第177話○横浜モニュメントタワーホテルディナーショー

 みんなに衣装を見てもらったあと、少し雑談しているとディナータイムが始まるタイミングになったので、控え室は私と太田さんだけになる。圭司たちがディナーを食べ始めたタイミングで私には軽食が提供された。


「食べながら聴いて欲しいんだけど、ちょうど美愛が皆さんとここで話しているタイミングで連絡が来て、来年7月から放送予定の『私とあなたの200日』っていうアニメ作品のオープニングとエンディングが正式に決まった。今年の5月くらいには一回話は来ていたのがようやくね。」

「あれ?『私とあなたの200日』ってたしか朱鷺野先生の……。」

「よく知っているわね。そう、朱鷺野先生原作の作品よ。朱鷺野先生に聞いたんだけど、なんかこの作品が出来るきっかけが、『主役』だったんだってね。」

「はい、その話を前に聞いたことがあります。」

「それで、朱鷺野先生からアニメ化の条件として、オープニングとエンディング、あとメインキャラクタの一人は早緑美愛であることっていう条件を付けていたんだって。だから美愛も声優として出演するから。」

「ええっ!?私がですか!?でも私は声優やったことないけど問題ないんですか?」

「まさにそこがネックになって、なかなか先へ進まなかったみたいなのよ。あとオープニングとエンディングは、キャラクターのCVとして歌うことになっている。」

「えっ、キャラクター名義なんですか?」

「あなたはレーベルとしてはブラジリアさんに所属しているからあなたの名義で歌う場合にはブラジリアさんからCDを出さないといけないのね。ところが制作委員会の主幹事会社がエンペラーレコードさんなのよ。そうするとオープニングとエンディングを収録したCDが出せなくなってしまう。」

「あれ?声優さんってけっこうレーベルに所属してますよね?それだと所属レーベルの関係しているアニメとかにしか出られなくなりませんか?」

「その矛盾を解決するために生み出されたのが、キャラクタ名義で歌う場合は、あくまでキャラクタが歌唱していて声優個人として歌っているわけではないから所属レーベルとは関係なく出せるっていう手法。それで声優さんもレーベルに所属出来るようになったの。」

「なるほど……。でも、そうするとブラジリアさんから見ると私に歌わせるために実績のない声優に抜擢したように見えちゃいますよね?」

「美愛も最近鋭くなったわね。まさにそういうこと。実は古宇田さんから確認が来て、朱鷺野先生と古宇田さんのMTGもアレンジしたのよ。今回ばかりは朱鷺野先生を私が担当していて良かったって本気で思ったけどね……。そのあともエンペラーさんとブラジリアさんの間での協議も続いて、そこに漫談社さんも絡んだりして……。結局、この前、朗読劇をやっていたのが功を奏して、あれを声優として活動している過去の実績と見なすことでなんとかっていうところみたいよ。」

「権利関係っていろいろと大変なんですね……。」

「まあね。でも私たちもそれで商売しているから。」

「なるほど……。私、声優出来ますかね?」

「演技そのものは朗読劇もかなりよかったし、普段から声優としてのレッスンも受けてもらっているから大丈夫よ。アフレコのやり方とか作法に不安があるならその辺に特化したトレーニングも入れるから。」

「判りました!頑張ります!」

「そうそう、カバボクシに22日17時に『打ち合わせ(仮、江戸川橋)』って入れていたのは実は『私とあなたの200日』のアニメ化キャストスタッフ顔合わせ会なの。カバボクシの予定を更新しておくからよろしくね。それと朱鷺野先生は当然知っている話だからお礼とかで個別連絡してもいいから。」

「はい、そうします。」


 なんかいろいろあるみたいだけど、あとで明貴子にお礼をいっておかないと!


 軽食も食べ終えて、白湯を飲んでまったりと時間を過ごしているといよいよ、ショータイムが始まる時間になった!既にお客様はディナーをほぼ食べ終わっていてデザートを楽しんでいるところ。ここからはどのホテルでもほぼ同じ流れ。


「大変長らくお待たせいたしました。ただいまより、横浜モニュメントタワーホテル主催早緑美愛クリスマススペシャルディナーショー第二部ショータイムを開始いたします。」


 ホテルの方のアナウンスが終わると同時に一曲目「私発あなた行き」のイントロが流れはじめ、3秒経って大広間の扉が開く。私は一礼して、中に入り、歩きながら「私発あなた行き」を歌う。各テーブルの近くまで回るようにSの字のような感じで会場を歩く。すべての席が埋まっていた。圭司たちは……あの一番奥か。あそこは近くに行かないところだった……。まあ、だから関係者テーブルに割り当てられているんだろうけどね。

 間奏では、いろいろな方向を見ながら手を振って、前に進んでいく。当たり前だけど全体的に年配の方が多い。こんな世代の皆さんにも私の歌は届いているのだと思うととても嬉しくなってくる。速度を適宜調整しながら進み、大ラス前の最後の間奏でステージへ上がると大きな拍手をもらえた!最後はステージ上で歌いきり、お辞儀をする。


「本日は、横浜モニュメントタワーホテル主催早緑美愛クリスマススペシャルディナーショーへお越しいただき、誠にありがとうございます。クリスマスに向けた夜、皆様の憩いのひとときとなりますよう、心を込めて歌わせていただきます。まず最初にお届けしましたのは、私の代表作ともいうべき『私発あなた行き』です。」


 曲にまつわるエピソードなどを語り、次の曲、「First Impression」、そして「新たなはじまり」へと移る。この二曲はステージ上で。ちなみに今日のディナーショー、なんとバックにいるのはバンドではなく、「佐坂ささか哲男てつおとメトロポリタンシティハーモニー」という弦楽器や管楽器なども一緒のオーケストラ編成!演奏されている方々は「バックバンド」と称されていたけど、普段こういう機会のない私から見ると「バックバンド」ではなく「オーケストラ」と呼びたくなる。

 ちなみに今回はすべての会場で「佐坂哲男とメトロポリタンシティハーモニー」さんが参加されることになっていて、編曲アレンジも相まって、いつもよりも音が荘厳に聞こえてくるから不思議。そういえば、最近、いつものバンドメンバーに会っていないなあ。3月のライブではまたいつもの編成みたいだからそれを楽しみに頑張ろう。


「2曲続けて聞いていただきました。今日のディナーショーですが、『佐坂哲男とメトロポリタンシティハーモニー』の皆様が演奏してくださっています。実は、弦楽器や管楽器と一緒に歌わせていただくのは初めてでして、いつもとは違った感じでお届けできているのではないかと思います。」


 そんな感想も述べながらいよいよここから渋谷バラードに入る。


「ここから続けて4曲お届けいたします。最近、いろいろなところでご評価いただいている通称渋谷バラードです。それでは、お楽しみください。」


 神泉駅徒歩2分・円山町の夜に・井の頭通りで雨に濡れて・宇田川町裏通りの4曲を順番に歌っていく。ここからは会場に降りて、歌っていく。

 なるべく一人一人の顔を見て、目線をあわせるようにしていると皆さんの目が純粋にキラキラしていることに気がついた。私のことを純粋に好きで応援してくれているんだということが間近で感じられて胸がすごく温かくなる。自分の出来る範囲のことを精一杯やっているだけだけど、その気持ちはちゃんと届いているんだね……。

 それぞれの席に必ず一回はたどり着くようにルートを決めたので、もちろん関係者席の所にもちゃんと立ち寄る。うちの両親に圭司のご両親、百合ちゃん、朋夏、明貴子、そして圭司。みんなとても楽しそうにこちらを見ている。自分のやっていることが身内にもちゃんと伝わっていて嬉しい。


 会場を一通り巡ったあと、私はステージに戻り、「神様が微笑む森」を歌って、「主役」だ。「主役」はいつももすごいのだけど、オーケストラになると重厚さが増す。号泣している人も多い。歌い慣れている私もちょっと泣きそうになりながらなんとか歌いきった。


「最後は『主役』でした。皆様にとって、素敵な一夜になっていたら嬉しいです。またどこかでお目にかかれる日を楽しみにしています。今日はお越しいただきありがとうございました。早緑美愛でした。」


 MCを終えた私はもう一度お辞儀をして、会場を横切って、そのまま捌け、控え室へ入る。


「美愛、お疲れ様。初めてのディナーショーだったけどいい感じに行けたわね。」

「いつもと勝手が違うんでちょっと緊張しましたね。でも、声もちゃんと出ていて良かったです。」

「自主トレを続けた成果も出た感じで良かった。横浜のライブの時よりいい感じだったわよ。」

「それなら良かったです!」


 まずは最初の会場が終わった!素晴らしい演奏に雰囲気のいい会場、残り3カ所で歌えるのも楽しみだなあ。よし、頑張るぞ!

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