第180話○新たなる問題と大崎エージェンシーの基本的なポリシー
なんと入ってきたのは慧一くんだった!えっ!?なんで!?
「えっ、慧一!?」
「おう、俺だよ。」
「っていうことは、へべす、もしかして。」
「うん、マスケイさんがアバターを持つ。」
「よく決断したな。マスケイとして、プロデビューするのか?」
「いや、ちょっといろいろあってさ。」
「ちなみに何があったのか聞いても大丈夫?」
「それについては私から詳細を。お三方にご協力いただきたいこともありますので。」
沢辺さんが話を引き継いで細かい状況を教えてくれた。
まず、元々マスケイさんは女性ファンが圧倒的に多く、さらにほとんど活動していない現状でも強固なファン層が未だに残っている。そうしたファン層の一部に熱狂的なファン――所謂「ガチ恋勢」が存在している。最初はライブをすべて見に来るという程度だったのが、そのうち、「ガチ恋勢」の中に出待ちやつきまといといった行為をする所謂「厄介勢」が現れてしまった。高校三年の夏頃にTwinsterや公式ブログでそうした行為をやめるように訴えたものの妄信的な「厄介勢」は「自分は例外」と捉えてしまい、効果がなく、むしろ「私が守らないと」とばかりに行動がさらにエスカレート、ストーキング行為に及ぶ人も出てしまって、歌い手ライブの主催者からは「現状では出演者としてコールすることが出来ない」とまでいわれてしまうような事態に。そうした状況に加え、大学受験もあって、高三の秋くらいからは完全に活動を停止したそうだ。
「プロでやっていけないというのは厄介勢に対する恐怖心もある。」
「でも半分引退状態なら納まるんじゃないの?」
「いろはさんがいうようなことを期待してたんだけどね。現実はさらにひどくなる一方なんだよ。」
「そんななのか……。」
「しかも12月に入ってから大学に出待ちとかでよく見かけた顔を確認したんだ。」
「えっ、そこまで!?」
「うん、ガチ。」
「それって一人?」
「三人だな。」
「三人も……。」
「協力関係にあるのかな?」
「それぞれバラバラで行動してるから違うと思う。」
「どこまで知られてるんだろう?」
「本名は割れてないと信じたいんだけど、ちょっと判らない。」
「実はね、この前、お互いにファンで憧れの存在だったって判ったあと、いろいろと話をしているときにたくさんいるファンの話をあまりしたがらなかったから、マスケイさんが変なファンに困っているんじゃないかって、私からツッコミを入れて、白状させたんだよ。」
「すごいね!?」
「私も人気商売だから厄介な人はどうしても、ね。いろいろと工夫をして、いまはかなり減ったから、最初はその辺のノウハウも使って、どうにかしようと思っていたんだけど、月曜日に私の所にもちょっとあって……。」
朋夏が震えはじめた!?えっ、何があったの……。
「日向夏さん、俺からいうよ。日向夏さんのバッグの中に知らない間にカミソリ入りの手紙が入っていた。しかも『別れろ』って文章入り。」
「「「ええっ!?」」」
「これは私ごときのノウハウ程度ではもう無理だって。マスケイさんも同意してくれてね。それで私からすぐ沢辺さんへ連絡したの。」
「その日の夜に日向夏さんからその話を相談されました。トップライバーである日向夏さんの身に危険が迫ったというのは、社会的な影響度なども鑑みて、会社としては重大事です。とはいえさすがにまだ経験もあまりない私の手に余るのでまずは笹原さんとセクションリーダーの
「こういう状況だと会社としてすべてをフォローすることは出来ないから信頼して手助けする人が必要だっていうことで翌火曜日に笠原さんから大石くんと私に相談があった。」
「それで私たちなんですね。」
「そうなの。ちょっとここからはさらに込み入った話になるからもう一人呼ぶわね。ちょっとまってて。」
そういうと太田さんは会議室に設置された電話機から内線を回す。
「皆様、今日はありがとうございます。」
「笹原さんご無沙汰しています。」
「あっ、先生、その節はありがとうございました。」
しばらくしてやってきたのは、大崎エージェンシーの執行役員でマネージメント事業部事業本部長も兼任する
「皆様、今日はお時間いただき、ありがとうございます。」
「あの、最初にひとついいですか?」
「はい、岡里さん、なんでしょう?」
「すみません、すごく嫌なことを聞いてしまうんですが、マスケイさんは大崎のタレントではないですよね?それに事務所としては手間なんかを考えれば今後関わることはやめなさい、という話にすることも出来るはずです。ここまで二人に対して親身になってくださるのはなぜですか?」
「岡里さんのご質問はわかります。まず前提から申し上げますと今回のこの件、状況が状況だけにお二人を会社としてきちんとバックアップできるよう、ご相談にお越しいただいたその日のうちにマスケイさんの親御様にもご足労いただき、弊社との間で所属契約を結んでいただきました。規定通り現在は仮所属ですが、1月1日付けで本所属となります。その上で、相談いただいた翌日の火曜日にマスケイさんと日向夏さんには弊社の顧問弁護士が同行して、警察へ被疑者不詳の告訴状を出していただきました。」
「既にそこまでしていただいているんですね。」
「はい。これには建前としての理由が二つあります。一つはこれまでどの事務所からオファーが来ても頑として受けなかったマスケイさんが弊社に所属してくださるというメリットです。ご本人が考えている以上にマスケイという名前は業界では重い名前です。その人がついに事務所へ所属した、という事実とそれに伴ってもたらされるメリットは計り知れないものがあります。そのために全力を尽くすのは企業として普通のことです。二つ目の建前は、日向夏さんがお願いしてきたことを拒絶してマスケイさんと別れるように言い渡せば日向夏さんは弊社の所属から外れる可能性がありますよね?所属タレントとして、トップクラスの収益を上げている人が離脱してしまったら会社としては莫大な損害が出ます。ですから弊社に残っていただけるように最大限の配慮をします。投資家なんかに説明するための建前はこんな所ですね。」
「なるほど……。」
「まあ、建前は外部向けなので、あらためて会社としての本音を申し上げます。大崎エージェンシーには創業者である大崎正之助の遺した『常に芸人から頼られ支える存在であれ。芸人の苦悩は自分の至らなさと感じろ。芸人は単なる金づるではないと思い知れ。』という『興行師三訓』と称する訓示があります。これはいまでも社員証の裏面に社訓とともに記載されている我々の基礎となる考え方です。そうはいっても営利企業ですから限界はありますが、極力タレントさんの近くで支える存在でありたい、それが大崎の基本的なポリシーです。今回のことも日向夏さんは事態が発生した直後にすぐ我々へ相談をしてくださいました。その誠意に対して、我々も誠意を持って対応したい。それにつきます。」
「バッグにカミソリを入れられたその日のうちに私がマスケイさんをここへ連れてきて、沢辺さんへ相談したのは、実は雨東先生への対応を見ていたことに尽きるんだ。」
「俺?」
「うん。だって、あれだけの状況ってさ、多分普通の事務所なら面倒くさいって手放しちゃうと思うんだよ。実際、ほかの事務所に所属するVTuberで彼氏ばれ彼女ばれとか失言とかの炎上騒動があったときなんか、放置したあげく、情報漏洩とか契約違反とかそれっぽい適当な理由を付けて契約解除するところばかり。それで親しくしていた友人たちがこれまでに何人も引退してしまったの……。でも、大崎は会見まで開いて雨東先生のことを全力で守ってくれたじゃない。だから私たちにも同じようにしてもらえるかなって。」
「そっか、そうだね。私、変なことを聞いちゃったな。大石さん、ごめんなさい。」
「いえいえ、その質問をしたくなる気持ちはよく判ります。ちなみに笹原さんのおっしゃった『興行師三訓』は我々マネージャが最初に研修でたたき込まれる一丁目一番地ともいえる考え方です。ぜひとも我々を信頼して何でも相談していただければ嬉しいです。」
「はい!」
私たちは会社から本当にいろいろなことをしてもらったから身に沁みて理解しているけど、彩春はやっぱり聞きたくなるよね。でも、疑問が解決したようで良かったなあ。
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