて過去を明示したし、本名での活動も選んだわけだけど、この状況ならむしろ『西陣つむぎ』っていう名前を活かした方が良かったんじゃないかっていう感じもしていたところだったんだよね。」

「俺も見ていて、それは感じてた。大崎のニュースリリースもそうなんだけど、この前の『ドルプロ』すらもオクダイナンコのニュースリリースに『元西陣つむぎ』って書かれていたのを見てさ。いろはさん、これはなかなかキツいなって。」

「うん、そうなんだ……。それでへべすが、『だったら両方やっちゃえばいい、西陣つむぎのキャラクターボイス担当が岡里いろはなんだって開き直っちゃえば』ってね。私、目からうろこで。確かにそういう選択肢もあるよねって。実際、再開した配信でも『にしつむも復活して欲しい』っていうコメが毎回すごい数あるんだよ。これなら多少の反発は抑えられるし、なにより私が作り出した『西陣つむぎ』のキャラクターボイスを私が演じるっていう形態がものすごい面白くて。今後いろいろな役を演じる参考にもなりそうで、賛同したの。」

「つむぎにそこまで提案する以上は、私も覚悟を決めようって、先陣切って、リアルとバーチャルを融合させることにしたんだ。もちろん、これでVTuberの問題がすべて解決できるなんて思ってないんだけど、一つのアイデアを提供できるかなって。」

「それで、相談していたら、ギリギリになって、沢辺さんが『リアル側からバーチャルに入る人も欲しい』って言い出して。」


 沢辺さんが話しに入る。


「そうなんです。お二人でも番組自体は成立するんですが、どうしてもVTuberのあれこれに留まってしまうところがあるので、日向夏さんの構想をより深化させるには、バーチャルとは無縁だった人が必要だと判断しました。」

「インパクトがあって、私たちと一緒にいろいろと出来て、突然話を持ち出しても受けてくれそうな人って、早緑様しか思いつかなくてね。それで、沢辺さんから太田さんへ。」

「バーチャルライバーって、演技しているようなものだからね。しかも自分で自分を演じるってけっこう難しいから女優を目指している美愛の経験値にもなる。話題にもなるだろうからマネージャとしてはゴーサイン、大歓迎よね。私はとても面白いと思ったから美愛にはぜひチャレンジして欲しい。」

「太田さんがOKなら私は試してみたいです!」

「早緑様、ありがとう!早緑様は、バーチャルには慣れていないから大変だと思うけど、がんばってね!」

「がんばる!あっ、太田さん、ここまで決まっているのに予定表の詳細が未詳のままだったのはなぜですか?」

「最終的な詰め、特にアバターの作成をする部分がなかなか詰め切れなくて、もしかしたら美愛の件はもう少し先になるかもしれなかったの。場所も事務所ここじゃなくて、銀座にあるBS鶴亀大崎の本社になるかもしれなかったから。」

「なるほど、そういうことだったんですね。ああ、へべす、ごめんね。」

「大丈夫だよ。その上でね、実は雨東先生にはこのプロジェクトの第四弾として参加して欲しいんだ。」


 朋夏さんはそう話すと俺の方を見た。


「えっ!?俺も!?」

「うん、先生は配信メインということではなくて、顔出しできないWeb作家さんとかが今後こうした対談に出やすくするためのテストケースとして協力して欲しい。バーチャルからリアル、リアルからバーチャル、リアルとバーチャルに加えて、リアルだけどバーチャルという感じかな。」

「ここでその話が出るということは太田さんも了承済みなんだろうから俺はOKだよ。面白そうだし、何より早緑さんとバーチャルサイドで共演も出来るようになるよね。」

「あっ!そうだね!雨東さんと共演できるの楽しみ!」

「先生ならすぐOKだと思ったけどやっぱりね。」

「ちなみに第四弾は来年三月末に放送をはじめる初回で告知する予定なんだけど、同時にもう一人告知を出すんだ。ここからの説明は、まだいろはにもしていないから、その人が来たら改めて説明するね。沢辺さん、お願いします。」

「判りました。」


 沢辺さんがどこかへ何かを送信している。5分くらいして、会議室に入ってきたのは……。

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